ナチュラルキス ハートフル
natural kiss heartful


christmas特別番外編



11 伝説の人、登場



柏井が会場に入った途端、まるでそれを待っていたかのようなタイミングで「時は来た!」と大音響が聞こえた。

でかいスピーカーが「ビーーン」と大きな音を立て、鼓膜にずいぶんと響いた。

「おい、矢島、声大きすぎ!」

大音響で叫んだ相手に突っ込む冷静な声が、スピーカーを通して聞こえた。

会場内にどっと笑いが起こる。

大音響を上げた人と、突っ込んだ人はステージ上にいる。彼らはパーティーの司会者なのだろう。ふたりとも柏井と同じように黒服を着ている。

よく見れば、会場内には同じように黒服の男女がいっぱいいた。

このひとたち、みんなスタッフなんだな。

あっ、そういえば……大学の玄関のあたりとかにも、黒服を着た人がいたような?

きっとあのひとたちもスタッフだったんだろう。

それにしても、みんなかっこいいなぁ。わたしも黒服を着て、スタッフをやってみたくなる。

「あっ、そうか。ねぇ、みんな。敦さんが言ってた啓ちゃんレベルのイケメンって、あのふたりのことなんじゃない?」

詩織が興奮して騒ぐ。

確かに、ステージ上のふたりは目立つイケメンだ。きっとそうなんだろう。

「ほんと陸は、どうしようもないわね」

詩織の興奮とは無関係に、柏井はステージの上の人たちを見て呆れたように口にした。そして、入り口近くにぴったりと寄り添って立っているカップルの背中に向けて、「保科君」と呼びかけた。

その男の人もスタッフのようだ。黒服を着込んでいる。

保科という人が振り返り、「わわっ、第三イケメンも発見!」と詩織が声を上げた。

「詩織!」

間髪入れず、詩織は千里から頭を小突かれる。

「いてっ!」

保科は一瞬詩織に視線を向け、そのまま柏井に向く。

「なんで陸にやらせてるのよ。宮島君かあなたでって、頼んでおいたのに」

「準備は手伝った。当日は何もしないと言ったろう。詩歩がいるんだ、彼女をひとりにしてはおけない」

詩歩というのは、先程から彼がしっかり腰を抱いている女性のことなのだろうと思えた。

人前でもまったく気にせず、ぴったりくっついている様子は、見ているこちらが照れ臭い。

けど、相手の女の人の方も、かなり恥ずかしそうにしてる。

「まったく、少しは離れなさいよ。ほら、詩歩は困ってるわよ。ねぇ、詩歩?」

「あ、っと……」

詩歩という女性は、困ったように保科を見る。

確かに照れ臭いようだけど、けして迷惑ではないようだ。微笑ましいかな。

しかし、敦さん情報の、佐原先生に匹敵する後輩、確かに複数名存在しているのを確認できて嬉しい。

沙帆子は、壇上にいる男性ふたりにもう一度目を向けてみた。

ひとりはキリッとした風貌の爽やかな感じの人で、もうひとりは運動でもしているのか、細身だけどがっちりした体型の人だ。

って、先生に匹敵するイケメンさんは無事に見られたけど……先生はどこにいるの?

「ところでさ」

詩織がふと何かに気づいた様子で口にし、沙帆子は詩織に目を向けた。

「ステージの前の方、なんでか女の人ばっかりだね。あれって、なんか理由があるのかな?」

そう言われれば確かに、ステージの前方にいるのはドレスアップした女性ばかりだ。しかも、みんな期待に瞳を輝かせてステージを見つめている。

「有名なアーティストとか、呼んでるんじゃないか」と、森沢が言う。

ああそうかもと思ったが、「この大学の方じゃないから、あなた方ご存じないんですね」と柏井が言ってきた。

「誰が登場するんですか?」

森沢が尋ねる。

女性が前を陣取ってるってことは、男性アーティストとかじゃないのかな?

「二年前に代表スタッフをされた先輩が、登場することになっているんですよ」

「二年前の代表スタッフ?」

「ええ。伝説になっている先輩なんですけど。あっ、でも……みなさんは飯沢先輩のお知り合いなわけですし、ご存じなんじゃないんですか?」

柏井がそんな風に問いかけてきた瞬間、森沢と千里は同時に、何か思いついたらしく「あっ」と叫んだ。

「千里?」

呼びかけたら、千里はくるりと沙帆子に向いてきた。

そして何か言いたそうにじーっと見つめてくる。さらに森沢も同様に見つめてくる。

「な、何?」

「あっ、伝説って……」

詩織がそう言った瞬間、沙帆子もハッとした。

まさか、伝説になっている先輩って……佐原先生?

そう気づいたところで、ドレスアップした女性たちの方から、きゃーっと悲鳴が上がり始めた。

「あっちゃん……」

ステージを見つめている千里が呟くように言うのを見て、沙帆子は自分も急いでステージに目を向けてみた。

そこには、敦とともに啓史がいた。

な、なんで先生がステージに?

しかも、スタッフの黒服を着てるし……あっ、でも、他の人たちとは違って、ずいぶんゴージャスな黒服だ。

「みなさん、どうも。飯沢敦です。そして、こらちは……」

マイクを片手にした敦はにやっと笑い、隣にいる啓史を見る。

「お前、なにやら伝説の人になっているらしいな、佐原」

敦が笑い交じりにからかうと、会場内がどっと沸いた。

「佐原せんぱーい」

「おひさしぶりっすーっ」

佐原に向けて、幾人も声を掛ける。それは男のひとばかりだった。

懐かしさを込めて呼びかけている感じだ。彼らを見る啓史も、懐かしそうに目を細めている。

「ほら佐原、後輩たちに一言くらい何か言ってやれ」

敦がマイクを啓史の口元に近づける。啓史は渋い顔をしたが、「みんな元気でやってるか?」と言葉をかけた。

後輩たちの返事が、会場内に溢れ返る。

「それじゃ、クリスマスパーティーを楽しんでくれ」

そう告げた啓史は、さっと踵を返し、敦に背を向けた。

「お、おい、佐原待てよ。まだ予定が盛りだくさんあるんだぞ」

慌てて啓史を引き止めようとするが、啓史は「知るか」とぶっきらぼうに答えてステージから去ろうとする。

先生ったら……いいのかな?

沙帆子は、啓史の行動を危ぶんだが、男の後輩たちからは「相変わらずかっけぇーっ」などという称賛の声が上がる。

「佐原先生って……やっぱ凄いな」

森沢が感服したように呟く。

ステージ上の啓史があまりに遠い人のように感じられて、気持ちが不安定になっていた沙帆子は、ステージの階段を駆け下りる啓史と視線が合いそうになって、無意識に顔を伏せていた。

すると女の人たちが、「佐原先輩」と呼びかけながら、一斉に啓史の周りを取り囲んだ。

「うわっ、凄いわね」

「啓ちゃん、もみくちゃにされちゃうんじゃない?」

千里と詩織の言葉に、沙帆子は目の前の騒ぎを呆然と見つめた。

「敦さん、助ける気がないみたいだし、僕が行こう」

森沢が駆け出そうとするのを、千里は「それはダメ」と鋭く叫んで止める。

「千里?」

「だって、大樹を女のひとの群れの中に飛び込ませたくないし……わたしが行くわ」

顔を赤くした千里がいましも駆け出そうとする。沙帆子は慌てて千里の腕を掴み「わたしも行く」と言った。

「もちろんわたしも行くからね」

詩織もそう言ってくれ、三人して群れの中に飛び込もうとしたら、その群れが突然魔法のように二手に分かれた。

驚いて動きを止めていると、開かれた道から啓史がなんの不都合もなく歩いてくる。

目を丸くしている沙帆子に気づいた啓史は、ほっとしたように微笑み、足を速めて歩み寄ってきた。

い、いや。ちょっと待ってください!

いま、この状況でわたしに話し掛けたりしたら、まずいことになる気が……

沙帆子は啓史に向けて、必死に目で訴えたのだった。





つづく




   
inserted by FC2 system