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第4話 さっさと退散
「お前、もう少し時間にゆとりがあるが……どこか行きたいところとかあるか?」
運転席に座っている啓史に意識のほとんどを向けつつも、窓から見える景色を楽しんでいた沙帆子は、そんな問いかけをもらい、啓史に顔を向けた。
「行きたいところですか?」
「ああ。もちろん帰る道々、寄れるような場所でなきゃ無理だから、さっきみたいな道の駅みたいなところとか……限られるけどな」
佐原先生と一緒に行けるなら、わたしはどこだっていいし、このままドライブだっていい。
もちろん、遊園地とか水族館とか、一緒に行ってみたい場所は無限にあるけど……
でも、遊園地と佐原先生って……想像がつかないかも。
そう考えて、ちょっと笑いが込み上げた。
いま後にしてきた道の駅だって、想像できなかったよね?
「沙帆子?」
なかなか返事をしなかったせいで、啓史が催促するように呼びかけてきた。
沙帆子は笑顔のまま啓史に向いた。
「このままドライブとかでいいです。あ、あの……でも、そのうちに色々行けたら嬉しいですけど……」
遠慮がちにおずおず言ったら、「そうだな」と返ってきた。
一気に胸が弾む。
この勢いで、遊園地に連れてってくださいと言おうと思ったら、先に啓史が口を開いた。
「それで……新婚旅行だけど……」
一瞬、呆気に取られた。
い、いま、先生なんて?
し、新婚旅行と言ったような……?
「え、えっと……あの?」
啓史が、新婚旅行なんて単語を口にしたこと自体がにわかに信じられず、沙帆子は『それって結婚したカップルが行くハネムーンのことだよね?』 と、自分に確認を取った。
「とりあえず、春休みに」
な、なんですと?
は、は、は、春休みっ!?
「春休みに、ハ、ハネムーンに行くんですか?」
思わずハネムーンと口走ってしまい、沙帆子はハッとした。
カーッと顔が赤らむ。
感覚的なものだろうけど、『新婚旅行』ではなく、『ハネムーン』という表現って、なんともエロリィな響きが……
新婚旅行って、言えばよかった! と大後悔する。
「ハネムーン……」
そうぼそぼそと口にした啓史の声の調子からして、ハネムーンという呼び名は、彼のお気に召さないようだった。
「新婚旅行……ですよね」
沙帆子は汗をかきつつ言い換えた。
「ともかくだ!」
まるで仕切りなおすかのように、啓史は語調を強めて言う。
「は、はいっ!」
沙帆子も仕切り直しに乗っかって返事をする。
「春休みはお前の両親の引っ越しがあるからな、まず引っ越しを手伝うだろ?」
「は、はい。ですね」
「引越し先に、俺たちも数日泊まらせてもらって、そのあたりの観光地を回ろうと思うんだが、どうだ?」
沙帆子は胸を膨らませて頷いた。
「いいと思います」
嬉し過ぎる提案だ。
母の話では、両親の引っ越し先はずいぶんといいところのようだし、見て回るところも多そうだ。
しかも、佐原先生が一緒!
しかも、新婚さん!
引越しのついでといっても、新婚旅行なんだよね?
うわーーーっ♪
啓史と楽しく観光地を巡っている自分が頭に浮かび、気持ちがはしゃぐ。
新婚旅行だなんて……恥ずかしいけど……嬉し過ぎる。
写メだって、きっと撮り放題!
「本番の新婚旅行は、夏休みでいいか?」
「はい?」
思わず聞き返すように返事をした沙帆子だが、言われた事がじんわりと頭の中に染み込んできて、驚きに包まれた。
「えっ、ええーーっ!!」
「何を驚いてる?」
「だ、だって、本番って……夏休みにも新婚旅行に行くんですか?」
「春休みはとりあえずと言ったろ。それとも、行きたくないのか?」
「も、もちろん、行きたいですよ!」
行きたくないわけがないじゃないか。夢のようだ。
うわわわわぁ〜。
「どこに行くかは、ふたりでこれからゆっくり相談して決めよう」
「は、はい」
心臓をバクバクさせて返事をしたものの、なかなか実感が湧いてこない。
身体が浮かんでいるような気がしてならなかった。
詩織の家に到着し、さて花を渡しに行こうというところになって、沙帆子は前もって千里や詩織に連絡を入れるのを忘れていたことを思い出した。
「どうした?」
車から降りて花束を持ったまま困っていたら、啓史が問いかけてくる。
「家に寄るって、電話をかけるの忘れてて……」
「ああ、そうか。まあいいだろ、花束を渡すだけだ。ほら行って来い?」
沙帆子は頷き、詩織の家の玄関に向かった。
昨日の今日で恥ずかしいけど……
インターフォンを押し、もじもじしながら返事を待つ。
「はい」
この声は詩織の母だ。
「あっ、あ、あの、詩織ママ、こんちには。沙帆子です」
「あらぁ、沙帆子ちゃん。いま詩織出かけてて……ちょっと待ってね」
な、なんだ、出かけてるのか。
困ったなと思っていたら、玄関のドアが開き、詩織ママが顔を出した。
「こんにちは」
「まあっ、沙帆子ちゃん、どうしたの、その花?」
「は、はい。これ貰ってもらおうと思って……持ってきたんですけど」
「まああっ、なあに、沙帆子ちゃんの親戚のひと、花屋でも開業したの?」
詩織の母らしい解釈に、沙帆子は笑った。
「そんなようなものです。あの、詩織によろしく伝えて下さい」
お辞儀をしてすぐに去ろうとしたら、「ちょっと待って!」と慌てて止められた。
「ねぇねぇ、沙帆子ちゃん」
「は、はい?」
「昨日はいったい何があったの?」
「えっ?」
「あの子、何やら隠している気配、バリバリでね。けど、内緒だって教えてくれないのよぉ」
「そ、そうですか」
「あっ、わかったわ」
「はい?」
「この花よ。沙帆子ちゃんの親戚の、花屋の開店準備を手伝ってたのね」
勝手に想像して、そうと思い込んだらしい詩織の母に、咄嗟に返事が出来ず、沙帆子は黙っていた。
すると、それを肯定と捉えたらしく、詩織の母は「やっぱりそうなのねぇ」と、納得したように言う。
さらに、「わたしがバイトは絶対ダメって禁止してるもんだから、あの子ってば内緒でやったわけね」と断定してしまい、沙帆子は慌てた。
「あ、あの。違います。そういうのじゃないんです。詩織ママ」
詩織が叱られたら困るので、ここはしっかりと訂正しておくことにする。
「あら、ほんとに?」
「はい」
詩織のために、しっかりと頷いておく。
「あらーっ、ようやく謎が解けたと思ったのにぃ」
「あ、あの。それじゃ、これで。詩織ママ、お邪魔しましたぁ」
これ以上質問を受けるとまずいことになりそうなので、さっさと退散することにし、沙帆子はくるりを背を向け、駆け出した。
「またいらっしゃいねぇ」
朗らかに言葉をかけてもらえ、沙帆子は振り返り、「はーい」と大きく手を振って門を出たのだった。
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