|
第13話なのにゃ
第13話 『狩人の悲劇』
翌朝、小さなコンコンという音が小屋に響いた。
そのかすかな音に目を開けたのは亜衣莉だった。
彼女はベッドから抜け出し、自分の隣のベッドで窮屈そうに寝ている聡の寝顔を見つめ、階段を降りていった。
コンコンという音は続いている。
ひとりで来たことに少し気後れしたものの、亜衣莉はドアを開けた。
「あら、葉奈さん」
「あの…ハナ雪姫は?」
葉奈は、右腕にカゴを下げ、左手の上に真っ赤なリンゴを載せている。
おいしそうだが、これがかの有名な毒リンゴというやつだろうか?
「あ、ご、ごめんなさい。まだみんな寝てて」
「そ、そうなんですか?」
葉奈はなぜか、ひどく気が急いているように見えた。
「もうそろそろいいかなと思ってきたんですけど」
「私たち、昨夜遅くまで盛り上がってしまって、寝るのが遅かったから」
「あ、いいんです。責めてるわけじゃなくて…あの、それで、ハナちゃんは?」
「やっぱり寝てます。それより、葉奈さんおひとりなんですか?」
「それが、兄はすっかりぐれちゃって、城から動かないし。先生は、ハナちゃんを送っていったまま、帰ってこなくて…」
どうやら、葉奈の落ち着かない様子は、翔が行方不明のためだったらしい。
「そうなんですか?狩人の家とかあって、そこにいらっしゃるのかしら?」
「そ、そうかもしれませんね」
葉奈は勢い込んでいい、亜衣莉の言葉を自分に言い聞かせているように見えた。
翔が戻ってこなかったのでは、ずいぶん気に病んで一晩を過ごしたことだろう。
「ハナちゃんや、みんなも起こしてきます」
「お願いします」
亜衣莉に起こされて、みなぞろぞろと階段を下りてきた。
それぞれ川に行き、顔を洗ってさっぱりしたところで、テーブルを囲って、全員顔を合わせた。
「さあて、まずは朝食よ。亜衣莉ちゃん、食事の用意してちょうだいにゃ」
まるで意地悪な継母のように、ハナは亜衣莉に命じた。
聡は、ハナの傲慢な態度にむっとして一言言いそうだったが、亜衣莉にとめられて、断念した。
「ハナちゃん、それより、先生はどこなの?」
「先生?ああ、翔のことかにゃ?」
「そうよ。先生、戻ってこなかったの。ね、いまどこにいるの?」
「戻ってるにゃ」
「はい?」
「元の世界に戻したにゃ。もう出番もないし、気を揉ませておくにゃ」
「え。そうなんですか?」
葉奈が、淋しそうにうなだれた。
それを見たハナ、いくぶん気がとがめたらしい。
「翔が生意気すぎるんだにゃ」
「ハナ、そんなこと言わずに、翔をこっちに戻してやったらどうだ?あいつはお前の恩人なんだし」
ハナは、むっとしたものの、心が動かされたようだった。
亜衣莉の横に、唐突に翔が現れた。
「えっ?」
翔は驚きを浮かべ、さっと自分の周囲を見回して確認した。
そして自分の横にいる葉奈を見ると、なんの前置きなく彼女を抱きしめた。
「葉奈。一晩中探したぞ。君がどこにもいなくて…」
たしかに、翔の下まぶたにはクマが出来ていた。
全員が翔の身に降りかかったらしい不幸を思って心を痛めた。
昨夜、宴会で騒いだ連中は、特に後ろめたさに襲われた。
「先生、良かった」
いつもなら、みなの前で抱きしめられて恥ずかしがる葉奈も、不安な一晩を過ごしたせいで、自分から翔を抱きしめている。
「翔、これに懲りて、これからは後先考えない行動は慎むにゃ」
ハナ、いまさら翔に対してやりすぎたと思ったようで、口にした言葉も、かなり歯切れが悪かった。
だが翔には、十分むっとくるものだったらしい。
葉奈を固く抱きしめていた翔の肩が、ピクリと揺れ、彼は葉奈を抱きしめたまま、首をハナに向けた。
ハナと翔の間で火花が散った。
「よーく、わかったよ」
凄みのある声で翔が言った。ハナは、震え上がったようにみえた。
「ふん。わ、わかればいいにゃ」
負け惜しみのようにハナが言い、ふたりの間にジェイが割り込んだ。
「はいはい。もうこれで和解だ。さあ、みんなで朝食の準備といこうよ」
ジェイの爽やかな声で事態は好転し、全員それぞれに朝食の準備を始めた。
|
|