2006年 新年のご挨拶



『恋風』編


(翔の書斎。エアコンの暖房で、温かな空気に包まれた部屋の中)

(パソコンに向かっていた翔、一段落ついてやれやれと背伸びをする)
(翔の隣には、別のパソコンを前に入力の手伝いをしている葉奈)

翔「葉奈、すまない。正月休みだってのに、仕事の手伝いなんかさせてしまって…」

(葉奈がにこやかな顔を上げて翔に向く)

葉奈「もう少しで終わりそうです。それに、パソコンいじるの好きだし、勉強にもなりますから…」

(葉奈が天井に視線を向け、吐息を付く)

葉奈「玲香さんたちとテレビゲームしてても、ハナに邪魔されるだけだし…」

翔「葉奈が本気で相手するからハナが調子づくんだよ。抵抗するの止めれば悪戯しなくなるんだが」

葉奈「そうでしょうか?」

翔「しょう」

(一瞬、部屋がシーンとする)

(葉奈おずおずと…)

葉奈「あの、それって…いわゆる、だじゃれだったり…しました」

翔「ここでもう一度『しょう』と答えられるほど、俺は厚顔じゃないんだ」

葉奈「し、しょう!ですか」

(むっとした翔に、なんとかとりなそうと無理をした葉奈)

(また、瞬間、部屋がシーンと静まり返る)

(葉奈あまりの恥ずかしさに、頭を抱えてその場にしゃがみこむ)

(その時、部屋がノックされた)

玲香「お兄ちゃん、葉奈さん。開けるよ」

葉奈「玲香さん、どうぞ」

翔「玲香、またゲームの誘いか?ハナがどこかに行ったのか」

玲香「違う違う」

(玲香はそう言いながら、手を顔の前で否定するように振ったものの、唇を尖らせて先を続ける)

玲香「違うけどさ…神出鬼没のハナだもん、葉奈さんがテレビゲームしようとしたら、どこにいたって飛んでくるわよ。
    しばらくは無理よね。残念だけど…」

(ほんとうに心底残念そうだ)
(綾乃はテレビゲームはそんなに本気にならないし、それに比例して才能もない。
 聡は仕事ばかりしているし、翔は手ごわすぎる。
 その点葉奈は、玲香の相手にちょうどよい手ごたえのようなのだが…)

玲香「あ、噂をすれば…」

(玲香の足元をするりと抜けて、葉奈の側に近付いてゆくハナ)

玲香「なんかハナ、めちゃくちゃ葉奈さんを気に入っちゃったみたいだね」

(葉奈の膝に飛び乗ったハナを、不機嫌に睨みつける翔)

(葉奈が泊まりに来ている間、彼女を独占出来るはずだったのに、独占しているのはハナなのだ)

(おやすみのキスで葉奈の唇を堪能しようとしているところにも、見計らったようにやってきて、邪魔を始める)
(思い通りに行かず、翔がカリカリしているのが、ハナは楽しくてならないに違いない)

玲香「そうだ。ふたりを呼びに来たんだった。
   綾乃が、一緒にお茶しましょうって居間で待ってる。吉永さんも、お兄ちゃんに呼ばれたって、いま来たとこだよ」

翔「そうか。父と母は?」

玲香「もう出かけたわよ。お芝居観に。
   聡兄さんもいったん帰って来るって電話あったから、そろそろ戻ってくるんじゃないかな」

葉奈「それじゃ、行きましょうか?」

翔「ああ。行こうか。ハナ、パソコンのキーボードいじるんじゃない」

(葉奈の膝からいつの間にか翔のメインのパソコンの前に座り込んだハナ、ちょいちょいと前足で器用にキーを押している)

(まるでパソコンの操作法を知っているかのような前足さばきに、葉奈はくすくす笑いを洩らした)
(最後に翔の機嫌を最悪にするのが目的であるかのように、キーボードを派手に叩き、
 飛んできた翔の手をするりと交わして床に飛び降りると、さっと自分専用のドアから出て行った)

翔「まったく、あいつは…」

葉奈「あのう、伊坂先生、これは?」

(翔は、葉奈の指さすパソコン画面に視線を向け、「うわっ」と叫んだ)

(葉奈のいる間、取り替えていた画面の画像が、元に戻っている)
(翔一番の気に入りの写真。コスモスの花を切なげに見つめている葉奈)

翔「あ、ありえない…」

玲香「ひゃー、お兄ちゃんってば、葉奈さんのドアップの写真を…」

翔「うるさい。口に出して言うんじゃない」

(葉奈は、真っ赤になった顔を手のひらで隠している翔の背中にコツンと額を当てた)

玲香「そ、それじゃ、わたし、先に行ってるから…」

(ふたりの甘い接近に、玲香があたふたと部屋を出て行く)

翔「最悪だ、ハナのやつ」

(葉奈にとっては、最高の悪戯だ)

(葉奈は、翔の前に回りこむと、翔の両肩に手を掛け、つま先立った)


(翔の部屋のすぐ外、ハナは呆れたように首を振っていた)

ハナ「にゃ、にゃにゃにゃ」

≪ここからは、音声を猫語に変換してお伝えします。ハナさんどうぞ≫

ハナ「どうも。皆さん、明けましておめでとうございます」

(居間で自分を待っている美味しいご馳走が気になり、ちょこちょこと移動しながら挨拶をするハナ)

ハナ「『恋風』の連中をよろしくね。まあ、わたしがいての恋風なんだけど。そこまで主張するのも大人気ないから…」

≪…してんじゃん≫

(階段に差し掛かり、トントンと小気味良い足音を立てて降りてゆくハナ)

ハナ「まったく、葉奈も俺様翔のどこがいいんだか?自分勝手で、俺様口調、命令口調でわたしに物を言う傲慢野郎」

(最後の段をポンと飛び降り、居間から匂ってくるご馳走の匂いに、たまらず「にやぉん」と叫んでしまうハナ)

ハナ「あら、失礼。食欲に野生の血が騒いでしまって。
    そうそう、クリスマスが終わって、わたしもいまさらなんじゃって思うんだけどぉ…、
    わたし、ハナ視点のお話がアップされるみたい」

≪いまさらでわるうございました≫

(階段の上から翔と葉奈が、何か話しながら降りてくる)

(葉奈からのキスをもらったからか、翔はすこぶる機嫌がよさそうだ)

(一瞬、翔の機嫌を逆転させてやろうかと思ったハナだったが、居間からの匂いの誘惑にどうにも抗えない)

ハナ「それじゃ、みなさん、今年もわたくしハナをよろしくにゃ、にゃにゃにぁあ」


≪猫語変換、終了≫

(とたとたと、急ぎ足で居間の専用ドアをくぐって行くハナ)


≪なんか、ハナってば、自分のことばっかりだったような。こんな挨拶でよかったのか…??≫




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