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2 新たな不安
「あの、千里。そのギリギリって、どのくらいまで?」
「当日じゃないの」
「と、当日?」
さすがにそれは……
「逆効果じゃないかな?」
当日に、佐原先生の卒業された大学のパーティーに行きましょうなんて、言えるわけがない。
どんだけお怒りなさるか、想像すらできないよ。
「わたしもあっちゃんにそう言ったんだけど……」
あっ、そうか。考えてみたら、なんの考えもないなんてことはないんじゃないのかな? となると、うまい作戦でもあるのかな?
「敦さんはなんて?」
黙って聞いていられなくなったのか、詩織が千里に話の先を急かす。
「沙帆子がパーティーに行く準備をして、行く気満々にしている姿を見せれば、俺にブチ切れてでも行くだろうって」
そ、そんな作戦? いや、そんなの作戦とは言えないよね?
「啓ちゃん、ほんとにブチ切れるのかな?」
恐る恐るという口ぶりの詩織と目を合わせ、沙帆子は神妙に頷いた。
確実にブチ切れる気がする。
そんな沙帆子を見て、千里は同意を見せてくすくす笑う。
「啓ちゃんを騙すことになるんだから、怒るのは間違いないよね」
「ええーっ、それでいいの?」
詩織が叫ぶ。
いやいや、よくないよ。
佐原先生がブチ切れるのが分かっていて、そんな作戦には乗れない。
いっそ、パーティーに行きたいですと直球でお願いしてみた方が、まだいいんじゃないかな?
とばっちりを受けるだろう敦さんにも申し訳ないし。
「ねぇ、やっぱりわたし、まず啓ちゃんにお願いしてみるよ。それでどうしてダメだったら参加するのやめとくわ。けど、ふたりは行くといいよ」
ふたりを巻き添えにしたくないしね。
「ダメダメ、沙帆子が参加しないんじゃ、つまんないよぉ」
詩織はそう言うけど……
「でも、せっかく大学のパーティーに行けるのに」
「絶対三人で行きたい。千里だってそうでしょう?」
「もちろんよ。だからここはあっちゃんに任せるのが一番だと思うんだよね。あっちゃんは、誰より啓ちゃんの扱い方を熟知してるようだし」
そうなんだろうか?
確かに、佐原先生との付き合いの長い敦さんは、先生の扱い方を心得ているのかもしれないけど……
「敦さんが大変な目に遭うかもしれないのは申し訳ないよ。やっぱり、わたしから啓ちゃんにお願いしてみるよ」
「もしも啓ちゃんが行かないって言い出したら、もうどうしようもなくなるかもしれないよ」
千里にそう言われると、迷いが湧く。
わたしだって行けるものなら行きたいんだし……
だってこのところ、大学受験のために勉強漬けの日々なのだ。
千里や詩織もわたしと同様、大学受験のためお楽しみは控えて試験勉強に打ち込んでいるんだもん。
クリスマスくらい羽目を外して楽しめたら、また頑張ろうって気持ちになれる。
そう言って、佐原先生にお願いしてみようかな?
一生懸命頼めば、きっと……
「あっちゃんは、俺が一発食らう覚悟でいるからいいぞって言ってたわよ」
いっ、一発食らう?
いや、でもそうなる可能性は高いかも。だって以前にも、そういうことあったわけだし。
「うわーっ、敦さんかっこいい! まさに、男の中の男だねぇ」
敦を崇拝しているらしき詩織は、もろ手を挙げて褒めちぎる。
そんな詩織に、敦の従妹という立場である千里は呆れ顔だ。
「その意見には、同意しかねるけど」
「ええーっ! 千里はさぁ、敦さんに辛すぎるよ」
「違うね! あんたが、あっちゃんを知らなすぎるの。それより、詩織」
「う、うん?」
「あっちゃんが、詩織にパーティーのパートナーになってくれないかって」
「えっ! えっ!」
詩織は驚きの顔で二度叫んだ。
「わ、わたしが⁉ あ、敦さんのパートナーとして、パーティーに参加するの?」
「うん。嫌なら断ってもいいんだよ」
千里はあっさり言うが、詩織の方はそれはもう恐れ多いと言わんばかりの表情だ。
「そ、そんな、敦さんからのお申し出をお断りするなんて、とっ、とんでもない! で、でも……あの大人な敦さんのパートナーが、わたしなんかでいいの?」
「あのね、あっちゃんの方が頼んできてるんだよ。それで、どうするの?」
「そ、それじゃ……お願いします」
詩織は真っ赤な顔で、千里にお辞儀する。
へーっ、詩織が敦さんのパートナーとして参加することになるなんて。
けどこれで、パーティーに行くことに決まってしまったようなものだよね。
つまり、佐原先生のことはすべて敦さんにお任せして、当日までパーティー参加することは内緒にするわけか。
それはそれでハードルが高いんですけど。
顔を赤らめて嬉しがっている詩織を見つつ、沙帆子は新たな不安を膨らませたのだった。
つづく
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