ナチュラルキス ハートフル
natural kiss heartful



7 実のある助言



朝食後の片付けを終え、沙帆子は片付けを手伝ってくれていた啓史を見上げた。

「それじゃ、先生。さっそく散歩に行きましょう」

「ああ。なら、着替えなきゃな」

沙帆子は、ホームウエアに着替えてるけど、啓史は珍しくパジャマのままだ。

パジャマ姿で朝食を食べる先生も、レアでいいけどね。むふっ。

ついつい興奮して小鼻を膨らませてしまう。

「それじゃ、わたしも着替えます」

「お前はそのままでいいだろ。散歩を終えてから着替えればいい」

「でも……ホームウエアで外に出るのは、ちょっと抵抗が」

そう言ったら、なぜか啓史は沙帆子を見つめて考え込む。

なんだろう? なんか意味ありげだけど……

「先生?」

「なら、さっさと終わらせるか」

終わらせるって……散歩のことを言ってるのかな?

「そんなに急いで散歩する必要はないんじゃ。まだ余裕がありますよ?」

「そのことじゃない。いいから、こい」

なぜか啓史は沙帆子の手首を掴み、二階へと引っ張って行く。

やってきたのは、クローゼットの前だ。

さっさと終わらせるって言ったのは、着替えのことだったのかな?

よくわかんないな。

戸惑っていたら、啓史はクローゼットを開け、取り出した服を沙帆子にぐいっと押し付けてきた。

「えっ、と。……これ、は?」

眉をひそめ、沙帆子は押し付けられた服を両手で捧げ持った。

「えっ? こ、これって?」

「そいつを着てくるように幸弘さんから命じられた。着てこなかったら、温泉に連れて行ってくれないそうだ」

「パパってばぁ」

父親に対して呆れ返り、沙帆子はド派手なパーカーを見る。

こいつは、その昔、沙帆子の両親が着ていたペアルックのうちのひとつで、一番派手なやつだ。

これだけは、ないなと思っていたっていうのに……パパったら、あえてこいつを着るように強制してくるとは。

佐原先生とペアルックなのは、正直嬉しいんだけど……

さすがのわたしも、こいつだけはご遠慮したいと思っていた代物なんだよね。

「これ、たぶん、パパもママも、あんまり袖を通してないと思うんですよね」

だって、どう見ても新品そのものだ。

「かもな」

「先生、着るんですか?」

「着るさ。売られた喧嘩に負けるのは嫌だからな」

「これって、喧嘩を売られたんですか?」

「ああ。幸弘さんは俺がいやいや着てくると思ってる。そして笑うつもりだ」

「笑うつもりだってことをわかってて、着ていくんですか?」

「俺がどれだけ平然としていられるかが鍵だな」

啓史は苦笑して言う。なんか意外、先生余裕そうだ。

「平然として見せられたら、先生の勝ちってことですか?」

なんかよくわからない勝負だなぁ。

「お前も平然としてるんだぞ。それで、わざとイチャイチャして幸弘さんを苛立たせてやるんだ」

啓史ときたら、その場面を想像しているのか、満足そうに微笑んでいる。

なんか、先生って大人だと思ってたけど、案外、子どもっぽいところもあるんだなぁ。

まあ、そんな喧嘩を売ってくるパパのほうが、だんぜん子どもっぽいけど……

「それじゃ、これに合う服を選びます。先生は、どんな服に合わせるんですか?」

「お前、選んでくれ。俺、お前が選んでいる間に、ちょっと仕事に手をつけてくる」

啓史は言いながら部屋を出て行った。

わたしが先生の服を選ぶの?

いつも、先生がさっさと決めちゃってるから、口を出す機会はなかったけど……

なんか、にやついちゃう。
先生の着る服を選べるなんて、妻なればこそだよぉ。

胸を弾ませた沙帆子は、さっそく啓史のクローゼットをあさり始めたのだが、パーカーのデザインがあまりに派手で、どの服を合わせても、取り合わせが悪い。

ああん、これもダメだぁ。やっぱりパーカーが浮いちゃう。

だいたいこの赤い地の色が明るすぎるんだよね。

それで、ポケットとかも凝り過ぎ。

いったいいくつの子を対象に作ったんだか。

でも、いつまでも悩んでられないし……どうしよう?

そのとき、浮かんだのは芙美子の顔だった。

そうだ!
ママに相談してみよう。

ママって、センスがあるから、きっと実のある助言をもらえる。

さっそく携帯をと思ったところで思い出した。

そうでした。わたしの携帯はベットの間に挟みこんだままだっけ。

沙帆子は慌てて携帯を救いに行き、芙美子に電話をかけた。

「沙帆子ぉ」

「ママ」

「ふふっ、やっぱりね」

「やっぱりって?」

「かけてくるんじゃないかと思ってたわよ」

「ええっ?」

「あんたたち、パーカーのことで、困らされてるんでしょう?」

ママ、全部知ってるんだ。これは話が早くていい。

「実はそうなの」

「あのパーカーは、わたしも悩まされたのよ」

「なら、どうして買ったの?」

「わたしは買わないわよ。買ったのは中野のお父さん」

「えっ、正吉おじいちゃんなの?」

「幸弘さんへの嫌がらせよ。けど、幸弘さんも負けてないから、ペアルックで何度か実家に着てったわよ」

ほほお~っ、そんなことがあったのか。

「そうだったんだ」

それって、まるきり、いまと同じじゃないか。

パパ、自分がやられた嫌がらせ、先生にしてるってことなんだな。

まったくもおっ。

「それより、そのパーカーだけど。合わせ方しだいで、かなり着こなせるわよ」

「えっ、ほんとに。ねぇ、どんな風に着こなせばいいの?」

「そうねぇ。あんたの場合は……」

その後、うなってしまうような実のある助言をしてもらえ、沙帆子は最大級のお礼を言って、電話を切った。

母のその助言をもとに、まずは啓史の服を選ぶことにする。

おおーっ、いい、いい♪

そうかぁ。
こんな風にして、パーカーの派手さをカバーすればいいんだ。

パーカーの上に黒い上着を羽織るとか、思いつかなかったよ。

沙帆子は服を手に、仕事部屋に駆け込んでいった。

「先生、見て見て」

飛びつくようにやってきた沙帆子を見て、啓史はびっくりしたようだ。

「どうしたんだ?」

「これですよ。これ。どうですか?」

沙帆子は手にしている服を、コーディネートした形で、啓史の前に差し出した。

「うん? パーカーの上に、この上着を重ねたのか?」

「どうです? これなら普通に着れません?」

「悪くない。お前、凄いな」

褒められていい気分だったが、この手柄は自分のものではない。

「実は、ママに相談したんです」

「芙美子さんか?」

「はい。それが、ママから聞いたところによると、このパーカーって正吉おじいちゃんがパパを困らそうとして買ったらしいんですよ」

「そうだったのか? ……あ、ああ、つまり幸弘さんは……」

何か思いついたように啓史が言い、沙帆子は大きく頷いた。

「そうなんです。その時の腹いせを、いましてるんですよ」

憤慨気味に言ったら、弾けたように啓史は笑い出した。沙帆子は立腹しているというのに、啓史には笑いの種だったらしい。

「あー、笑った」

「先生ってば」

沙帆子もつられてくすくす笑ってしまう。

「さて、それじゃ、着替えるとしよう」

「はーい」

服を手に、啓史は仕事部屋を出る。沙帆子もそのあとをついていった。

それぞれ着替えを終え、変身後の互いを見る。

「うわーっ、先生、とっても素敵ですよ」

まるで雑誌のモデルを見ているようだ。
もうちょっと勇気があれば、飛びついて思い切りぎゅっと抱きしめたい。

「お前も可愛いぞ」

かっ、可愛い? ……初めて言われたかも。

「あ、ありがとうございます」

照れて真っ赤になってお礼を言ったら、髪をくしゃっとやられた。

いつもと違う印象の先生だから、なおさらドキドキしちゃうよぉ。

「それじゃ、散歩に行くぞ。それで、そのまま幸弘さんたちのところに向かうとしよう」

「はいっ」

声を弾ませて返事をし、沙帆子は自分から啓史の手を握った。

啓史を引っ張るようにして階段を下りる。

楽しくてたまらなかった。





つづく



   
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