ナチュラルキス ハートフル
natural kiss heartful



第1話 ドキドキの部活



三年生になって四日目、今日の授業が終わり、教室内がざわめき始めた中で、沙帆子はほっと息をついた。

新入生も入ってきて、校舎内はとってもフレッシュな感じだ。

新入生と廊下で行きかったりすると、緊張した目で挨拶をもらったりするんだよね。

そんなに緊張しなくても大丈夫よ、なんて声をかけてあげたくなる。

けど……わたし、ついに高校の最上級生になったんだなぁ。

感慨深く思いつつ、沙帆子は目の前の背中を見つめた。

前の席に座っているのは詩織だ。

新学期が始まって、席順は名簿順。
女子の一番は千里で、詩織の前には千里が座っている。

ふふっ。
こうしていつでもふたりを見られる位置にいるって、それだけで幸せだなぁ。

今年のバレンタインデーに思いもよらない出来事が起きて、驚くべきことに、いまのわたしは佐原先生の奥さんになっちゃってるんだよね。

そのことには、いまだにふとした拍子に、信じられない気持ちが膨らんできたりもする。

化学の担当だった佐原先生が、物理の担当になってしまったし……

バケ子先生はバケ子じゃなくなったし……

佐原先生が物理の担当に代わってしまったことより、バケ子先生の変身のほうが、よっぽどみんなの驚きは大きかった気がする。

まったく、驚きいっぱいの始業式だったっけ。

さらには、ロボット開発部に勧誘されて、千里や詩織ともども入部することになってしまったし、おまけに佐原先生も、副顧問をすることになっちゃって……

実は今日、ロボット開発部の初日なのだ。

千里によると、ロボット開発部には、なにやら色々と事情があるらしい。

まだ何も詳しい話は聞けていないが、今日の部活で説明があるんだろうと思う。

それにしても、まさか三年生になって部活に所属することになるとは思ってもいなかったなぁ。

けど、佐原先生も一緒なんだもんね。先生と部活を一緒にやれるなんて、すっごく楽しみだ。

口元を緩めた沙帆子だったが、不安が湧いてきた。

ロボットって、わたしの得意な分野じゃないんだよね。

大丈夫かなぁ?

眉を寄せていたら、くるりと詩織が向いてきた。

沙帆子の顔を見て嬉しげに笑い、何も言わずにまた前を向く。

詩織ったら。

くすくす笑いがこみ上げてくる。

こんな風に、時々後ろにわたしがいることを確認しては、嬉しがってるんだよねぇ。

その点、千里は大人だ。

沙帆子は、凛として背筋を伸ばし、鞄の中を整理しているらしき千里を見る。

いつでも頼りになる友だ。そんな千里に、わたしと詩織は甘えてばっかりだなぁ。

ちょっと反省していたところにドアが開けられ、担任の熊谷が入ってきた。

ざわめきが一瞬で静まり、みんな背筋を伸ばして熊谷を迎える。

沙帆子は教壇に向かう熊谷から目をそらし、ドアに目をやった。

佐原先生……今日も来てないか? 残念。

始業式の日に、熊谷と一緒にやってきた啓史だが、あれきりホームルームには現れていない。

来たら来たで、どう対応していいやらわからなくて困るんだろうけど、来ないとなると残念になる。

話をしている熊谷を見つめ、なんとなく照れくさい思いに駆られる。

だって、佐原先生の結婚相手はわたしだってこと、熊谷先生に伝えたんだよね。

正直、話を聞いた熊谷先生がどういう判断を下すのか、不安だった。

それは佐原先生も同じだったはずで……

けど、熊谷先生に受け入れてもらえたんだよね。本当にほっとしたし、わかってもらえて嬉しかった。

佐原先生は、わたしの何倍も嬉しかったはず。

ホームルームが終わり、三人は、各自鞄を手に教室を出た。

「これから部活だよ。なんかもう、ドキドキするねぇ」

詩織は頬を赤く染め、もじもじしながら千里と沙帆子に言う。

「楽しみではあるわね。ロボット開発部なんて、わたしたちには無縁そうな部なわけだけど……

「確かに、そうなんだよね。わたし、大丈夫かな?」

詩織は心細そうに聞いてくる。

「大丈夫なんじゃない? 難しく考えずに楽しめばいいわよ」

「そっ、そう?」

千里と詩織の会話を聞きつつ、沙帆子も頷いてしまう。

千里はまだしも、沙帆子と詩織は部の役に立ちそうにない。

みんなの足を引っ張らずにいるのが、精いっぱいなんじゃないかなぁ?

「ところでさ、部員って何人くらいいるの? 森沢君が、顧問になってもらう荻野先生から、女の子がいたほうがいいって言われて、わたしたちを勧誘したってことはさ、他の部員は全員男子ってことなんだよね?」

「そういうことだと思うけど、わたしも人数は教えてもらってないのよね」

「そうなんだ」

「これから行くんだし、そしたらわかることよ」

「うん、そうだね」

「よーし、それなら、さっさと行くとしようよ」

急に勢いづいた詩織は、沙帆子と千里の腕を取り、ふたりを引っ張っていこうとする。だが、

「ちょっと、待ちなさいよ」

千里に止められた。

「なんでよぉ?」

詩織は不服そうに千里を睨む。

「行くって、あんた場所わかってるの?」

千里に聞かれ、詩織はきょとんとし、それから、眉を寄せて千里に問いを向けた。

「ロボット開発部の部室って、どこにあるの?」

「知らないわよ」

なぜか千里は、苦笑しつつ答える。

「ええーっ! なんで知らないのよぉ」

「大樹に、部室はどこなのって聞いたら……」

「うん、聞いたら?」

詩織はオウム返しに答えをせっつく。

「現在、確保中なんだって」

「確保中って、部室を?」

戸惑った沙帆子は、思わず聞き返してしまった。

「そうなの。けど、とりあえず化学室に集まろうって」

「化学室か。ああ、そうだよね。荻野先生が顧問なんだもんね」

「ああ、そうなのね」

ようやく腑に落ち、沙帆子も頷く。

「沙帆子、そうなのねって、なに?」

詩織はまだ腑に落ちていないのか、そんな風に聞いてくる。

「だから、ほら。荻野先生に顧問を引き受けてもらったってことは、今年度から顧問が代わったってことでしょう?」

「うん? ……あっ、ああそうだよね。顧問が代わったんだ。だから、部室も化学室に変更になるってことなんだね?」

そういうことなんだろう。

「去年まで、どの先生が顧問をしてくれてたのかな?」

素朴な疑問が湧き、沙帆子が千里に尋ねてみたら、どうしてか千里はくすくす笑い出した。

「千里?」

「顧問はいなかったのよ」

「はい? けど、部活に顧問がいないんじゃ、部として成り立たないんじゃないの?」

「そういうこと」

あっさり肯定する千里に、沙帆子は詩織と目を合わせた。

「そういうことって、どういうこと?」

困惑したふたりは同時に叫ぶ。

「だからね。ロボット開発部の……」

千里が話し始めたところで、千里の携帯に電話がかかってきた。

「ちょっとごめん」

千里は携帯を取り出し、相手を確認する。

「あっ、大樹からだわ」

急いで電話に出た千里は、要件を聞いてすぐに切った。

「森沢君、なんだって?」

「早く来てくれって。私たち以外、もう全員集まってるらしいわ」

「そ、それって、顧問も?」

つまり、顧問の荻野と、副顧問の啓史もということだろう。

そう考えて、沙帆子の鼓動は急に速まり始める。

「そういうことでしょうね。ほら、もう話してる場合じゃないわ。さっさと行くわよっ!」

「わ、わかった!」

そんなわけで、千里の話は聞けぬまま、三人は化学室目指して駆け出したのだった。



つづく






プチあとがき

ナチュラルキス、続編、ついに始まりました。
少しでも楽しんでいただけたなら、嬉しいんですが。

タイトル、続新婚編とするより、ちょっと心機一転な感じのタイトルにしたいなと考えて、思いついたのが、これでした。笑

ですが、heartful というのは和製英語だそうです。
でも、心が満たされている、ハートがほっこり、的な意味合いがいいなと思って、つけました。

しかし、今回は啓史の登場はなかったですねぇ。
次は登場すると思います。

続きを楽しみにしていただけたら嬉しいです。

読んでくださってありがとう。

fuu(2016/4/20)




   
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