ナチュラルキス
natural kiss
ナチュラルキス4出版記念

番外編
 千里視点

第3話 消えた秘密



放課後になり、千里はいつものように生徒会室に行った。

生徒会の仕事がない時も、ここで大樹と待ち合わせして一緒に帰るのだ。

生徒会室には誰もいなかった。

千里はいつも自分が座る席にゆき、頬杖をついて座り込んだ。
そして、図書館で借りた本を鞄から取り出して開いた。

ページを開いて文字を追うが、ちっとも頭に入ってこない。

思わずため息が出てしまう。

彼女は本を読むことを諦めた。いまは、物語を楽しむ心の余裕がない。

沙帆子と佐原の結婚…詩織の思い…そして…

『土曜日、用事が出来ちゃって…ごめんね』

そう告げたときの、大樹の表情…

『用事って?』

そう聞かれて、あやふやに誤魔化した。

ぎこちない空気が流れて…

それから、ふたりの間は、ずーっとぎくしゃくしちゃってる。

大樹は信頼できるひとだ。

話したからって、絶対に他言しないってわかってる。

けど…

詩織に、たとえ誰であろうと沙帆子の結婚のことは漏らすなと、釘を刺しちゃった手前…

自分が、その禁忌を破るわけにはゆかないのよねぇ〜。

はあ〜っ。

千里は盛大にため息をついた。

それにしても、大樹、遅いなぁ。

時間を確かめて眉を寄せる。何かあったのかな?

それから十分経って、ようやく大樹がやってきた。

ガラリとドアを開けた大樹は、顔を向けた千里と視線を合わせ、なぜかそのままじっと見つめてくる。

普通でない様子に、どきりとする。

「あ、あの…どうかしたの?」

おずおずと聞いた千里に、大樹はきゅっと眉を上げ、それから中へと入ってきた。

「どうするかな?」

独り言のように口にする。

ど、どうするかな?

含みのある言葉に、鼓動が速まってきた。

「千里」

「う、うん。何?」

問い返した彼女に、大樹は思案するような眼差しを向けてくる。

これはもう、絶対に何かある。

「ここ…声が響くもんな」

「えっ? 声?」

「帰ろうか」

「あ…う、うん」

戸惑いを抱え、千里は大樹に促されるまま、生徒会室を出た。

駅に向かう間、大樹はほとんど口を聞かなかった。

もちろん、自分からも話しかけられない。

「千里」

「えっ、何?」

不意に話しかけられて、大袈裟なほど驚いた反応をしてしまう。

大樹がくすくす笑い出し、千里はぽかんとした。

「な、なんで笑うの?」

「いや…実はさ、さっき、ある人物に会ったんだ」

千里は意味がわからず、笑いのこもっている大樹の目を見つめた。

「誰に会ったの?」

「うん。天地がひっくり返るほど驚きの情報をもらってさ…それが真実なのか、はたまた、僕をからかうための馬鹿馬鹿しい冗談だったのか…。いや、真実なんだろうけど…」

「あの、驚きの情報って、なんなの?」

千里の問いかけに、大樹は首を傾げて見つめ返してくる。

「君は、すでにピンときてるんじゃないか?」

ピンときてる…?

「えっ?」

ま、まさか…

「真実なのか?」

そ、それって…沙帆子と佐原先生の結婚のこと?

で、でも…

「だ、誰に聞いたの?」

「当事者たち」

と、当事者…たち…?

つ、つまり…沙帆子と佐原ということに?

「いったい何処で会ったの?」

「たまたま人気のない中庭を榎原さんが歩いてるの見かけて、声をかけた」

「沙帆子じゃないよね、話したのは?」

「佐原先生」

その名を聞いた途端、大きな安堵を感じた。

心の重石も消えた。

「聞いたんだ…」

自分でも軟弱と思うけど、目が潤み、少し声が震えてしまった。

「ああ」

「ごめん」

内緒にしていたことを気まずく感じて、千里は大樹に謝った。

「馬鹿だな。僕は気にしてないぞ」

大樹はくすっと笑い、千里の背中をポンと叩いてきた。

彼のやさしさが胸に沁みた。

「でも、この話、本当に本当なんだな?」

真剣な眼差しで聞いてくる大樹に、千里はこくりと頷いた。

堪えていたものを解き放つように大樹は笑い出した。

その笑い声は、彼女が抱えていた不安を溶かしてゆく。

「いくら自分に言い聞かせても、信じられない話だ」

千里は同意を込めて大きく頷いた。

大樹との間に秘密はなくなった。

これからは、沙帆子と佐原先生の結婚のこと、ふたりで語れるんだ。

喜びが湧き上がる。

千里は心の中で、佐原に向けて深く感謝した。





   
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