12 お噂以上
「沙帆子、こんな格好してるから驚いたろ?」
この大学で伝説の人となっているらしき啓史から話し掛けられ、とんでもなく注目を浴びる。
正直、冷や汗が出た。
走って逃げたいが、話し掛けられたのに返事もせずに飛んで逃げたりしたら、後が怖い。
沙帆子は周りの目を気にしつつ「は、はい」と、声を抑えて返事をした。
「また敦の野郎に嵌められちまった」
苦笑しつつ言われ、いつもならつられて笑ってしまうところだが、この状況では引きつった笑いしかできない。
周りを取り囲んでいる女性たちの目がとんでもなくヤバい気がする。
鋭い視線が全身に突き刺さってくる。
敦さん、多少騒がれる覚悟は必要だってことだったけど、それ程度じゃない気がするんですけど。
でも、ゴージャスな黒服の啓史はすさまじく素敵だった。いま写メが撮れたら、最高のお宝画像ゲットなのにぃ、と心底思ってしまう。
ステージ上では、賑やかにイベントが始まったようだった。
あっ、これで注目も薄まるかも。
ありがたく思っていると、柏井が啓史に歩み寄り、話しかけた。
「佐原先輩、お噂以上でしたね」
「君は?」
「代表スタッフの柏井です。飯沢先輩に頼んで先輩を引っ張り出した張本人です。すみませんでした」
「本気で謝罪する意思がないのなら、すみませんと口にすべきじゃないな」
啓史が淡々と指摘し、柏井は痛いところを突かれたように顔をしかめた。
「すみません。いえ、こ、これは本気で口にしてます!」
「そのようだな」
「佐原ぁ」
呼びかけと同時に敦が背後から啓史に抱き着いた。
「飯沢」
「お前ときたら、ほんとに相変わらずだな。二年前の奇跡をまた目にすることになるとは……まあ、それはいいとして、お前、特別代表スタッフなんだぞ。俺と一緒にパーティーを盛り上げてくれねぇと困るんだが」
「何が特別代表スタッフだ。こんなものまで用意しやがって。だいたい、すでに卒業した者がしゃしゃりでていいわけないだろう。後輩たちにはいい迷惑だぞ」
佐原がそう言うと、柏井が首を振って否定する。
「そんなことはありません。先輩たちはみなさん、佐原先輩と再会できると純粋に喜んでいらっしゃいました。特に男性の先輩たちが。わたし、行く先々ですっごい感謝されましたよ」
「そうか。ならあいつらに挨拶してくるかな」
そう言った啓史は、沙帆子の腕を掴んできた。
「沙帆子、行くぞ」
「えっ? わ、わたしも?」
つい抵抗を見せて、身を引いてしまう。
「あいつらにお前を紹介したい。いやか?」
そんな風に聞かれて、いやだとは言えない。
それでも、この会場の中をふたりきりで歩き回るとか……物凄く不安なんだけど。
そう思っていたら、千里が「わたしたちもついていきます」と言ってくれる。
「その方がいいと僕も思いますよ、佐原先生」
森沢の意見に、啓史も納得したようだ。
「それじゃ、俺らも付き合おうか、詩織ちゃん」
敦が詩織に手を差し出す。
「あっ、は、はい。敦さん」
詩織は頬を真っ赤に染めて、敦の手を取る。そんな詩織を見て、敦は嬉しそうだ。
そうだった。詩織は今夜、敦さんのパートナーなんだものね。
「それじゃ、行くか」
ゴージャスな黒服の啓史に見つめられ、いまさらぽおっとなってしまう。
こんな先生が見られただけでも、このパーティーに参加した意味がある。
先生は、企みに嵌めた敦さんに怒っているようだけど、わたしは感謝したいかも。
できるものなら、この場で思い切りぎゅっと抱き着きたいところだ。
そのあと、散々注目を浴び続けることになったのだが、千里や詩織たちも一緒のパーティーはとても楽しめた。
そしてパーティーが終わったその夜、ふたりは果樹園の家で、聖夜を共に過ごせる幸せに浸ったのでした。
End
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