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1 一年前の思い出
果樹園の家の窓から、沙帆子は外を眺めていた。
今日は土曜日で学校は休みだが、あいにくの雨模様だ。
いまは梅雨時期だもんね。
まあ、どのみち今日は出かける予定もない。
佐原先生は仕事してるし。
沙帆子は音を立てないように振り返り、仕事机のところで仕事に没頭している啓史を見つめた。
こうして、頑張っていらっしゃるお姿を見ていられるだけで、充分しあわせだ。
できることならば、仕事に没頭中の先生の写メ撮りたいけど、携帯の写メは音が鳴っちゃうからなぁ……
仕事の邪魔をしてしまうし、凄く残念だけど、ここは自粛しないと。
そう思い、沙帆子はまた視線を窓の外に向けた。
そういえば、去年のこの時期って、わたし修学旅行に行ってたんだよね。
今頃二年生は、去年のわたしたちみたいに楽しんでいるんだろう。
沙帆子は目を閉じ、去年の自分を懐かしく思い出した。
あれは、修学旅行に行く前の週だったかな?
千里や詩織と買い物に行ったんだよね。
―――――― 一年前
「ねぇねぇ、ちょっとぉ、これよくない?」
棚に並んでいるポーチを取り上げ、テンションマックスの詩織が振り返って言う。
今日は日曜日で、三人して可愛いものがいっぱいの雑貨屋で買い物しているところだ。
別の商品を見ていた千里は、詩織の手にしているポーチをちらりと見て「いいんじゃないの」とあっさりと同意した。
そして、すぐに商品の方に目を戻す。
「お揃いで買おうよ」
詩織が提案してきた途端、千里は「却下」と言う。
「ええーっ、どうしてぇ。ねぇ、沙帆子、これいいよね? お揃い欲しいよね?」
詩織は、なんとか沙帆子を仲間に引き入れようと必死になる。
詩織の選んだポーチは可愛いし、沙帆子もいいなと思う。
けど、このリボンのついたデザインが、千里の好みじゃないのは明らかなこと。
なので、
「お揃いで買うのなら、三人の好みにあったやつにしようよ」と、詩織に提案してみた。
「千里ぉ、これじゃダメなの?」
詩織は諦めきれない様子で口にする。
「詩織はそれを買えばいいじゃない。なにもお揃いにする必要はないわよ」
「そ、そんなぁ~。だって、お揃いが欲しいんだよぉ。修学旅行に持って行くものなんだしさぁ」
詩織はずいぶんとしょぼくれた顔で肩を落とす。
実はもうすぐ修学旅行なのだ。行き先はオーストラリア。
沙帆子にとっては初めての海外旅行で、もちろん凄く楽しみなんだけど、海外に行くことを思うとドッキドキだったりする。
二年生全員で行くわけだし、千里や詩織とも一緒。
終始、みんなにくっついていれば大丈夫だろうけど……それでも、ドキドキするなぁ。
残念なのは、副担任の佐原先生が一緒に行かないってこと。
佐原先生は新任だから、留守番になるのだそうだ。
そう聞いてガッカリしたんだけど……もし一緒に行ったとしたら、わたし、佐原先生のことばかりが気になって、修学旅行を楽しむどころではなくなってたかもしれないなぁ。
そう考えると、結果的にはよかったのかも。
「詩織、これなら手を打つけど、どう?」
考え事をしていたら、千里がポーチを詩織に見せて尋ねる。
シンプルな感じだけど、悪くないな。
そう思いつつ、沙帆子も同じものを手に取ってみた。
素材がよさそうだし、使い勝手もよさそうだ。
「いいね」
沙帆子はすぐに賛成したが、詩織はちょっと渋る様子を見せる。
リボンのポーチが諦めきれないようだ。
「よし、わかったよ。それにする」
「詩織、無理にお揃いでなくてもいいのよ?」
「ううん、これでいいよ。お揃いがいいんだもん。それにこれも悪くないしね」
詩織は手にしていたリボンのポーチを戻し、千里が選んだポーチを手に取った。
「使いやすそうだね。たっぷり入りそうだし。これにしよう」
明るい口調からすると、詩織は無理をしているようでもない。
どうやら、お揃いで買えることの方が嬉しいらしく、リボンのポーチへの未練は断ち切れたようだった。
その翌週、修学旅行まであと二日と迫った日。
化学の授業が終わったところで、佐原が「修学旅行、楽しんで来いよ」とクラスの全員に言ってくれた。
すると天野が、「修学旅行のお土産、買ってきますからね」と言ったのだが、それをきっかけに、みんなお土産を買ってくると騒ぎ出した。
もちろん、佐原先生に貰ってもらえるのなら、沙帆子だって買ってきたい。
嬉しくて笑み零れていたら、「必要ないぞ」と佐原がきっぱり断ってきた。
さらに、「買ってきても受け取らないからな。制限のある小遣いなんだから、もっと有意義に使えよ」とおっしゃる。
みんなのために言ってくれてるのは分かるけど……
正直、佐原先生にお土産を渡すというチャンスが消えさってしまい、がっかりだ。
クラスメイトたちも揃って残念そうな顔をしてる。
すると佐原は、そんなみんなを見て苦笑し、「その代わり、写真は見せてもらうから、いっぱい撮ってこい」と言ってくれた。
その言葉でみんな納得したし、沙帆子も納得したのだけれど……
つづく
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