100万ヒット記念 御礼 企画
白雪姫バージョン ハナ雪姫物語 (主演女優 ハナ)


 第9話なのにゃ




亜衣莉と聡が小人用の小屋に戻ってゆくそのころ、城はいったいどんなことに…?


てなことで、場面は城に戻る。



第9話 『ゲージの中の罪人』



「おい、なんか静かになったな」

ひどく潜めた声で、貴弘が言った。
貴弘と顔を突き合わせてしゃがみこんでいる翔と葉奈は、無言でこくりと首を縦に振った。

「どうなったんでしょう?」

葉奈が不安げに言った。

「ああ。どうなったんだろうな?」

翔が相槌を打った。

先ほどまでの、身の毛がよだつような、怖ろしげなネコとも思えない叫びは、10分ほども続いていたのだが…いまはシンと静まり返っている。



完全に凍結しているように思えたハナ、突然動き出したと思ったら、とんでもないスピードで部屋の中をぐるぐる駆け回り始めたのだった。

「ギャゥニャー、ギャギャギャニャー」

という、これまで耳にしたことのない泣き声とともに…だ。

駆け回るハナは、一匹のはずなのに、その尋常でない速度のために、数匹いるようにみえた。

ハナは目の前で邪魔をするもの、カーテンだろうが椅子だろうがすべてに噛み付き、狩人の翔のマントを食いちぎったあげく、葉奈のドレスの裾まで引き裂いた。

なんとかハナを捕まえようという試みはあっさりと断念し、3人はこのクローゼットらしき場所に逃げ込んだのだ。

「なあ、俺達、何か忘れてないか?」と翔が言った。

「ええ」

葉奈が同意するように頷いた。

「わたしも、何かを忘れているような気がしてるんですけど…」

「そうかぁ?でも、思い出さないってことは、たいしたことじゃないってことなんだろ」

あまり興味もなさそうに言う貴弘。

「確かに、そうだな」

あっさりと結論を出した翔。すぐに話しを切り替えた。

「ところで…そろそろ表に出てみないか?」

「なぁ、翔、ハナはどうなってると思う?」

クローゼットのドアに耳を当て、外の音に聞き耳を立てながら貴弘が言った。

おかしなほど、何も聞こえてこない。それが逆に不気味だった。

「静かになったし…たぶん、ハナはねずみを捕らえたんじゃないかと思うんだ」

「でも、ねずみなんて、なんでこの城に…?」と不思議そうに葉奈。

「さあ?」

「俺、そんなもん見てないし、ほんとにいたのかな?」

疑わしげに言う貴弘、出来ることなら、この現実そのものを否定したいようだ。

「いたんだろうと思うよ。そうでなけりゃ、ハナがあんな風になったりしない」

ひそひそ談義を終え、3人はそれぞれに用心しいしい、狭いクローゼットの中から外に這い出た。

「どうだ?」

最後尾になった貴弘、一番最初に出た翔に向けて不安そうに尋ねた。

「静かだ。…けど…」

語尾を濁した翔のせいで、恐怖の震えに襲われて、貴弘、ごくりと唾を飲み込む。

外に顔を出した葉奈が、はっと息を呑む声も聞こえて、貴弘の不安を膨らませる。

「お前ら、はっきり言えよ」

クローゼットから出た貴弘、そう怒鳴ったものの、外の現状に目を見張った。

「お、おい。こ、これいったい?」

外は信じられないくらい無残な有様だった。
何もかもが瓦礫と化している。外壁すらも粉々に崩れているところがあった。

「こ、これ、ハナがやったのかよ?」

「たぶんな。他にいないし」

「けど、ネコごときに、これだけの破壊活動ができるもんなのか?」

興奮して地団太を踏み、叫び始めた貴弘の肩に、翔がなだめるように手を置いた。

「貴弘、落ち着けって」

「だって、そこらにすっと現れたらどうすんだよ。こんだけのことやっちまった化けネコなんだぞ、俺らなんて、ひと捻りかも知れないぞ」

興奮した兄が唾を飛ばしながら怖れを吐き出している間、妹の葉奈は、怖れを感じつつも冷静にあたりを見回していた。

その葉奈、しゃがみこみ、床に転がっている破片を拾ってしげしげと眺めている。

「あの。これって」

「うん?」

葉奈が差し出している欠片を受け取った翔、眉を潜めると匂いを嗅いだ。

「これ、ビスケットだな」

「はぁ?翔、お前何言って…」

貴弘、しゃがんで別の破片を広い、翔と同じように匂いを嗅ぎ目を丸くする。

「クッキーだ」

指に付いたクズを舌先に乗せて味わった貴弘、その事実に呆気に取られて叫んだ。

「それも…こいつはチョコ味だ」

「なんか、ハナがトチ狂ったせいで、おかしなことになったみたいだな」

「ハナちゃんを捜した方が良くないですか?」

「そうだな」

翔、葉奈の意見にすぐに頷いた。

「お、おい。大丈夫なのかよ?」

貴弘、すぐに行動を起こして、捜しに行こうとしている翔と葉奈のふたりを慌てて止めた。

「捜してみなけりゃ分からないな。貴弘、お前右に行け。俺と葉奈は左を回ってくる」

「なんで、お前らはふたりで、俺は一人なんだよ。危険に遭遇したらどうしてくれるんだ?」

「おいおい、貴弘、お前案外と臆病だな。相手はたかがネコだぞ」

「臆病呼ばわりされる筋合いはないね。あのネコはただもんじゃないぞ。この惨状は、あの化けネコのせいなんだぞ、わかってんのか」

「でも兄さん、これみんなお菓子なんだし。破壊されたこの状況って、つまり全部作り物ってことなんじゃないかしら?それにハナちゃんは可愛いわ、化けネコなんかじゃないもの」

妹から、遠慮がちに言い聞かせられて、貴弘むっとした。

「作り物なのは分かってるさ。俺はな、あのハナのとんでもない能力のことを言ってるんだ。こんなこと、この短時間に出来る奴なんだぞ?わかってんのか?あ、あれっ…」

手を振り上げながら大演説をかまし、ふたりに目を戻した貴弘、目の前にいたはずの翔と葉奈の姿がないことに、びっくりこいた。

彼の知らない間に、歩いて行ったとかではない。消えたのだ。それは間違いなかった。

「お、おーい、ふたりともぉ」

突然、ひとりぼっちになった貴弘、心細さに涙目になる。

実際はお菓子風味の、見た目は無残な瓦礫の中、貴弘の震える声が頼りなげに辺りに響き渡った。





翔は、一瞬にして変わった周囲の風景に、もちろん驚いた。
城の入り口、ただ広いホールだ。

「これは…」

「戻って来れたみたいですね」

「ああ。ハナのやつ、どこにいるんだろう?」

「あ、あらっ?」

「どうした、葉奈?」

「兄さんがいないんです。き、消えちゃいました。ど、どうしよう」

「大丈夫だろ。たぶんハナは普通に戻ってるはずだし、貴弘は、いま撮影に必要な人材なんだ」

「あ」

葉奈が短い叫びを上げた。

「どうした?」

「忘れてました」

「何を」

「fuuさんです」

「あぁあ。そう言えばそうだった。…存在感薄いからな、あのひと」

「大丈夫だったんでしょうか?」

「さあなぁ、まあ、大丈夫だと思うよ。俺らが忘れてたことに、いまごろ恨みごと言ってるんじゃないか」

「先生、わたしたち…し、翔、これからどうするの?」

翔の睨みにすぐに気づいた葉奈、心の中でキャッと叫び、翔の呼び名を言い替えた。

「戻るしかないだろうな」

そう言うと、翔は葉奈の手を取り、彼女の肌を味わい、葉奈の頬がほんのり赤らむのを楽しみながら、螺旋の階段を上って行った。

鏡のある部屋に着くと、案の定、椅子の上にちょこんと座ったハナがいた。

「遅いにゃ」と、即座に飛んできた叱責。

「ハナ、お前大丈夫なのか?」

「なんのことにゃ?さっそく撮影を始めるのにゃ」

「でも、貴弘が…あ、いた」

目の前に貴弘が現れ、きょぼきょぼと挙動不審な動きをしている。

「えっ?えっ?えっ?」

「貴弘、早くカメラを持つにゃ」

「えっ?」

振り返ってハナを見た貴弘、ピョンと両足を上げてしまい、そのままドンと床に尻餅をついた。

「ぎ、ぎゃーーーー」

「に、兄さん」

葉奈、みっともなく腰を抜かした兄のところに駆け寄って身体を抱え起こした。

「お、お前ら、葉奈、生きてたのか。良かった良かった」

貴弘、目に腕を当て、男泣きに泣いている。

「ハナ、お前、貴弘だけ、どこに飛ばしたんだ?」

「そんなことはどうでもいいにゃ。大事なのは、撮影にゃ」

「お前が壊れて、めちゃくちゃにしたんだろ?」

「楽しかったのにゃ。ぽん吉との戦いは、今回のおまけみたいなものにゃ」

「ぽん…」と、葉奈。

「吉?」と、続ける翔。

「ハムスターにゃ。奴はいいライバルなのにゃ」

「あの、そのハムスターのぽん吉さんって、いったいどなたなんですか?」

「玲香が昔飼ってたらしいのにゃ。なんか知らにゃいけど、奴が言うには、ここにひょっこり現れちゃったらしいのにゃ」

「奴?」

「ぽん吉にゃ」

「そう言えば、イギリスに住んでたとき、そんなの飼ってたかな」

「イギリスで?でも、ならなんでハナちゃんは知ってるの?」

「葉奈、ひとの話はちゃんと理解して聞くにゃ。知ってるとは言ってないにゃ」

「だけど、ぽん吉は、もうこの世にいないんだぞ」

「し、死んじゃったんですか?どうして?」

「葉奈、ハムスターの寿命は二年くらいなんだ。もう何年の前のことなんだから、死んでて当たり前なんだよ」

「そ、そうなんですか?えっ?でも、ならなんでここに?」

葉奈は、ハナに問うように視線を向けた。

「だから、知らないのにゃ」

「それで、ぽん吉は、いったいどうなったんだ?」

「そこにいるにゃ」

ハナの示す方向に3人は視線を向けた。
ひどく薄暗かった場所が、カチンという音とともに明るくなった。

その場に、どでかいハムスター用のゲージがあった。

「fuu、な、なんで」と、驚きをこめた翔の声。

ゲージの中に半べそをかいたfuuがいて、ゲージの柵をぎゅっと掴み、こちらに救いを求めるような視線を向けている。

頭のてっぺんに、ちっちゃなハムスターがちょこんと乗っていたが、3人はそれには気づかなかった。

「ぶぁっはっはっは」

それまで正気に戻れず、おとなしく会話を聞いていただけの貴弘が、息を吹き返した如く吹き出し、派手に笑い出した。

「ひぇ〜ん」

憐れな声で叫ぶfuu。なんと、ハムスターの着ぐるみを着ているのだ。
いや、強制的に着せられたのだろうが…

口の端には、ハムスターらしい長いヒゲまで生やしていた。

リアルな着ぐるみのせいと、短い足を恥ずかしげに内股にしているせいで、滑稽さが強調され、笑いを催さないではいられない。

貴弘に続き、翔、葉奈までも堪えきれずに笑い出した。

「けど、いったいどうしてこんなことに?」

くっくっくっと笑い止められないでいる葉奈が問い掛けた。

「お仕置きにゃ」

ハナが思い知らせるように叫んだ。いたく満足そうだ。

「いったい何をしたんだ?fuu」

「こいつは、影に隠れてわたしの悪口を言ったのにゃ」

ひゅーっと翔が口笛を吹いた。

「いったいどんな悪口を言ったんだ? fuu」

ハナを窺いながら、同情的な目で貴弘が聞く。

fuuは、顔を俯けて黙り込んでしまっている。

足だけは、相変わらずもじもじと動かしているせいで、トイレを我慢しているでっかいハムスターにしか見えない。

「トップのハナと、実物のハナは、似ても似つかないと言ったのにゃ。こいつは、実物はあんにゃに、可愛くないって言ったのにゃ」

「そりゃあ…まあ。そんなことを、影で言うべきではないな、うん」

貴弘、もちろん、fuuの意見に全面的に賛成だったが、保身のために曖昧に言葉を流した。

先ほど、さんざん化けネコと言ってしまったことが、脳裏をよぎる。

(おい、そんなこと書くなよ。俺の身が危うくなるだろう)(貴弘…心の声)

「にゃ?貴弘、にゃんにゃ?」

にまっと不気味な笑顔つきで、ハナから視線を向けられた貴弘、ずざざざざっと後方の壁まで後退した。

次の瞬間、貴弘もまた、ハムスターに姿を変えていた。

「うわあっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

貴弘の無残な叫びは、いつまでも哀しげな尾を引いて、辺りに響き渡っていたのだった。








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