ナチュラルキス ハートフル
natural kiss heartful


christmas特別番外編



6 思わぬ依頼



――海斗が企みに嵌った日より、数週間前のこと。

飯沢敦は、仕事を終えて帰宅の途についていた。

家まであと少しのところまで来て、携帯に電話が掛かってきた。
もちろん運転中なのでスルーし、自宅に帰り着いてから確認してみると……

なんだ? 学生課?

大学の学生課からだ。

すでに卒業した俺に、いったいなんの用だろうな?

そう考えた頭に、二年前の学生課主催のクリスマスパーティーが浮かんだ。

懐かしいな。あれは最高に楽しかったよな。

そんなことを思いつつ、敦は電話に出た。

「あっ、飯沢君。お久しぶりだね」

おっ、懐かしい声だな。

「ええ、お久しぶりです。なんかありましたか?」

「実は、君に相談したいという学生がいてね、それで連絡を取ってくれないかと頼まれて電話したんだ」

「相談?」

後輩が、この俺に何を頼もうってんだ?

「彼女に代わる前に、ちょっと説明させてもらうよ」

「ああ、はい。聞かせてください」

「用件はね、学生課主催のクリスマスパーティーのことなんだ」

そう言われて、やっぱりかと思う。

「クリスマスパーティー?」

「うん。君と佐原君が代表スタッフを務めてくれたパーティーは、すでにこの大学の伝説になっているんだよ」

「伝説ですか?」

苦笑しつつ言葉を返す。

「昨年も、そこそこ盛況に終えられたんだが、代表スタッフをしてくれている柏井君がもっと盛り上げたいと意欲満々でね。それであの伝説のパーティーの経緯を聞かせてあげたんだよ。そしたら是非、君に協力してもらいたいと言うのでね」

「協力ですか」

年の瀬に向かい、仕事が立て込んでいるんだが……

そう思う一方で、二年前の最高に楽しかったクリスマスパーティーが脳裏に浮かび、さらに彼女のいない者同士である時田と飲むだけという今年の侘しいイブの予定を思う。

パーティーに協力してくれってんだから、やってやってもいいかもしれない。

「どんな風に協力を?」

「おっ、柏井君、引き受けてくれそうだぞ」

「えっ、本当ですか? やったーっ!」

ずいぶんと弾んだ女の子の声が聞こえた。

すると、「それじゃ、彼女に代わるから、詳しい話は彼女から聞いてくれるかい?」と学生課の職員は言う。

「わかりました」

承諾すると、電話はすぐに引き継がれた。

「飯沢先輩、初めまして。私、柏井くるみと申します」

「どうも」

「是非とも、先輩の協力を願えればと思っております」

「それで? どんな協力を望んでんだ?」

「特別代表スタッフとして、参加していただきたいんです。佐原先輩とともに」

「は?」

佐原もだと?

一気にテンションが落ちた。

「ずいぶん大胆な頼みだな。君、佐原に会いたくて、こんな話を考えついたのか?」

佐原目当てだとしか思えず、敦は刺々しく尋ねた。

敦の反応に、相手は一瞬黙り込む。だが、すぐに語り出した。

「佐原先輩については、学生課の職員さんからお聞きしたり、先輩たちからも色々と聞かされて、お会いしたいとは思っています」

「君の口ぶりだと、佐原と会ったことがないように聞こえるが?」

代表スタッフは、上級生が引き受けるものだ。
三年生以上であれば、あの学内で超有名人だった佐原を知らないなんて話は信じがたい。

「はい。お会いしたことはありません。卒業されて後に入学しましたので」

「君、いま何年生だ?」

「二年生です」

ふーむ。つまり、佐原に会いたくて、代表スタッフという立場を利用しようとしているというわけではないということか。

「君、付き合っている相手はいるのか?」

「……はい。おりますが」

柏井は慎重に答えている気配だ。

敦がどういうつもりでそれらの質問をしているのか、熟考しつつ答えているのかもしれない。

頭は良さそうだよな。それに嘘をついているようでもない。

佐原目当てでないならば……

俺とあいつを特別代表スタッフにするというアイデアも悪くはないよな。

佐原を知る学生はまだ半数以上残っているわけだし、伝説となっている張本人が、パーティーに参加するとなれば、盛り上がることは間違いない。

なんにせよ、こいつは佐原をパーティーに引っ張り出すために、俺に協力を要請してきたわけだな。賢い選択ではある。

そうだな。あいつをパーティーに参加させるのは、案外簡単かもしれない。だが、うまく参加せさせたられたとしても、そうとうブチ切れるだろうな。

俺、また殴られるのか?

正直殴られるのは嫌だが……面白そうだよな。

佐原の突然の結婚には、仰天させられた。
そしてあの野郎はいま、可憐で可愛すぎる幼な妻と新婚生活を満喫している。

微笑ましくもあるが、妬ましくも憎たらしくもある。

よし、ちょっと嵌めてやるか。

どうせやるなら、とことんやってやるぜ。

「あの、飯沢先輩?」

黙り込んであれこれ考えていたら、柏井がおずおずと呼びかけてきた。

「わかった」

「は、はい?」

「君に協力してやろう。だが、君は後悔するかもしれないぞ」

「後悔ですか?」

「ああ、引き受けるんなら、俺は自分の好きにやる。主導権を引き渡す覚悟はあるか?」

もちろん、そこまでやるつもりはない。柏井をビビらせて楽しもうと思っただけだ。

だいたい柏井の頼みは、正直とんでもないものなのだ。それを本人にわからせておくべきだ。

「だからって、俺はどんな責任も取らないぞ。責任者はあくまで君だ」

「不利な立場ですね」

「そうだな。なら、やめくとか? 俺はどっちでもいいぞ」

「商談がお上手です」

「君もな」

「わたし?」

「ああ、こんなとんでもない頼みを思いついて実行し、俺に承諾させつつある」

「喜んでいいのか」

「喜んでいいぞ。ああ、ひとつ言っとかなきゃならないことがあった。いまの佐原には恋人がいる」

「そうですか」

なんの感情の揺れもなく柏井は答える。

「だから、パーティーには奴の彼女も同伴することになる。佐原目当てでやってきた女たちは、ショックを受けるだろうが……そこらをうまく演出するという楽しみはあるな」

にやりと笑いながら言ったら、相手も「演出!」と、ノリノリで反応してきた。

「なんかワクワクしますね」

その返事に、敦はいくぶん落胆を感じた。

佐原目当てでないらしいし、彼氏もいるとのことだが、軽そうな子のように思えたのだ。

大丈夫だろうかという不安は湧いたが、彼女のバックには学生課がついている。

そう、心配することもないか。

「それで、打ち合わせはいつやる? 次の日曜なら空けてやってもいいぞ」

実のところ予定などないのだが……恩を売っておくに越したことはない。

「日曜日で大丈夫です。時間も飯沢先輩にお任せします。その際は、もう一人の代表スタッフも同席しますので」

「代表スタッフは何人いるんだ?」

「現在ふたりです。四人になる予定ですが。ちなみにスタッフは六十名ほどいます」

「六十⁉」

驚いたな。

「みんな、昨年から引き続いてやってくれることになっています。二年生がほとんどですが」

「ふーん。それで、男女比は?」

「半々ですね。少し女性が多かったと思います」

「俺の時は、男だけでやったんだが」

「そうらしいですね。学生課の職員さんから聞きました。みなさん黒服で統制が取れていて、とてもかっこよかったって。飯沢先輩と佐原先輩の黒服だけ、特別仕様だったとか?」

「ああ、だったな」

あの時の佐原はとんでもなかったよな。

「あのぉ、飯沢先輩」

「なんだ?」

「佐原先輩って、いったいどんな人なんですか?」

「どんな奴か? そうだな、一言で言えば……いけ好かない野郎だ」

「えっ? あの、佐原先輩はご友人でしたよね?」

「また連絡する。それじゃまたな」

柏井の驚きを楽しく味わい、敦は電話を切った。

こりゃあ、面白いことになってきた。

舌なめずりをした敦は、いい気分で車を降りて我が家に帰ったのだった。





つづく




プチあとがき
敦視点の第六話。お届けさせていただきました。

もうクリスマスイブですね。
あと一話で終了の予定です。

明日までにはなんとか。

お読みくださり、ありがとうございました。
続きをお楽しみに(*^▽^*)♪

fuu(2016/12/24)
   
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