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第14話なのにゃ
第14話 『老婆の仮面』
「で?これからどうなるんだ?」
背筋を伸ばして、食後のコーヒーを飲みながら聡が言った。
彼の手は、無意識に隣に座っている亜衣莉の髪に触れている。
その見ていられない行為に、顔を歪めているのは玲香くらいだ。
後のペアもそれぞれ同じようなものだ。
さすがに綾乃と吉永は、単に話をしているだけだった。
それでも周りの風景などあまり見えていないという点では、同じようなものだ。
正直言って、小人役の全員、ここがハナの創造物であるお芝居の世界だったことなんて、すっかり忘れていた。
小人の服も身にすっかり馴染んで違和感を感じなくなっていたし、昨夜の宴会騒ぎのときは、別荘にでも来た気分でいたのだ。
満腹になったハナは、お気に入りになった椅子でくつろぎきっている。
ジェイが作ってくれた、らぶりぃベッドも、充分満足できるものだった。
ジェイは将来いい家具職人になれるわだなんて、見当違いなことを考えて悦に入っているハナだった。
「まあにゃ、ほんとの白雪姫は、いろいろあるわけだけど、そこらは大雑把に端折っていいにゃ。次は毒リンゴの場面にゃね」
というわけで、みなぞろぞろと動き、ネコ芝居はやっと再開されることとなった。
「葉奈、早くリンゴ売りの老婆に化けてちょうだい」
腰に手を当て、ふてぶてしい顔で、ハナが葉奈に指図した。
ハナの態度に翔はむかついているようだが、また元の世界に戻されてはたまらないと思ったのか、ぐっと我慢している。
葉奈は、ずっと腕に抱えていたカゴの中から、暗紫色の布と肌色をした何かを取り出した。
玲香が興味を引かれて、ちょこちょこと葉奈に近づいていった。
「葉奈さん、それなんなの?」
「この布を頭からかぶって…これを顔につけるんだと思います」
肌色のものは、お面だったようだ。
ぷにぷにした肌触りのお面を玲香は、手にとってしげしげと観察した。
「おもしろーい。でも、なんか肌に吸い付いてくるみたいで、気持ち悪いかな」
そんなことをいいながらも、玲香は、そのお面をひょいと持ち上げて顔につけた。
「あ」
ハナが鋭く叫んだ。
「な、なに?」
玲香がぎょっとしてハナに振り向いた。
「なんてことするにゃ。それ、一度つけたらもうとれないにゃ」
「えーっ」
驚きが過ぎた玲香は、後ろに思い切り仰け反った。
「ハ、ハナちゃん、取れないってどういうことなの?」
葉奈は驚きを込めて問いただした。
自分がつける予定の仮面だったのだから、当然だろう。
「一度つけたらそれまでってことにゃ」
「う、うそぉ」
玲香がへなへなと床にくず折れた。
「お前、そんなもの葉奈につけさせようとしたのか?なんてやつだ」
「お兄ちゃん!!私の心配もしてよっ!」
これまでさんざんひとりきりの淋しさを味わっていた玲香、兄にぶち切れた。
「玲香、もちろんお前の心配もしてるに決まってるだろ」
「鏡持ってきてよ。いったいどういうことになったの?」
みんなが黙り込み、辺りがシーンと静まり返った。
緑色の小人の服を着た玲香の顔は、いまや醜い老婆の顔…
「お、おい。ハナ。どうにかなるんだよな?」
「もちろん大丈夫にゃ。向こうの世界に帰れば勝手に消えるはずだし、一生そのままなんてことにならにゃいから、騒がないにゃ」
それを聞いて、ほうぼうから大きな安堵の声があがった。
「でも、この世界にいる限り、丸一日はそれにゃ」
「ま、丸一日ぃ。う、うそっ」
綾乃と葉奈は急いで、玲香の側に行って彼女に寄り添った。
葉奈の気持ちは複雑だ。本来ならば、彼女がこの犠牲者だったのだ。
「それじゃ、リンゴ売りの老婆は?玲香に交代ってことだな。葉奈さんは、小人に」
聡のてきぱきした言葉に、ハナも頷いた。
「そうなるにゃ」
「ハナちゃん!」
玲香がダンと足を踏み出して、ハナにすごんだ。
醜い老婆の顔のせいで、凄みは邪悪なものに見える。
玲香は気づかなかったが、少し離れた場所から見ていた美紅が、ビビリ過ぎて卒倒しそうになり、ジェイは慌てて気絶しそうな美紅を抱きしめた。
「に、にゃんにゃ?」
邪悪な顔に、さすがのハナも恐れた震えを見せた。
「この落とし前、後でつけさせてもらうわよ。いいわね、ハナ」
「れ、玲香にゃん、これはお遊びにゃ、そんにゃにマジににゃるにゃんて、玲香にゃんらしくにゃいのにゃ」
その動揺ぶりが、訛りのひどさに現れているようだ。
「さあ、とにかく始めよう。カメラは俺が回すから」
翔の言葉に、なんとかお芝居は始まった。
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