10 先客の真実
「ここだよ」
森沢の案内でやってきたドアには、『スタッフ控室』と書かれた紙が貼ってあった。
「中には誰もいないの?」
「どうかな?」
森沢は曖昧に答え、ドアを開けた。そして、「あっ、どうも」と声を掛ける。どうやら誰かいたらしい。
「いえ」
可愛らしい返事が聞こえた。
森沢は大きくドアを開けて、三人に入るように促す。
千里が最初に入り、沙帆子、そして詩織と続く。
部屋は暖房してあって、けっこう温かい。手袋をはめておらず、少し手がかじんでいたから、ありがたかった。
ほっとしつつ部屋の中に視線を向けた沙帆子は、そこにいた先客の姿にちょっと驚いた。
とんでもなく可愛らしい女の子だ。
薄くお化粧をしているようだけど……大学生じゃないよね?
高校生かな? もしかすると中学生?
スタッフの控室にいるということは、この大学に通っている人の、妹なのかもしれない。
「うわーっ、可愛いひとだぁ」
詩織がいつものテンションで叫び、その子に駆け寄って行く。
完全に自分より年下だと詩織は思っているようだけど、もしかするとわたしたちと同い年かもしれないのに……
「こんにちは。あなたもパーティーに来たの?」
「はい」
くったくなく話しかけてきた詩織に対して、女の子は苦笑しつつ頷く。
詩織ってば、ドレスアップしてるんだし、パーティーに来たに決まってるのに。
すると詩織はそのまま女の子の隣に腰かけ、その子を相手におしゃべりを始めた。
ドレスが可愛いだの髪飾りやネックレスがよく似合っているだのというありきたりな話題を振っている。その子も迷惑そうではないし、詩織をとめる必要はなさそうだ。
それにしても、可愛い子だなぁ。
千里と森沢も椅子に腰かけ、沙帆子も詩織の隣に座った。
「ここで待ってれば、あっちゃんが迎えに来てくれるのかしら?」
千里は森沢に尋ねる。
「敦さんは、スタッフの誰かを迎えに寄越すと言っていたよ」
その情報に千里は頷き、先客の女の子に話し掛けた。
「あなたも、お兄さんかお姉さんが迎えに来てくれるの?」
その問いに、女の子はちょっと返事に詰まった。緊張してるのかな?
「その……知り合いが代表スタッフをやっていて、パーティーが始まったら迎えに来てくれることになっているんです」
「代表スタッフ?」
千里が聞き返したら、女の子は「クリスマスパーティーの責任者です」と教えてくれた。
「そうなの」
「ねぇねぇ、あなたは何年生なの?」
詩織が興味をみせて女の子に問いかける。
「二年生です」
「そうなんだ。わたしは三年生だよ」
「そうなんですか? 先輩だったんですね。けど、みなさんは、この大学の学生ではないんですよね?」
女の子の言葉に、沙帆子は眉を寄せた。森沢と千里も眉をひそめている。
いまの言葉だと、この人は……
「ええっ、そんなに年上に見えた?」
思い違いに気づいて森沢や千里同様に沙帆子は驚いたが、気づかない詩織は、そのまま話を続けてしまう。
「違う違う、わたしたちは高校生なんだよ。あなたと同じ」
「は……あ」
女の子が微妙な反応をする。
「し、詩織!」
詩織の隣に座っている沙帆子は、焦って呼びかけ、詩織の肩を叩いた。
千里の方は女の子に向かって「すみませんでした」と謝罪する。
「年下だと思い込んでしまって、申し訳ありません」
本当だよ。すっかり年下だと思ってしまってた。
すまなさを感じつつも、この人が大学二年生だとは思えない。
「大丈夫です。慣れてますから」
そのひとは苦笑して言ってくれる。
事実が発覚し、年下だと思い込んでいた沙帆子は気まずかったが、詩織はまだ事実が呑み込めないようで、きょとんとしている。
微妙な空気になっていたところに、「入りまーす」という明るい声がし、ドアが開けられた。
「あっ、くるみさん」
これまた綺麗な女の人だった。きっちりとした黒いスーツをかっこよく着こなし、その胸元には代表スタッフという文字と柏井という名前が書かれていた。
柏井は、女の子に向けて軽く手を振り、それから沙帆子たちに微笑みかけてきた。どうやら、沙帆子たちがここにいることを知っている様子だ。
「こんにちは、みなさん。飯沢先輩のお知り合いの方ですよね?」
「ええ。あの、あなたは?」
森沢が代表して受け答えする。
「わたしは代表スタッフの柏井くるみです。よろしくお願いします」
へーっ、このひとがパーティーの責任者なんだ。責任者が女の人とは思わなかったな。
この人は何年生なんだろう? 責任者をするくらいなんだから四年生、なのかな?
見た感じ、そこまで年上には見えないのだが……
「くるみさん、代表スタッフなのに、会場の方にいなくていいの? もう始まるんでしょう?」
「今年は、代表スタッフは四人いるし、さらに特別もいるのよ」
柏井と名乗ったそのひとは、苦笑しつつ言う。
「特別?」
「そう、特別代表スタッフ」
沙帆子には理解できないやりとりだが、なぜか柏井は沙帆子たちに向けて笑いかけてきた。
「飯沢さんにお願いして、盛り上がるだろうとは思ってましたけど……本当にとんでもないですね、あの先輩?」
柏井は苦笑交じりに言う。
とんでもないって、敦さん何かしでかしたってこと?
千里も沙帆子と同じように考えたようだ。
「あの、わたし飯沢敦の従妹なんですけど……従兄が何かご迷惑を?」
千里が不安そうに聞くと、柏井は慌てて手を横に振った。
「とんでもないというのはそういう意味で言ったんじゃないんです。それに、いい意味ですので」
「そうなんですか? あの、ところで従兄は、いまどこに?」
「もちろん会場にいらっしゃいますよ。さあ、みなさんも行きましょう。パーティーが始まりますよ」
柏井はにこにことみんなを促し、先客さんも立ち上がる。
ぞろぞろとスタッフの控室を出て、柏井について行く。
クリスマスらしい音楽が聞こえてくるし、テンションが上がってしまう。
隣を歩く詩織を見ると、頬をバラ色に染め、期待に満ちた表情をしている。きっと自分も詩織と同じだろう。
周りには沙帆子たち以外にも、会場に向かっている参加者が大勢いる。
到着した会場はとても広かったが、中は人でいっぱいだった。大盛況のようだ。
沙帆子は啓史の姿がないかと探したが、残念なことにまだ見つけ出せなかった。
つづく
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