ナチュラルキス+2
natural kiss plus2

啓史サイド
第1話 楽々と妄想



あー、やれやれ。

月曜日ってのは、仕事終わっても、解放感が薄いってか……かったりぃな。

開いていたパソコンをパタンと閉じ、飯沢敦は椅子にもたれて軽く伸びをした。

さーてと、帰るか。

職場の同僚たちに挨拶し、自由への扉を目指して突き進む。

すれ違う女子社員にも、それなりな挨拶をする。

好意的な視線や仕種を向けてくるのもいるが、いまは仕事一筋だ。

恋愛はひとを成長させるが、うざくもある。いまはめんどい。

まっすぐ駅に向かおうとして、書店が目に入り、ほとんど何も考えず店内に入った。

目的があったわけじゃないが、書店は好きだ。知識の宝庫。

興味のない分野も、気が向くと買ってしまう。

目につくものを手に取り、パラパラとページをめくっていると、携帯が振動した。
音は出ないようにバイブにしてある。

うん? 佐原かよ。

啓史は自分から電話をかけてくるやつじゃない。
かけてきたということは、何か普通じゃないことがあった可能性が高い。

「よお、佐原。どうした?」

場所を考慮し、携帯を耳に押しあて、小声で言う。

「飲まないか?」

敦は目を丸くした。今日は平日、それも月曜日。

啓史から飲まないかと誘われるとは……それも唐突に……

間違いない。こいつ、なんかあったんだ。

不謹慎かもしれないが、ものすごーく、胸が弾んだ。

純粋に興味を惹かれてしまう。

「おう。いいぞ。俺んちくるか?」

胸の弾みを極力抑え、必死に落ち着いた声を出す。

「いや……そうだな……」

啓史が指定してきたのは、大学のときから通っていた馴染みのバーだった。
しゃれてるのに低価格。

愛想がないようでいて、根は気のいいバーテンダーの顔を思い出す。

しかし、これは本格的に悩みありって感じではないか。

あそこで呑みたがるときの啓史は、だいたい悩みを抱えている。

家でどんちゃん騒ぎじゃなく、静かに飲みたいわけだ。自分でいうのもなんだが、家だとおいらが騒がないじゃいられない。

こりゃ、胸を弾ませてちゃ、いかんな。

敦は、ちょっと真面目に自分を諫めた。

真剣に悩みを聞いてやらなければならない。

たぶん、啓史の悩みは仕事のことだ。

啓史はいま、教職に就いている。なんと高校の教師なのだ。

教師になると聞いた時には唖然とした。マジで顎が外れそうになるくらい……

啓史は親父の工場を継ぐはずで、大学時代もずっと工場の研究部かに席も置いていて、卒業後はそこに入るはずだったのだ。

なのに、なにをどうトチ狂ったのか、高校の教師になっちまった。

もちろん、教職なんぞ、お前には似合わないから、やめとけと説得した。だが、聞く耳を持たなかった。

赴任先の高校が男子高ならまだいい、だが赴任したのは共学。

啓史の伯父貴が経営してる高校だから、まあ、啓史が教師になるってのなら、そこしかないなとは思った。

啓史の伯父の橘広勝は、甥の啓史を猫っ可愛がりしていて、ずっと自分の高校の教師になって欲しがっていたから、この伯父に泣きつかれてと考えるのが一番ありそうなのだが……

でもなぁ。それはありそうもないってか……

しかしまあ……女子高じゃなかっただけまだましだろうな……

この嫌味なほどの男前が先生じゃ、女子高生たちは勉強どころじゃないだろう。

「なあ、飯はどうする?」

「食欲ねぇ。八時にはいけると思う。いいか?」

「オーライ」

「あとでな」

携帯は切れた。

敦は首を捻りつつ、携帯をポケットに戻した。

最後の台詞なんか、妙に悲壮感がこもってなかったか?

飲まなきゃいられないような何が啓史に起きたのだ。
いったい何があったんだろう?

頭にはいろんな妄想が楽々と湧いてきた。

女子高生に告られて、断ったら、自殺未遂したとか……女子高生に強引に迫られて、押し倒されて、その現場を目撃されて、大問題になっているとか。

敦は、啓史の窮状を心配しつつ、口元がどうにも、正義感を裏切り、にやける。

シチュエーションがシチュエーションだけに、妄想には事欠かない。

まあ、そんなことはないと思うから、楽しめるんだが。





  
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