2006年 新年のご挨拶



『友情と恋の接線』編

(待ち合わせの場所で、一人佇む新城裕樹。
 時折、腕時計で時間を確かめ、鋭い視線を歩道の先に向けている)

(黒っぽいズボンにスリムなダークグレーのコートを着込んでいる新城。
 彼の、すらりとした立ち姿と整いすぎた顔立ちに、通り過ぎる若い女性たちの視線が釘付けになる)

橋田「やあ、お待たせ」

新城「橋田。遅いぞ」

(新城、橋田の後方に視線を向け、眉を潜める)

新城「…お前、ひとりか?」

橋田「ひとりだよ。誰と来るっていうのさ」

新城
「まだ仲直りしてなかったのか?」

橋田「何?」

新城「いや、なんでもない」

橋田「それで、新城の方は…鈴川さんはまだなのか?」

新城「ああ、彼女、時間に遅れたことないんだが…まだ来ないんだ」

(その表情に、かなりの不安が表れている)

新城「事故に遭った…とかじゃないよな。まさかな…」

(自分で言いながら、不吉な思いが強くなってきたらしい。
 新城のクールな顔が徐々に青ざめてゆく)

橋田「そんなことないだろ。女の子なんだから身支度に手間取ってるんだよ」

新城「…」

(橋田の言葉に、なぜか無言になる新城)

(橋田と真鍋、沙由琉と彼の四人で公園に行った以降、数回のデートに、
 沙由琉はずいぶんとおしゃれをして来た。
だがその後は、その気がなくなったのか、ぷっつりとおしゃれするのをやめてしまった)

(新城にすれば、いつもの黒っぽいTシャツにジーンズ姿の沙由琉の方が、
 あまりドキドキせずにすんでちょうどいい)

(女の子らしい格好などしてこられたりしたら、本来の彼でいられないのは彼自身納得ずみだし、
 そんな冷静でない自分を、ひとにさらすのは嫌だ)

(ふぃっと視線を上げた新城の目が、見知った女の子の姿を捕らえた。
こちらを伺っているその子は、建物の壁から顔を出したり引っ込めたりしていて、かなり目立っている)

(新城は隣にいる橋田に視線を向けた。
 どうやら橋田も彼女に気づいているらしい。が、知らないふりを決め込んでいるようだ)

新城「真鍋が…」

橋田「何?」

(橋田にぎっと睨まれ、不覚にも新城はビクンと肩を揺らしてしまった)

新城「橋田、大人気ないんじゃないか?彼女、仲直りしたいみたいだぞ」

橋田「両思いの君に、僕の何が分かるわけ?」

(子どものように口をへの字に曲げ、そっぽをむいた橋田に、新城は呆れたため息をついた)

新城「彼女を見ろよ。お前のことあんなに気にして…嫌われてないどころか、かなり好感もたれてるじゃないか。
    それ以上望みたいなら、まずは仲直りすることだと、僕は思うけど…」

橋田「…友達なんて…嫌なんだよ。僕は彼女のことそれくらい好きなんだ。
    ふたりの気持ちに大きなズレがあるのに、友達面して一緒にいるなんて無理だよ」

新城「そうかな?」

橋田「そうだよ」

新城「いや、そうじゃなくてさ。あっ、しまった」

橋田「何?」

新城「ここに来たわけを忘れてた」

橋田「あ…! だった」

ふたり顔を見合わせて、こちらに向く。

新城「どうも。新城裕樹です。新年の挨拶に来たのに、すっかりこちらの都合のおしゃべりばかりしてしまって…」

橋田「ほんとに、すみませんでした。新城、僕、真鍋さんを呼んでくるよ」

(律儀な性格の橋田。自分の気持ちはさておいて、希美を呼ぶために駆けて行こうとしたその時、
 彼の目の前にふたつの影が立ちふさがる)

コギャルA「あのおぅ、すみませ〜ん」

コギャルB「わたしたち、このあたり不案内でぇ」

コギャルA「ここに行きたいんだけどぉ」

(と、コギャルAがコギャルBの持っている雑誌の写真を指さす)

コギャルB「ここ、どう行けばいいのかぁ、道を教えてもらえませんかぁ」

(普段からよく遭遇する、ありきたりな女からの誘いの文句に、げんなりする新城)
(律儀な橋田。コギャルたちの思惑を読めず、指さされた写真のビルに視線を落とす)

橋田「ああ、それなら、すぐそこだよ」

(コギャルふたり、橋田の思惑通りの反応に得々とし、連れの新城までも巻き添えにするべく、
コギャル最高の笑みを浮べて連れの新城に振り向くも、彼の好意のひとかけらもない冷たい表情にびびる)

だめえぇぇぇーー

(特大の叫びが前方からあがり、コギャルぺア、橋田、新城がそちらに振り向く)
(必死の形相で駆けて来る希美)

コギャルA「なに、あれ?」

(勢いよく走りすぎたか、足元がもつれたか、何かにけつまずいたのか、希美、ぶざまに転ぶ)
(手にしていた紙袋を庇ったため、どうやら、顔面をしたたか打った模様)

コギャルB「あ、転んだ。プッ!」 コギャルA「やだー! みっともな〜い」

橋田
「彼女はみっともなくなんかない!」

(コギャルペアに怒りの声をぶつけ、希美に向けて走り出す橋田)

(橋田の助けを借りて、起き上がった希美、片手で鼻を覆っている。
 口元のあたりに赤い血が垂れているのが見える)

コギャルB「鼻血出してるわよ」

コギャルA「やだぁ、最低」

(希美をあざ笑うコギャルに、新城ブチ切れる)

新城
「消えろ」

コギャルペア「え?」

新城「
消えろと言ったんだ」

(新城はそれだけ言うと、橋田と希美のところへと足早に向かった)
(本心は、
ブスとでも付け加えたいところだった)

(橋田のものらしい鮮血で赤く染まったハンカチを鼻に当てた希美は、
 橋田に向け、「ごめんなさい」ばかり繰り返している)
(涙をいっぱいこぼしながら橋田に謝り続ける希美の姿に、新城の胸まできゅんと切なくなった。
 橋田はこれ以上、何を望むというのだろう)

(橋田と希美の様子を見守っていた新城は、自分に接近する形で停車した車にちらりと視線を向けた)
(すぐに助手席のドアが開き、中から濃紺の地に桜色の花をあしらった振袖を着た女性が表れた)

沙由琉「ごめんなさい。新城君、遅くなってしまって…」

新城「え…」

(度肝を抜かれて、腰が抜け、よろめく新城)

沙由琉「母様がどうしても振袖を着てゆけというものだから…。
     こんなに遅刻してしまって、本当にごめんなさい」

新城「あ、あ・ぁ・あ」

(金魚のように口をパクパクしているばかりの新城の動揺振りは、ハタからあからさまだが、
 遅刻した負い目を感じている沙由琉、それに気づかない)

沙由琉「希美には先に行ってって言ったんだけど…希美と、橋田君は?あら、いったいどうしたの?希美」

(歩道にうずくまっている希美と橋田に気づいた沙由琉、慌ててふたりに駆け寄ってゆく)

希美「沙由琉、わたし、もう死んじゃいたいよ。橋田君にこんなみっともないところ見せちゃって、もう生きてけないよー」

(現れた沙由琉の胸に顔をうずめ、大声で泣き出す希美)

(………着物のことには…ふれまい…)

橋田「真鍋さんは、み、みともなくなんかないよ。い、いつだってかわいい。…いまだって、か、かわいい」

(口のまわりを血で汚した希美は、おせじにもかわいいとは言えないと沙由琉と新城は思ったが、橋田は本気のようだ)

希美「ほ、ほんとに。なぐさめとかじゃなくて…」

(沙由琉の胸から顔をあげて、橋田にすがるような目を向ける希美)

(路上の端にほっておかれた子犬よりも憐れをさそう目だ。橋田がこくりと喉を鳴らした)

橋田「あ・あ、うん!」

(橋田の力強い頷きに、希美は沙由琉から離れ、橋田の手を取った)
(目も当てられないほど、ラブラブ光線を放ち、見詰め合うふたり)

新城「沙由琉。新年の挨拶のはずが…。このふたり、大団円を迎えたな」

沙由琉「ほんと、良かった…」

(沙由琉のめじりにぷくっと真珠のような涙が浮かび、
 新城の心は、張り裂けそうに、あまずっぱいもので膨らんでゆく)

(突然の、華やかすぎる沙由琉の登場に意表をつかれ、もう少しで無様に尻餅をつくところだった新城。
 希美と橋田のおかげで失態を演じずにすみ、その間に精神も建て直せたのだった)
(心のうちで、ふたりに大きく感謝する新城)

新城「君が泣くなよ」

(ひどくぶっきらぼうに新城が言った)
(彼のぶっきらぼうな言い方に、沙由琉は背筋を伸ばし、ぐっと涙を飲み込む)

沙由琉「泣いてなんかないわ」

(沙由琉は別の意味で泣きたくなった。新城は、彼女が着飾った姿を見ると、ひどく不機嫌になるのだ)

沙由琉
「だから、あれほどイヤだって言ったのに…」

新城「沙由琉?新年の挨拶しないと…沙由琉?なんだ、まだ泣いてるのか?」

(新城の呆れたような言葉に、ぶちぎれた沙由琉)

新城
「わっ!!」

(新城の鼻先で、拳を寸止め)

新城「何するんだ。危ないやつだな。あ、どこ行くんだ、沙由流…?挨拶は、どうするんだ?」

(新城の言葉を無視し、どんどん歩き去ってゆく沙由琉…)


≪す、すみません≫

『友情と恋の接線』のやつら、どいつもこいつも…

≪コ、コホン。彼らは挨拶どころではないようですので、代理人を立てたいと思います…えーと…キョロキョロキョロ≫


(先ほど、沙由琉を下ろした車の運転席、腹を抱えて大笑いしている人物がひとり)

≪ちょっと、ねぇ、ちょっと…≫

太一郎「えっ、なんだ?いま、腹の皮がよじれてて…」

≪あなた代わりに挨拶してってちょうだい≫

太一郎「ああ、挨拶ね。よし、わたしにまかせておけ」

≪車から降りて挨拶して…≫

太一郎「それは駄目だ。この道路端、停車はいいんだが、駐車は禁止なのでな」

≪……ならいいわ。車の運転席からでも…≫

太一郎「新年の挨拶の代理を承った鈴川太一郎だ。
     『友情と恋の接線』は、残念ながらあまり人気ではないようだな。まあ、それも現実」

(運転席に深く腰掛け、腕組みをした姿勢で、なぜか得心したような表情で物申す太一郎)

≪そんなことはいいから、早く挨拶してもらえない。
はやく次に…

太一郎「挨拶くらい自由にやらせてほしいもんだな」

すぎるくらい自由にしてるくせに…

太一郎
「なあんだって?」

ウギッ…≫ひと睨みされて、首が竦むfuu-

太一郎「お互い、新しい年を素晴らしいものにしよう。それでは、これにて失礼する」

(額のところで指をさっと振り、剛健な微笑みを見せ、あっという間に走り去ってゆく太一郎)


≪こいつら、一番…つ、疲れた…≫







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