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第6話 いまは納得
「真優」
慎也の姉の姿が見えなくなると、慎也が呼びかけてきた。
「はい」
「君の家の方向は?」
はいっ?
方向を聞かれても……ここがどこだかわからないのだから答えようがない。
「さ、さあ?」
「さあって……真優、頭は大丈夫か?」
からかうように言われて、真優は拗ねて彼を睨んだ。
「そういうことじゃありませんよ。ここがどこだかわからないから、答えられなかっただけです」
「そうか、それじゃ住所教えて。ちょっと車を停める。ナビに登録して走ることにしよう」
慎也は車を路肩に停めた。そして真優の住所をさくさくと登録する。
わたしの住所を登録したってことは、これからわたしの家に向かうってことだよね?
送ってくれるわけじゃないよね?
リンちゃんのお世話をするんだし……
わたしは二週間、慎也さんの家に泊まって……あ……ああ、なるほど。
わたしの荷物を取りに行こうとしてるのか。
「ここか?」
「はい。わたしの駐車場、その先の右側にあるので」
「君の駐車場? 君、車は持っていないんじゃないのか?」
「将来のために借りているんです。あとからでは借りられなくなるかもしれないって聞いて……それに、両親が来たときにも使えるので、いまも無駄にはなっていませんし」
「へえ」
車が停まると、真優はすぐにドアを開けた。
「それじゃ、荷物取ってきますね」
彼女が車から降りると、慎也もドアを開ける。
「一緒に行ってもいいか? 無茶な頼みを聞いてもらったんだ、荷物を運ぶ手伝いくらいさせてもらいたい」
「それじゃ、お願いします」
有り難く申し出を受け入れ、慎也と部屋に向かう。
肩を並べて歩き始めると、必要以上に彼を意識してしまい、鼓動が速まる。
ついさっき出会ったばかりなのに、あり得ないほど接近していことがおかしい。
「綺麗にしてるな」
玄関先から真優の部屋を眺めて、慎也が言う。
彼は部屋に上がってくるつもりはないようだ。
真優は急いで荷造りをした。
月曜日からは、会社の送り迎えもしてくれるらしい。
なんだか、至れり尽くせりだ。
不安の種だったリンは、いまは拍子抜けするくらいおとなしくしている。
リンの世話をするなんて、絶対無理だと思っていたけど、懐いてくれそうな気がしてきた。にゃんこシッターも案外楽勝かもしれない。
「あの、かなり遅くなっちゃいましたけど、慎也さんのところにいるひと、怒ってないでしょうか?」
慎也の家に向かいながら、いまになって先ほどの電話の女性が気になってきて、真優は尋ねてみた。
慎也は恋人ではない、とはっきり言っていたけれど……簡単に、泊まってくれと言えるところから察するに、彼女とは相当親しい間柄のようだ。
なんだか胸がざわついてきて、真優は顔をしかめた。
これって……なんだろ?
「そんなことは気にしなくていい。色々と頼み事をしておいたから、忙しくて遅いとか気にしてるヒマもないだろ」
そういえば、意味のわからない言葉を羅列したあと、部屋を片付けといてくれと頼んでいたっけ……
もしかして、わたしがこれから使わせてもらう部屋を片付けてくれているのかな……
「あの、そのひとと話していたとき、慎也さん、暗号みたいな言葉を使っていましたけど……あれは?」
慎也の横顔を見つめ、返事を待つ。
「そうだな……君が、俺が口にした暗号を正しく記憶していたなら、教えてやってもいい」
ずいぶんと楽しそうに言う。
そんな彼を見返してやろうと、真優は必死に記憶を辿った。
「えーっと……ミッション……」
そこは覚えているのだ。
慎也を窺うと、彼は感心したような表情をする。
「すごいな。それで?」
「……それだけです。でも……ロン……とか、リンとか……口にしていたように思うけど……」
「素晴らしく、惜しいな」
慎也は小さく笑う。
「笑わないでください。それで……教えてくれないんですか?」
「いまは……ごめん。教えられない」
「いまは……ですか? それって、いずれは教えてもらえるってことですか?」
「そうだな。いずれは……」
どうやら、いまはそれで納得するしかないようだった。でも……気になる。それに慎也の家で待っている女性のことも……
「本当にわたしが行ってもいいんですね?」
「どうして?」
「どうしてって……その……慎也さん、恋人ではないと言いましたけど……急に泊まってくれなんて頼める間柄というのは、かなり特別な相手としか思えないから」
「特別な相手なんかじゃない。君が俺のところに安心して泊まれるよう、無理をきいてもらったんだ」
慎也はきっぱりと言い、さらに続ける。
「おかしな誤解をさせないように、君のことは、リンの世話をするために来てくれたって、ちゃんと説明するから」
その言葉に、なぜかショックを受けている自分がいて、真優は首を傾げた。
おかしな誤解をさせないようにというのは、つまりふたりは恋人同士ではないと説明するということで……
「真優?」
黙り込んでいたら、慎也が真優を窺うように話しかけてきた。
「そのひと、そんなに猫アレルギーがひどいんですか?」
真優は話題を変えた。
「ああ、ひどい。残りのやつらも、あまり動物と親しむタイプじゃない」
残りのやつら? あっ、そうか……
「まだ、ひとがいらっしゃるんでしたね」
「今日はもういない。次に来るのは月曜だ」
それって、仕事関係のひとたち……なのかな?
さっきお姉さんが引きこもってばかりいるって言ってたし……慎也さんの仕事は自宅でできる仕事なのかな?
「あ、あの……慎也さんって、どんなお仕事してるんですか?」
「どんな仕事してると思う?」
聞き返されて、真優は改めて運転している慎也を見つめた。
「そうですねぇ」
整った顔立ち、スリムな身体。髪は……ちょっと長いかな。
性格は、ほんのちょっとだけ俺様な感じかも。
「会社勤務の、サラリーマンじゃなさそうです」
「当たりだな」
楽しそうに返してきたが、慎也はそのまま口を閉じてしまう。
なんの仕事をしているのかもう一度聞こうとしたそのとき、車が停まった。
「着いたぞ」
「こ、ここですか?」
洒落た外観のマンションを見上げ、真優は目を丸くした。
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