ナチュラルキス ハートフル
natural kiss heartful


2000000キリリク話 ルル様
《修学旅行編》
(2017/1/16)


2 充分な事実



これ、いいかも。
カンガルーのブックマークを手に取り、沙帆子は気持ちを浮き立たせた。

おしゃれなデザインで、大人な佐原に似合いそうだ。

もちろん、おみやげは受け取ってもらえない。けど、それでも買いたかったのだ。

ずっと引き出しに仕舞い込んでおくことになるんだろうけど……

何年も経ってから、きっとこれはこれでいい思い出になる気がする。

もう明日は帰る日だ。

カヌーに乗ったし、コアラとも写真を撮った。
世界遺産のブルーマウンティンズにも行き、壮大な景色に圧倒された。

佐原先生に見てもらいたい写真はいっぱい撮ったけど……わたしの撮った写真なんて、見てもらえないだろうなぁ。

なにせライバルが多すぎる。

あんな風に佐原先生が、写真を見せてくれなんて宣言したから、みんなそれはもう張り切って写真を撮ってるようなんだよね。

「あ、あの、榎原さん」

声を掛けられ、驚いて振り返ってみたら、同じクラスの男子だった。

「は、はい?」

「それ、いいね」

沙帆子が手にしているカンガルーのブックマークを指して言う。

「あ、うん」

「僕も、それ買おうかな」

「そ、そう?」

「榎原さん」

また呼びかけられ、そちらに振り向いたら広澤だった。

「飯沢さんと江藤さんが探してるよ」

その言葉に驚き、沙帆子はふたりを探してキョロキョロと店内を見回した。
だが、ふたりの姿はどこにもない。

「あれっ? ふたりはどこに? この店で一緒にショッピングしてたんだけど……」

「ふたりして君を探してたよ」

そう言った広澤は、視線を遠くに飛ばし手を上げる。

「ここにいたよ」

広澤が声を掛けた方を見ると、確かにふたりがいて、すぐに人混みを分けつつこちらへとやってきた。森沢も一緒だ。

「もおっ、沙帆子が迷子になったと思って焦ったわよ」

「ご、ごめん」

迷子になったつもりはなかったのだが……

「それじゃ、レジに行ってくるけど……あの、付き合ってくれる?」

支払いが不安で、千里と詩織に頼み込む。

ふたりが頷いてくれ、そのままレジに向かおうとして、広澤のことを思い出した。

そうだった。広澤君にお礼言わなきゃ。

「あ、あの。広澤君、ありがとう」

「どういたしまして」

紳士的な笑みをもらい、沙帆子は照れて笑い返した。

そしてレジに行き、他のお土産と一緒に佐原へのお土産も購入したのだった。


――――――

懐かしい思い出を辿っていた沙帆子は、くるりとうしろに振り返った。

あのお土産……どこにいっちゃったんだろうなぁ?

実は前にも、佐原先生にいまなら渡せると思って探してみたんだけど、見つからなかったんだよね。

どうせもらってもらえないと思っていたせいか……仕舞い場所が記憶に残っていないのだ。

腕を組み、沙帆子は必死に思い出そうと試みたが、やはり思い出せそうもない。

うーん。
どこにしまったっけ?

自分の机に歩み寄り、椅子に座ったら、仕事に集中していた啓史が顔を上げ、沙帆子に向いてきた。

「退屈か?」

「いえ、そんなことないですよ」

「そうか。相手してやれなくてすまないな。あと二時間くらいやったら、テレビゲームでもやるか?」

「気を使わなくてもいいですよ。仕事を優先してください」

「いや、俺が気分転換したい」

「それなら……はい」

一緒にゲームができるとなって、俄然テンションが上がる。

啓史は仕事に戻り、沙帆子はお土産を探してみることにした。

アパートから引っ越すとき、沙帆子の荷物は三か所に分かれた。

いま両親の住む家、そして橘家にも運び込まれている。

けど……校長先生の家ではないと思うんだよね。あそこにあるのはぬいぐるみと家具くらいで……

両親の家にも運ばれてないと思うんだけどなぁ。

となると、この勉強机の周辺か、寝室だよね。

そう考えて、勉強机を探してみる。引き出しを全部攫ったが、やはり見つからない。

うーん、駄目かぁ。

捨てるようなことはしてないんだから、絶対どこかにあるんだよね。

「お前、何を探してるんだ?」

ごそごそやっていたら、啓史が気にして問いかけてきた。

「そ、それが……その……」

「うん?」

「ちょっと探し物を……」

「何がないんだ? ないと困るのか?」

「困る……わけではないんですけど……」

「なんなら一緒に探してやるぞ」

「いえ。先生は仕事を優先してください。わたし、寝室にあるかもしれないので、そっち探してきます」

立ち上がって部屋から出ようとしたら、腕を掴まれた。

「ブツはなんだ?」

「ブツ?」

「気になるから、差し支えなければ教えてくれ」

差し支えなければとおっしゃるものの、啓史は聞く気満々という表情だ。

「それが……」

どうしよう?
けど、お土産のこと……別に先生に言っちゃっても構わないか?

「修学旅行で買ったお土産なんです」

「うん? 修学旅行の土産?」

佐原は怪訝そうに口にする。

沙帆子は頬を染めてこくりと頷いた。

「先生、お土産買ってきても受け取らないから買ってくるなって言ったけど……」

そこまで言ったら、啓史がハッとして目を見張る。

「お前、俺に、買ったのか?」

啓史は確認を取るように言う。

恥かしくなり、沙帆子は黙って頷いた。

「どこにあるんだ?」

「で、ですから……わからなくなちゃったんです。前にも探してみたんですけど、見つけられなくて」

「はあ? なんで忘れる?」

「な、なんでと言われても……どうせ渡せないと思ってたから……仕舞いこんだ場所を思い出せないんです」

責めるような目を向ける啓史に、タジタジになる。

「俺も一緒に探してやる」

「えっ? でも、仕事は?」

「気になって仕事どころじゃない」

「気にするほどのものでは……」

「ないってのか?」

鋭い目つきでずいっと顔を近づけられ、ぎょっとする。

「……な、ないような……気が……」

ぼそぼそと答えたが、啓史はもう聞いてはいなかった。

それから、ふたりして探したのだが、結局見つけ出せなかった。

「先生、時間を無駄にさせてしまって、すみません」

申し訳なく思い謝ったら、啓史は「そんなことはない」と言う。

「いつか見つかればいい。見つからなくても、それはそれでいいしな」

「そうなんですか?」

ずいぶん一生懸命探してくれていたのに……

「ああ。もう、充分な事実がある」

「充分な事実? なんですか、それ?」

「さあな」

そっけなく言ったものの、啓史はそのあと沙帆子に向いてにやっと笑う。

「先生?」

「ありがとな」

お礼を言われ、面食らってしまう。

「なんで先生がお礼を言うんですか? 探すの手伝ってもらって、お礼を言うのはわたしのほう……ん」

突然唇が重なり、沙帆子は驚いて目をぱちくりさせ、慌ててぎゅっと瞼を閉じた。

キスをもらい、それからやさしく抱き締められる。

そして雨の休日は、しっとりと甘く過ぎていったのでした。





プチあとがき

ルルさんのキリリクにお応えして、ナチュラルキス修学旅行編を書いてみました。
学校行事をテーマにしたものってことでしたが、まあ修学旅行が絡むのでいいかなと。
過去話を今と繋いでみました。
お土産はいまだ見つからずですが、啓史はその事実だけで充分なようです。
沙帆子はピンときていないようですが。笑

少しでもお楽しみいただけたなら嬉しいです。
読んでくださってありがとう♪

fuu(2017/1/16)
  
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