|
ナチュラルキス ハートフル
natural kiss heartful
christmas特別番外編
|
|
4 押し付けられた茶封筒(海斗視点)
――沙帆子たちが、パーティーの招待状を受け取った日から遡ること二週間。
大学の図書館で、午前中に受けた講義のレポートを仕上げていた保科海斗は、なんとなく視線を感じ、相手に悟られぬよう視線だけそちらに向けてみた。
人の気配は感じるが姿は見えない。
どうやら、柱の陰に身を隠しているようだな。
そして、この感じ……一人心当たりがある。
柏井くるみだ。
彼女ときたら、また何か企んでいるんじゃないのか?
クリスマスも近いからな。
昨年も、柏井の企みに嵌ってしまい、まんまと大学主催のクリスマスパーティーに参加させられた。
彼の恋人である渡会詩歩を味方につけられてしまい、参加を余儀なくされたのだ。
海斗が気配を感じ取ったのに気づいたのか、気配はすでに消えている。
逃げたな……まったく勘が鋭いな。
海斗は苦笑し、ポケットから携帯を取り出した。
詩歩と話せば、柏井の企みが分かるだろうか?
やはりクリスマスパーティーに、海斗と詩歩を参加させようという魂胆なのだろうか?
それならば、画策することもないのだ。詩歩は今年もパーティーに参加したいと思っているのだから。
昨年同様に、二時間ほどパーティーを楽しみ、それから抜け出せばいい。
詩歩の気に入りそうなイルミネーションの場所も、すでにチェック済みだ。
大学生になり、バイトもやっているから資金も充分にある。
友人である宮島大成の口利きで、いいバイト先に恵まれた。
彼の父の経営する宮島電器店で店員として雇ってもらったのだ。
おかげで、家電の知識は日々深まり、新たな発見もありで、さらに大成と家電について論じるのも面白い。
店員というのも、意外と自分の身に合っている気がする。
客の性格を探り、それに合わせて対応を変えたりして、最終的に自分の手腕で商品が売れると満足感を得られる。
さらにバイト代まで手に入るのだから言うことはない。
大成とはとても馬が合う。
矢島陸もいい奴なのだが、あいつはサッカーバカな上に、柏井に支配されてしまっている。恋人というより子分扱いだ。
それでも陸はしあわせそうだからな。彼は、自分が柏井に支配されていることに気づいていないと思える。
そのあと海斗はレポート作成に戻り、一時間ほどで仕上げた。
まだ時間に余裕はあるが、そろそろバイトに行こうか。
海斗は身軽く立ち上がり、私物をまとめてバッグに入れた。
「あ、あの、保科先輩」
歩み出そうとしたその瞬間、ふたりの女子学生がさっと近づいてきた。よくあることなのだが……
正直相手をするのは面倒くさい。
それでも無視して歩み去ることもできず、海斗は無言でふたりに顔を向けた。
「いまお暇ですか?」
「いや、用事がある」
愛想なく答え、相手が怯んだ間を逃さず、海斗は歩き出した。
気分を害したかもしれないが、こちらの知ったことではない。
下手に愛想よくすれば、再び話し掛けられる可能性が高くなる。
ふたりとも性格のいい子だったようで、潜めた罵声を背中に浴びせられることもなく、海斗は図書室を後にすることができた。
高校生の頃は、愛想の良い仮面をかぶって人当たりよくしていたものだった。
いま思い返すと、よくやっていたなと自分のことながら思う。まあ、そんな仮面も柏井だけには見破られていたっけな。
思い出し笑いをしつつ図書室を出て、少々重いバッグを抱えなおす。
このバッグは詩歩の手作りだ。使い勝手が良くてとても気に入っている。
詩歩は本当に器用だよな。
愛情もたっぷりこもっているから、バッグを見るたび顔がにやけそうになる。
校舎の外に出た海斗は、車を停めている駐車場へと足を向けた。
途中、遠目に友人の宮島大成の姿を見つけた。
かなり離れたところにいるのだが、彼もこれから帰るところのようだ。
大成に声をかけようと海斗が駆け出そうとしたら、「おーい、保科ぁ」と大きな声で呼びかけられた。
その声は陸で、振り返ると、なぜか必死になって駆け寄ってくる。
なんの用だろうな?
「はあ、はあ」
海斗の前までやってきた陸は、前屈みなって苦しそうに息をする。
「どうした矢島? そんなに必死に駆けて来なくても、待っていてあげるぞ」
「あ、あ、うん。そっ、そうだよな」
うん? なにやらずいぶんと焦っているようだが?
その様は不審で、海斗が眉を寄せていたら、陸がちらりと視線を余所に向けた。
そちらは先ほど大成がいた方角だ。
つられて視線を向けた海斗は、眉をひそめた。
大成は女性と話をしている。一緒にいるのは柏井のようだ。
これはどういうことだ?
妙な共通点に、さらに不審がっていたら、陸は唐突に何かを押し付けてきた。
見ると、A4サイズの茶封筒だ。
「あ、あのさ。これ、預かって来たんだ」
預かって?
「誰から?」
「あ、えっ、えっと……そ、そう、学生課」
学生課?
「矢島、これはいったいなんだい?」
「さ、さあ? ぼ、僕は、君に渡してくれって頼まれただけなんだ。じゃあな!」
早口で言った陸は、機敏に背を向けたと思うと、物凄い勢いでダッシュしていった。逃げたとしか思えない。
「矢島!」
なんとなく、このまま行かせるべきではない気がして呼び止めたが、陸は振り返りもせず全力で駆けていった。
つまり、この封筒の中身は、よほどまずいものなのに違いない。
陸を捕まえたいが、さすがにサッカーバカなあいつの足には敵わない。
となると、柏井か?
瞬時に判断し、柏井に視線を回したが、彼女の姿もすでになかった。
大成はひとりで、海斗が陸から押し付けられたと同じような封筒を手にして、首を傾げている。
海斗は改めて茶封筒を見てみた。
大きな文字で、保科海斗様と書いてあり、裏を見ると学生課と書いてあった。
いったい何が入っているのか、分厚く膨れ上がっている。
これは中身を確認するしかないようだ。
つづく
|
|
|
プチあとがき
さて、時は遡り、海斗視点をお届けしました。
どこぞで見た光景でしたよね。笑
こうなった経緯、なんとなく想像がつくかと思います。
お読みくださり、ありがとうございました。
お楽しみいただけたなら嬉しいです♪
fuu(2016/12/23) |
|
|
|
|
|
|
|
|