ナチュラルキス ハートフル
natural kiss heartful



15 溶けた囁き



も、もうダメだ……

これ以上は、ご飯粒一つだって喉を通りません。

このお漬物、すっごい美味しいのになぁ。
お茶碗にだって、まだ三分の二ほどもご飯が残っている。

けど、ここまでよく頑張ったと思う。

お腹はぽんぽこりんだけど……

「沙帆子、あんたよく食べたわね」

芙美子が感心したように言ってきた。

「う、うん。美味しかったから残したくなくて……けど、もう無理っぽいです」

完食は諦めることにし、仕方なくお箸を置く。

それでも、ずいぶん啓史に食べてもらったのだ。

「俺も腹一杯ですよ。けど、美味しかったですね」

「ああ、うまかった」

どうやら幸弘も食べ終えたようだ。

全員、お腹が苦しいようで、座椅子に背を預けている状態。

「沙帆子、ちょっと夜気に当たりに出ないか?」

「外に行くんですか?」

先生と散策に行けるのは嬉しいけど、正直いまはお腹がいっぱい過ぎて、動くのが辛いんだけど。

「外と言っても露天風呂の方だ。酔って暑くてな。少し夜風に当たりたい。付き合ってくれ」

啓史は気だるそうに誘ってくる。

先生、少し酔いが回ってるみたいだな。

よし、お腹は苦しいけど、喜んでお付き合いするとしよう。

「はい」

返事をして立ち上がったら、啓史もゆっくりと立ち上がる。

「幸弘さん、わたしたちも窓の方に移動しない?」

「ああ、そうだな」

幸弘も立ち上がり東側の窓辺に移動していった。
そちらには縁側と庭があり、窓を開けて涼めるようになっている。

沙帆子は啓史の後について行き、客室に設けられている露天風呂の方に出た。

岩で囲われたけっこう広めの露天風呂だ。
その周りはいい感じで木々に覆われ、背の高い塀が取り囲んでいる。

ぼんやりとした明かりに照らされた湯船からは、湯気が立ち上っている。

「温泉の匂いって、ほんといいですね」

「ああ。ほら沙帆子、足を滑らせるなよ」

「はい」

素足で岩に足をつけると、ひんやりしている。

「足をつけるか?」

啓史の提案に沙帆子は笑みを浮かべた。

「そうしたいなって思ってたところでした」

浴衣の裾を上げて、足を湯につける。

「温かい」

「座るならこの辺りがいいぞ。岩が平らだし、濡れてない。そっちの方は結構深いからな。浴衣が濡れるかもしれないぞ」

「わかりました」

啓史の教えてくれた場所から湯に足をつけて、岩に腰かけた。

すると啓史も沙帆子の隣に座り込んできたが、平らな部分はそんなに広くないので、ふたりで座ろうと思うと、滅茶苦茶くっつくことになる。

「俺の膝の上に、お前を乗せた方がよかったかな」

ええっ⁉

そっ、そんな体勢、は、恥ずかしすぎますからっ!

「乗るか?」

「い、いえいえ、滅相もない」

「滅相?」

慌てて言った沙帆子の言葉を繰り返し、啓史が噴き出す。

「お前、なんでそんなに真っ赤になってんだ?」

「……あ、暑いんですよ。お湯に足をつけてるから」

実際、浴衣の中はちょっと汗ばんでしまってる。
けど、汗を掻いているのは、もちろんお湯のせいじゃない。

まったく、先生が変なこと言い出すから。

心の中でぶちぶち言っていたら、両方の脇に手を差しこまれた。

「なっ、なにを?」

そう言っている間に、ひょいと身体を持ち上げられて、なんと啓史の膝に乗せられてしまった。

「せ、せ、先生‼」

慌ててしまい、手足をバタバタさせてしまったせいで、湯が大きく跳ねた。

「こら、なんで暴れる。ふたりしてずぶぬれになっちまうぞ」

「だ、だって」

もおっ、先生ったら、強引に膝に座らせるとか……おかげでもっと顔が赤くなっちゃったし。

お尻に啓史の太ももが当たっているわけで、なんとももぞもぞしてしまう。

「こら、変な風に腰を動かすな」

「そんなこと言われても……」

なんとかもぞもぞするのをやめてみたが、落ち着かない。

この体勢にまったく余裕がないというのに、啓史は背後から沙帆子をそっと抱き締めてきた。

背中に啓史の胸が当たり、沙帆子の身体はすっかり啓史の腕の中に包み込まれてしまった。

「こんな風に、お前といられるなんてな」

しみじみとした声に、沙帆子は首を回し後ろの啓史に顔を向けた。

「悪くないだろ?」

それはこの体勢がってこと?

『はい』と頷くのは照れ臭いんだけど……

「お、お湯……気持ちいいですね」

話をすり替え、改めてお湯を感じてみる。

「ああ。気持ちいいな。できれば一緒に入りたいが……さすがにそれは無理か」

沙帆子はこくこくと頷いた。

もちろんだ。両親もいるのに……いや、ふたりきりだったとしても、一緒にお風呂に入るのはハードルが高い。

すると啓史の手が、沙帆子の身体のあちこちに触れはじめた。

「お前って、ほんとどこもかしこもやわらかいな」

驚きに固まっている間に、腕、ウエスト、太腿と撫でられる。

さらに、太腿に触れていた手が内側にするりと滑り込んだ。

「な、な、な……」

「な、な、な?」

笑いを含んだ声で、啓史は沙帆子を真似てくる。

太腿の内側に滑り込んだ手は、やわらかさを味わうように腿を撫でている。

我に返った沙帆子は、傍若無人な啓史の手を掴み、さらにぎゅっと太腿を閉じた。

手を動かそうとする啓史に抗い、さらに太腿に力を込める。

「凄い力だな。けど、このままじゃ手を引き抜けないんだが……」

「引き抜いてください」

啓史の手を引き抜こうとするのだが、どうしても抜けない。太腿に込めた力も抜くことができない。

「なら、力を抜いてくれ」

「なら、指をもぞもぞ動かさないでください」

「もぞもぞ動かしてるわけじゃない。俺も抜こうとしてるんだ。手を引き抜いてほしければ、力を抜けよ」

そうなのか? と思ったが、啓史の言葉はずいぶん意地悪そうに聞こえた。

ううーっ。

佐原先生が微妙に指を動かすから、口に出せない刺激がぁ……

身体の中心にもどかしいような快感が生まれる。

すると、啓史がくっくっと笑い、するりと手を引き抜いた。

からかわれたとわかり、沙帆子は首を回して啓史を睨みつけた。

「すまん。もうやらない」

耳元に囁くように言われ、沙帆子はぴくんと身を震わせてしまう。

だって、物凄く甘い響きだったのだ。

啓史は沙帆子の左肩に顔を寄せてきた。素肌に啓史の温かな息がかかる。

「あうん」

沙帆子は思わず甘い声を上げてしまった。

さらに啓史の唇は、沙帆子の肌に直接触れ、さわさわと肌の上を啓史の唇がかすめる。

ううーーっ!

微妙な刺激をまともに受け入れられず沙帆子は身を固めたが、啓史は刺激を与え続ける。

「浴衣って……やっぱ、色っぽいな。襟足が艶っぽくて……そそられる……」

そ、そそられ⁉

ううっ、先生ってば……もう無理っ! もう許容範囲を超えそうだしっ。

ドギマギさせられすぎて、無駄にジタバタしてしまう。

するとお尻のところに硬いものが生じた。

こっ、こっ、これってぇ~っ⁉

頭のヒューズが飛びそうになったところで……

「やれやれ、ここまでか」

啓史は残念そうに呟き、沙帆子を抱えたまま立ち上がった。

足が浮いた状態で焦ってしまったが、ゆっくり下してもらえ、湯船の底に足をつけられた。

「は、はぁーーっ」

ほっとして盛大に息を吐き出したところで、啓史によってくるりと身体を反転させられる。

へっ? と思った瞬間、唇が重ねられた。

「んんっ⁉」

面食らって目を見開いてしまい、沙帆子は唇を重ねたまま啓史と目を合わせてしまう。

ぎょっとした沙帆子は、思い切り目を閉じた。

彼女の心臓はもう破裂しそうなほどバクバク状態だ。

なのに啓史ときたら、唇を合わせたまま、くっくっと楽しげに笑う。

「も、もおっ……んっ……」

沙帆子の文句も、甘すぎるキスに溶けていく。

「好きだぞ」

キスに交じり囁かれた言葉もまた、甘い刺激の中に溶けて消えた。





つづく



   
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