ナチュラルキス ハートフル
natural kiss heartful


2500000キリリク話 わんこ様
《ぷちハネムーン編》
(2017/1/22)



1 すでに必殺技



「あと二日で、なっつぅ休みぃ~」

昼休み、いつもの自販機で買ったジュースを手に、詩織は歌うように口にしつつ、その場でくるくる回り始めた。

浮かれている詩織を見て、千里はいつもの如く呆れ顔になる。

「詩織、そんなにはしゃがないの。最高学年なんだから、少しは落ち着きなさい」

叱られたのに、詩織はにやけ顔だ。

「千里だって浮かれたいくせにぃ」

「だって浮かれてられないでしょう? わたしらは受験生なのよ。今年の夏は勉強主体!」

せっかく楽しそうにしていたのに、千里から現実を突き付けられ、詩織はしゅんとなる。

「もちろん勉強もするつもりだよ」

詩織がごにょごにょ言うと、千里はぐっと距離を詰め、詩織に顔を近づけた。

「つもり?」

千里の鋭い視線を浴び、詩織はタジタジだ。そして、「しっ、しますっ!」と慌てて言い直す。

「よろしい」

教師然として頷いた千里は、そこで笑い出した。
そして詩織の頭を撫でる。

「頑張ってよ、詩織。なんとしても三人一緒の大学に行くわよ!」

コーヒーの缶を振り上げ、千里は叫ぶ。

「う、うん。わたし頑張るよ!」

詩織は両手をぐっと握り締めて誓った。

一緒の大学か。そうなったらいいなぁ。

よく冷えたりんごジュースを飲みつつ、沙帆子は大学生になった自分を想像してみようとするが無理だった。
どうにも実感が湧かないのだ。

けど、自分が受験生なのは強烈に実感してるんだよね。
もちろん受験勉強も始めてる。

塾には通わないけど、家庭教師以上にスパルタな佐原先生に勉強を見てもらっているから、頑張るしかないのだ。

もちろんありがたいんだけど……

それにしても先生、自分の仕事も忙しいようなのに、いつの間にやら問題集を作ってくれてるんだよね。

佐原先生に無理をさせているんじゃないかと心配になるんだけど、そんなこともないみたいで……

要領のよさなのか、能力の高さなのか……

たぶん、その両方なんだろうな。

なんにしてもありがたい。佐原先生には感謝感謝だ。

それに、いまや千里や詩織にとっても、啓史は家庭教師のようなものだ。

啓史の作った問題集をふたりとも使わせてもらっていて、とても能率が上がると喜んでいる。

「とはいえ……勉強ありきだけど、高校最後の夏休みなんだから、思う存分遊ばなきゃね」

「えっ、遊べるの?」

千里の言葉に詩織は大喜びし、沙帆子も同じように喜んだのだが……

「勉強七割、遊び三割ね」

「さ、三割?」

詩織は物足りなさそうだ。けど、受験生ならば、そんなものだろう。

夏休み、佐原先生、少しくらいなら遊びに連れてってくれるかなぁ?

「ところでさ、今日の放課後、映画観に行かない?」

「映画?」

「うん。割引券が手に入ったの。いま話題の映画、沙帆子もこの間見たいって言ってたし」

「うん。観に行きたい」

沙帆子は胸を弾ませて答えた。だって、三人で映画なんてすっごくひさしぶりだ。

「ただ、あんたは啓ちゃんに連絡して了解取らないとね」

「うん。けど、大丈夫だと思う」

沙帆子はすぐに携帯を取り出し、啓史にメールを打った。

自販機の場所からなら、啓史のいる物理準備室は目と鼻の先。会いに行けるものなら行きたいけど、自粛している。

メールを送信して、返信を待ちつつリンゴジュースを味わっていたら、ひょっこり啓史が現われた。彼は携帯を手にしている。

沙帆子と詩織はびっくりしたが、千里は平然としている。

「なんだ、お前たちここにいたのか?」

啓史の方も驚いたようだ。

ありがたいことに辺りに他の生徒の姿は見当たらない。いまなら普通に会話できる。

「お前からのメールが届いて、返事打ってたんだが……映画行くのか?」

「はい。千里が、割引券があるんだそうです。いいですか?」

「ああ、行ってこい」

返事をしつつ、啓史は携帯をポケットに戻した。そして今度は、財布を取り出し、コインを自販機に入れる。

その仕草を、沙帆子はついぼおっとなって見つめてしまう。

それから啓史を交えておしゃべりしていたのだが、他の生徒たちがやってきてしまった。

啓史はすぐに行ってしまい、沙帆子たちも教室に戻ることにした

ほんの少しでも、偶然会えて嬉しい。
沙帆子はついにまにましてしまい、詩織にからかわれることになったのだった。





「うへーっ、暑いなぁ」

校舎を出て校門へと向かいながら詩織が口にする。

沙帆子は目を細めて、まばゆい太陽を見上げた。

もうそろそろ四時になるのだが、太陽の勢いはまだまだ衰えそうにない。

けど、映画楽しみだな。

いずれは佐原先生とも、映画を観に行けるようになるかな?
その時は、初めてのデート気分で先生と映画を観られたりして。

先生と映画館デートかぁ。
ふふっ、想像するだけでほっぺたが弛んじゃうな。

佐原先生、どんな映画なら一緒に観に行ってくれるのかなぁ?

そんなことを沙帆子が考えている間にも、詩織は暑い暑いと言い続けていて、千里は聞くに堪えなくなったのか、詩織に意見し始めた。

「暑い暑いって言わないの。口にするたびに暑く感じるものよ」

千里は釘を刺すように詩織に言う。

それに対して、詩織は唇を突き出し、ぷーっと頬を膨らませた。

「だって、暑いんだもん」

「詩織、あんたは映画館に到着するまで口を閉じてなさい。あんたが暑いって言葉を重ねるたびに、こっちまで暑くなっちゃうんだもの」

詩織はその言葉に反論したそうにしたが、何かその目にいいものを捉えたようで、急に表情を変えて笑みを浮かべた。

「ねぇねぇ、まだ上映時間まで余裕あるしさ、あそこでかき氷食べようよ」

詩織の指さす方を見ると、かき氷の幟が風にそよそよと揺れている。

その幟を目にしただけで、妙に涼しくなった気がするから不思議なものだ。

「駄目よ。確かに少し余裕があるけど、さすがにかき氷を食べてる時間はないわよ。次の上映ってことになったら、遅くなりすぎるから……」

小言を食らっていた詩織は、急に右手を額に当てて姿勢を正し、「小言隊長、わかりました!」と叫んだ。

千里が「は?」と目を鋭くしたが、そのふたりの様子に、沙帆子は派手に噴き出してしまった。

「こ、小言隊長って」

ケラケラ笑っていたら、おでこに攻撃を食らった。

千里がデコピンしてきたのだ。その攻撃は詩織も襲う。

「いったーーっ」

ふたりして涙目になって叫ぶ。

千里のデコピンは、時を追うごとにレベルが上がっている気がする。

すでに必殺技と呼ぶにふさわしいかもしれない。

「わあっ、沙帆子のおでこ、真っ赤だよ」

詩織が指さしてくるが、そういう詩織のおでこも赤い。

「千里ってば。もうちょっと手加減してよぉ。千里は体験してないからこの痛みが分からないんだろうけど、けっこう痛いんだよ。ねぇ、沙帆子」

詩織に同意を求められ、沙帆子は笑いながら頷いた。

「なら、やらせてあげるわよ」

千里はおでこをふたりに向けてくる。

「おおっ、ほんとに?」

調子に乗った詩織は、やる気満々で千里にデコピンしたのだが……

ぷちっと鈍い音がしただけで、たいした威力ではなかった。

「ぜんぜん痛くないわね」

千里はおでこに触れて、物足りなそうに言う。

「慣れてないんだよっ!」

詩織は無念そうに叫ぶ。

「ぷぷっ」

沙帆子は堪らず噴き出し、そのあと三人して大笑いしたのだった。





つづく





プチあとがき

わんこさんのキリリクにお応えして、ナチュラルキスハネムーン編をお届けしました。

とは言っても、ハネムーンの話なんて出て来てませんが、これから出てきますので。笑

何話になるかわかりませんが、まだ続きます。

読んでくださってありがとうございました。
お次もお楽しみに(#^.^#)

fuu(2017/1/22)
  
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