ナチュラルキス
natural kiss
「ナチュラルキス4」出版記念

番外編
 千里視点

第2話 本気で不安



秘密の場所のベンチの見えるところまでやってきた千里は、ぎょっとして足を止めた。

ベンチに沙帆子が座っているが、ひとりじゃない。

佐原まで一緒にいる。

それも、いったい何があったのかもめているようで、佐原がやめてくれと懇願している沙帆子の両頬を掴んで、右に左に揺さぶっている。

茫然として眺めていると、佐原はようやく沙帆子から手を離した。

「もう〜。ほっぺたが真っ赤に腫れちゃったら、恥ずかしくて教室に戻れません」

むっとして佐原に言い返していた沙帆子と、目が合った。

思わず視線を逸らそうとしてしまう自分がいた。

だが沙帆子のほうも、かなり慌てふためいたようだった。

それもそうか、あんな場面を目撃されては…

「飯沢?」

 佐原の呼びかけに心臓が跳ね、一瞬身が竦む。

 いまは、佐原の視線をまともに受け止められないのだが…

「飯沢がここに来るとは思わなかったな」

「わ、わたしが、ここでって約束してて…」

「約束?」

「は、はい」

ふたりのそんなやりとりを耳にして、なんとも複雑な心持ちになる。

ほ、ほんとに、真実なんだよね。…付き合ってるんだ、このふたり…

いたたまれなかった。

この場にいることが、とんでもなくいたたまれなかった。

「飯沢」

 ふたたび佐原に呼びかけられ、動揺した彼女は思わずその場から逃げ出そうとし、すんでのところで思いとどまった。

沙帆子が駆け寄ってきた。

「千里、ごめん」

 いつもの友の顔。いつもの友の言葉。ちょっと平静になれた。

「まさか、いるとは思わなかったわよ」

ベンチに座っている佐原をちら見して、千里は沙帆子に言った。いささか責める響きが混じってしまう。

「それが、まあ、色々あって」

顔を俯け、すまなそうに言う沙帆子。この佐原相手では、沙帆子は翻弄されっぱなしな気がする。

自分の意見をちゃんと言えているのだろうかと、心配になってくる。

「お邪魔なんじゃない?」

「そ、そんなことないよ。あの、…先生いたら…困る?」

潜めた声でそんなことを言われ、千里は苦笑いを浮かべた。

な、なんとも…

思わず佐原に視線を向けてしまう。

佐原は千里たちのことなど気にもかけず、クールな仕草で弁当を食べている。

さ、さすが佐原先生! と、思わず唸りたくなった。

どんなポーズも絵になる男だ。

まったく呆れてしまうくらい…

教師なんですよね? なんて、馬鹿馬鹿しい質問を向けたくなる。

そんな佐原に対して、先生がいたら困る? と、可愛らしく口にする親友…

「あんた。大胆だね。さすが彼女ってことなんだろうけど…」

「ど、どうして?」

「いまの言葉…先生とあんた、本当に付き合ってるんだよねぇ」

今更な言葉を、改まって口にしている自分に、千里は笑いが込み上げた。

つい、プッと吹き出してしまう。

「あー、いつになったら、心が納得するんかな?」

地面を見つめ、気持ちを立て直し、千里は沙帆子を見て、にかっと笑った。

「それじゃ、ちょこっとお邪魔しちゃうかな。先生に嫌がられなきゃだけど」

千里は沙帆子と一緒に佐原のところまで行った。
弁当は食べ終わったのか、蓋を閉めた弁当箱を手に持っている。

「先生、お邪魔してすみません」

「約束してたんだろ。俺は引き上げる」

「も、もう行っちゃうんですか?」

クールに言った佐原に、沙帆子はまるで取り縋るように慌てて言う。

こりゃあ、どう見ても沙帆子のほうが立場が弱い。

相手を思う気持ちも、比べ物にならないほど沙帆子のほうが大きいようだ。

この子、大丈夫だろうか…?

佐原が心変わりして捨てられたりしないだろうかと、本気で不安になる。

もちろん、沙帆子を泣かしたりしたら、たとえ教師であろうとも、ただじゃおかない。

「お前ら、話があるんだろ? どっちみち、俺もやらなきゃならないことがある」

佐原が行ってしまうと聞いて、千里はほっとした。

自分の弁当箱を沙帆子に手渡した佐原は、颯爽とその場を去って行く。

佐原の姿が自販機のある方向へと消え、千里は思わず「なーんだ」と口にした。

この場所には、隠された通路があるんじゃないかと疑っていたのに…





    
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