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合コンの必要性
「あ、あの、佐原さんはどんなお仕事されてるんですか?」
遠慮いっぱいの声で問われて、啓史は無表情の顔を上げ、相手を見た。
セミロングの小柄な女性……どことなく、ちびすけを連想させる。
啓史は、テーブルのふちに置かれている彼女の華奢な指を見つめた。
二十一歳だというが、二十一には見えない。高校生くらいにしか……
飯沢千里のほうが、年上に見えるくらいだ。
啓史は彼女の指に焦点を当てたまま、沈思した。
どうしてこんな場所にいるんだ? ほんとうのとこ、望んでなどいないのに……
馬鹿か、俺は……
だが、飯沢に電話したのは彼自身だった。そして、合コンするなら参加したいと言った。
啓史の言葉を聞いた飯沢は、驚きが過ぎたらしく、激しく息を飲んだ。
そして今回は……二度目の合コン参加。
一度目はあまりにひどかった。
八人の集まりで、四人の女たちはバケ子女史に似たやつらばかりだった。
口紅で真っ赤に染まった口を開けて下品にケタケタと笑いながら、意味を感じられない甘えたような言葉を口から吐き出し、べたべたと啓史に触ってきた。
あのときは、飯沢の顔を立て、嫌悪を三十分も我慢した。
「佐原さん……あ、あのぉ」
啓史の返事がいつまでたっても返ってこないからか、相手の声には戸惑いがあった。
だが、いまの啓史は、相手の言葉の意味を考えることすら面倒だった。
「教師」
教師の後につけるつもりだった「だけど」の言葉は口の中に残ってしまい、外には出なかった。
よほど意外だったのか、相手の顔は驚きに染まった。
「えっ? せ、先生をなさってるんですか? へぇー、見えませんねぇ」
「そう」
見えなくて悪かったな……啓史は胸の中で必要以上に毒づいた。
自然、むっとした顔になる。
「あ……い、いい意味でです」
女たちのタイプについて、飯沢に文句を言った甲斐はあったようで、今回の合コンに集った女性たちは、おとなしそうな子ばかりだった。
前回の合コンのあと、飯沢は、バケ子女史似のような女たちのほうが、あとくされがなくて、軽く遊ぶにはちょうどいいのだと言った。
遊ぶ相手を見つけるために合コンに参加したんじゃないと言うと、飯沢は狼狽と言っていいほど驚いた顔をして、「マジかよ!」と叫んだ。
そして今日、集められた女性はつまり、啓史が真面目に付き合うに値すると飯沢が太鼓判を押した女性たちらしかった。
もちろんこれは合コンであり、男性は啓史と飯沢だけというのではなく、五人いる女性陣と同じに、他に三人の男たちがいた。
同じ大学出身で、啓史も知っているやつらばかりだ。
いらついた。煙草が吸いたい。酒は不味かった。
「生徒さん、可愛いですか?」
「えっ?」
「生徒さんたちです。先生になって良かったですか?」
啓史は相手の顔を穴のあくほど見つめた。
教師になって良かったのか?
ならなければ良かったとは思っていない。ただ……
「君、二十一には見えないな」
啓史の言葉に、なぜだか、相手の顔がぽっと赤らんだ。
「よくそう言われます。わたし、童顔なんですよね」
「高校のときから変わらない?」
彼のその問いの何が影響したのか、相手の表情が急に生き生きした。
「まあそうかしら。同級生に会うと、ぜんぜん変わらないねって言われますから」
はにかんだ嬉しげな顔で言う。
ちびすけも同じだろうか?
二十一になっても、素顔のちびすけは、この彼女のように高校生くらいにしか見えないのだろうか?
「もっと大人っぽく見えるようになりたいんですけど」
「そう」
啓史は上の空で相槌を打っていた。
頭の中には、化粧をして大人びたちびすけの幻影がいた。
化粧をしたちびすけは、ぞくりとするほどの色気を発していた。
「佐原さん?」
「ん? 何?」
「やっぱり、大人っぽい女性のほうが好みですか?」
啓史は相手の顔をまじまじと見つめた。
素顔のちびすけと、化粧をして色気を増したちびすけのどちらが……?
啓史は頭からその考えを振り払い、目の前の相手に意識を向けた。
「君、化粧してるの?」
「え? し、してますけど……わたし、お化粧してもあんまり変わらないんですよね。してもしなくても一緒なんじゃ、お化粧する意味ないとも思うんですけど……なんかやっぱり、出かけるときは、しなきゃいけないような気がしちゃって……」
上目遣いに啓史を見つめながら、頬を染め、恥ずかしそうに言う。
ちびすけは変わる。変わりすぎなほど……
啓史は、ことごとくちびすけと目の前の女性を比べている自分に気づき、嫌な気分に取りつかれた。
「ちょっと失礼」
唐突に立ち上がった啓史に、相手は驚いたようだったが、彼は構わず座を外した。
トイレで用を足し、灰皿が設置されているトイレ近くの空いたスペースで、啓史は煙草に火を点けた。
煙をくゆらせながら、彼は壁に寄りかかる。
俺は何をやっているのだろう?
いまの、どうにもならない状態から抜け出したくて、ここにいるはずなのに……
あいつが……頭に取りついて離れない。
「佐原」
啓史は煙草を咥えたまま、飯沢に顔を向けた。
「どうだ? ミス白百合までとはゆかないが、あの子、可愛い子だろ?」
啓史は無言で飯沢を見つめ、煙を静かに吐き出し、視線を揺らした。
「純真無垢そのまんまだ。……まあ、そのぶんちょっとばかし、色気がないが……。ありゃ、絶対男を知らないぞ。マジ付き合いするなら、合格範囲内ってとこだろ?」
飯沢は、相手に失礼なほど好き勝手に言うと、腕を組んで考え込んだ。
「うーん……けど、もう少しは色気があったほうがいいかなぁ?」
まるで自分のことのような真剣さだ。
「かもな」
「やっぱりそうか」
合意を得たというように言うと、「なら、そろそろお開きにするか」と口にし、飯沢は席に戻って行った。
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