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第15話なのにゃ
第15話 『小人の演技力』
黒紫色の布を頭からすっぽりかぶった玲香のリンゴ売りの老婆が、おどろおどろしい雰囲気のある動きで、小人の小屋に近づいてゆく。
老婆がゆっくり二度ドアをノックすると、おずおずとドアが開き、ハナ雪姫が姿を見せた。
玲香が小さいせいで、ハナ雪姫の小ささもそれほど気にならない。
みんな口には出さなかったが、老婆役が交代することになってよかったのじゃないかと思ったようだった。
「あの、なんですの?いま誰もいなくて…」
しおらしい声でハナ雪姫が言った。
さすがにお芝居ともなると、ネコ語の訛りも消している。
「おいしいリンゴがあるんです。おひとついかがでしょうか?」
猫なで声で玲香が言った。
声にこめられた卑屈さが、なんとも言えずこの場面にぴったりで素晴らしかった。
「まあ、おいしそう」
「そうでしょうとも。さあ、可愛いお嬢さん、ひとつ味見をしてみてくださいな」
玲香の演技はお世辞抜きでうまかった。
みんな、玲香の演技をほれぼれと眺めている。
「玲香、お前凄い演技力だな。女優でやってけるんじゃないのか?」
おおっぴらにひとを褒めない翔が、感心したように言った。
「確かに、久野の叔父さんに、お前を売り込んでやろうか」
本気か冗談か分からない、まじめな口調で聡が付け足した。
玲香が、くるりと聡に向いた。
「せっかく役になりきってるのに、聡兄さん、黙っててちょうだい」
「ああ、すまん」
妹のただなぬら迫力で叱責され、聡は顔を引きつらせ口を閉じた。
聡は亜衣莉に腕を撫でられて慰められ、男のプライドの軋みに、顔を赤らめた。
ハナ雪姫がリンゴを両手に抱えた。
リンゴはハナの頭ほどもある。足元をよろつかせながらリンゴを支えていたハナは、なんとかひとかじりし、その場にパタンと倒れた。
翔は倒れたハナのアップを撮り、カメラを降ろして振り返った。
「それじゃ、次、小人、並んで」
小人の七人が集合して並んだ。
「オッケー、それじゃ小屋に向かって歩いて」
翔の仕切りで演技が続いた。
小人は小屋に辿り着き、倒れているハナ雪姫に気づいて、おのおの悲鳴やら叫びやらあげ、ハナ雪姫に取りすがった。
やる気などさらさらない連中だったわりには、なかなかいい出来だった。
「どうしよう。どうしたらいいんだ」
まったく演技力のない綾乃は、台詞を棒読みした。
「いったいハナ雪姫様に、何が起こったんだ?」
台本を右手に持った美紅が、少し遅れて自分の台詞を言った。
「美紅、うまいな」
ジェイは、自分の台詞を言わずに、美紅の演技を褒めた。
「え。ほんと?」
「ジェイ。台詞」聡が促した。
「あ、そうだった。ごめん。えっと…」
ジェイは、美紅の持っている台本を覗き込んだ。
「ここだな。ハナ雪姫、起きてください」
ジェイはそういいながら、ハナの身体を少し揺すった。
「目を開けてください」
低い小さな声が言った。聡だった。
この場から消えたいとでも思ってるくらい、恥ずかしそうだ。
「白雪姫が死んじゃったよぉ」
「演技は最高だけど、白雪姫じゃなくて、ハナ雪姫なんだけどな」
相手が兄の婚約者の亜衣莉だっただめ、カメラで撮りながら、翔は、いくぶん遠慮がちに訂正した。
「あ、す、すみません。どうしよう」
「亜衣莉、気にすることはない。君の演技は完璧だった」
「まあね、兄さんのがたいに似合わない小声の台詞より、ずっと良かったよ」
「翔、てめえ」
カメラを持ったまま翔はくすくす笑い出した。
聡に睨まれても、どうということはないらしい。
「えっと次は?」
「私です」
吉永が言った。すでに顔が赤い。
「ああ、吉永先生。それじゃ、お願いします」
「はい」
「先生頑張って」
綾乃の余計な応援の言葉のせいで、吉永はさらに赤くなった。
「もう僕たちには助けられないのか?」
吉永の演技はまずまずの出来だった。
「先生、上手でしたよ」
「あ、ああ」
綾乃に褒められたものの、吉永は、穴があったら入りたいようだった。
「それじゃ、最後に葉奈。落ち着いてな」
自分の彼女にだけやさしい翔の応援の言葉に、周りからブーイングがあがった。
「えっと。それじゃ…死んじゃったんだ。ハナ雪姫は死んじゃった」
ここで全員が、ハナ雪姫にすがりついて泣く場面だったが、あまり悲しい場面にはならなかった。
それでも翔はオッケーを出した。
この小人連中に、そこまで求めるのは、酷だと思ったのかもしれない。
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