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第2話 本気で不安
秘密の場所のベンチの見えるところまでやってきた千里は、ぎょっとして足を止めた。
ベンチに沙帆子が座っているが、ひとりじゃない。
佐原まで一緒にいる。
それも、いったい何があったのかもめているようで、佐原がやめてくれと懇願している沙帆子の両頬を掴んで、右に左に揺さぶっている。
茫然として眺めていると、佐原はようやく沙帆子から手を離した。
「もう〜。ほっぺたが真っ赤に腫れちゃったら、恥ずかしくて教室に戻れません」
むっとして佐原に言い返していた沙帆子と、目が合った。
思わず視線を逸らそうとしてしまう自分がいた。
だが沙帆子のほうも、かなり慌てふためいたようだった。
それもそうか、あんな場面を目撃されては…
「飯沢?」
佐原の呼びかけに心臓が跳ね、一瞬身が竦む。
いまは、佐原の視線をまともに受け止められないのだが…
「飯沢がここに来るとは思わなかったな」
「わ、わたしが、ここでって約束してて…」
「約束?」
「は、はい」
ふたりのそんなやりとりを耳にして、なんとも複雑な心持ちになる。
ほ、ほんとに、真実なんだよね。…付き合ってるんだ、このふたり…
いたたまれなかった。
この場にいることが、とんでもなくいたたまれなかった。
「飯沢」
ふたたび佐原に呼びかけられ、動揺した彼女は思わずその場から逃げ出そうとし、すんでのところで思いとどまった。
沙帆子が駆け寄ってきた。
「千里、ごめん」
いつもの友の顔。いつもの友の言葉。ちょっと平静になれた。
「まさか、いるとは思わなかったわよ」
ベンチに座っている佐原をちら見して、千里は沙帆子に言った。いささか責める響きが混じってしまう。
「それが、まあ、色々あって」
顔を俯け、すまなそうに言う沙帆子。この佐原相手では、沙帆子は翻弄されっぱなしな気がする。
自分の意見をちゃんと言えているのだろうかと、心配になってくる。
「お邪魔なんじゃない?」
「そ、そんなことないよ。あの、…先生いたら…困る?」
潜めた声でそんなことを言われ、千里は苦笑いを浮かべた。
な、なんとも…
思わず佐原に視線を向けてしまう。
佐原は千里たちのことなど気にもかけず、クールな仕草で弁当を食べている。
さ、さすが佐原先生! と、思わず唸りたくなった。
どんなポーズも絵になる男だ。
まったく呆れてしまうくらい…
教師なんですよね? なんて、馬鹿馬鹿しい質問を向けたくなる。
そんな佐原に対して、先生がいたら困る? と、可愛らしく口にする親友…
「あんた。大胆だね。さすが彼女ってことなんだろうけど…」
「ど、どうして?」
「いまの言葉…先生とあんた、本当に付き合ってるんだよねぇ」
今更な言葉を、改まって口にしている自分に、千里は笑いが込み上げた。
つい、プッと吹き出してしまう。
「あー、いつになったら、心が納得するんかな?」
地面を見つめ、気持ちを立て直し、千里は沙帆子を見て、にかっと笑った。
「それじゃ、ちょこっとお邪魔しちゃうかな。先生に嫌がられなきゃだけど」
千里は沙帆子と一緒に佐原のところまで行った。
弁当は食べ終わったのか、蓋を閉めた弁当箱を手に持っている。
「先生、お邪魔してすみません」
「約束してたんだろ。俺は引き上げる」
「も、もう行っちゃうんですか?」
クールに言った佐原に、沙帆子はまるで取り縋るように慌てて言う。
こりゃあ、どう見ても沙帆子のほうが立場が弱い。
相手を思う気持ちも、比べ物にならないほど沙帆子のほうが大きいようだ。
この子、大丈夫だろうか…?
佐原が心変わりして捨てられたりしないだろうかと、本気で不安になる。
もちろん、沙帆子を泣かしたりしたら、たとえ教師であろうとも、ただじゃおかない。
「お前ら、話があるんだろ? どっちみち、俺もやらなきゃならないことがある」
佐原が行ってしまうと聞いて、千里はほっとした。
自分の弁当箱を沙帆子に手渡した佐原は、颯爽とその場を去って行く。
佐原の姿が自販機のある方向へと消え、千里は思わず「なーんだ」と口にした。
この場所には、隠された通路があるんじゃないかと疑っていたのに…
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