にゃんこシッター

書籍より掲載
第7話 後回しにされた謎



「さすがに一度に運ぶのは無理だな」

「ですね」

車に積まれている荷物を見て、真優は頷く。

「君は、自分の荷物を持っていくといい。俺は、まず、リンを連れていく」

真優は自分の荷物を取り出し、慎也はリンのゲージを抱える。

エレベーターに乗り込み、真優は目の前にある慎也の背中を見つめた。

男のひとの背中なんて、社内で見慣れているのに……慎也さんの背中って、見ているだけでドキドキする……

それに、ちょっと触れてみたいかも。

そんなことを考えていると、ふいに慎也が振り返ってきて、真優はビクンと身を竦めた。

「荷物……うん? 真優、どうした?」

「えっ? な、何がでしょう?」

「いや……」

訝しそうな眼差しを向けられ、目が泳いでしまう。

「君って、動揺が手に取るようにわかるな」

「は、はいっ?」

「嘘、つけないだろ?」

そんな指摘を受け、返事に窮していると、エレベーターの扉が開いた。

真優は会話が中断されたことにほっとしつつ、慎也のあとに続いた。

「荷物重くないか?」

振り返って聞かれ、首を横に振る。

「大丈夫です。というか、わたしより、慎也さんのほうが重そうです。リンちゃんのゲージ」

リンは眠ってしまっているようだ。

慎也の姉と別れてから、気味が悪いほどおとなしくなったリンに、真優は逆に心配になってくる。

「まあな。こいつは軽くはない。リンには食事制限をさせるべきだと思うんだが……」

「ノルウェージャンフォレストキャットは、大きくなるんですよ。リンちゃんは……女の子にしてはかなり大きいですけど」

「女の子じゃない」

「は、はいっ? まさかリンちゃんって、男の子だったんですか? でも、名前が……」

「普段はリンって呼んでるけど、本当は凛太郎っていうんだ。ちなみに、凛々しいの凛な」

「そ、そうだったんですか。なら、その大きさも納得かも」

慎也が、あるドアの前で足を止めた。

「真優、インターフォン押してもらえるか?」

「ああ、はい」

右手に持っていた荷物を床に置き、真優は急いでインターフォン押した。だが、応答がない。

「青井のやつ、何やってんだ」

アオイさん? 彼女の名前、アオイっていうのか?

そっか、慎也さんって、彼女のことも名前で呼んでるんだ。

自分だけではないと知って、なんだかシュンとしてしまう。

「真優、インターフォンを連打しろ」

苛立った様子で慎也に指示され、真優は三回連打した。

「もっと!」

さらに言われ、慌てて押そうとすると、やっと返事が聞こえた。

「はーい、はい」

「青井、俺だ。遅いぞ。早く開けろ!」

「はーい」

するとドアが勢いよく開けられた。

「おっかえりなさ〜い。あなた〜ん……うっわわっ!」

甘えた声が一転して、叫び声に変わった。

「な、なんで猫?」

「青井! 落ち着け」

慎也がなだめたが、青井は女性とは思えぬ動きで後ずさり、距離を取った。

「ボス! これ、どういう、クッ、クシャン。クシュン、クッション」

「器用なくしゃみをするもんだな。青井」

「猫なんて連れて……クッ、クション! くるから……ハッ、ハッ、ハックション! ……でしょうがぁ」

青井は身に着けているピンクのエプロンで顔を覆いながらくしゃみを繰り返し、鼻水を啜っている。

真優は気の毒になってきた。

このひとの猫アレルギーは、かなり重症のようだ。

「そこまでひどいとは思わなかった」

「うう……さ、最悪だぁ。ぐすっ、ぐすっ。僕、もう帰らせて……ハックション……もらいますからね」

はいっ? 僕? いま、このひと、僕って言った?

真優は戸惑いながら、ド派手なワンピースにピンクのエプロンをしている青井を見つめた。

整った顔立ち。つやつやのストレートの長い髪だが……

「わかった。もう引っ込んでてくれ。部屋は片づいてるのか?」

「片づけたよ。まさか猫と一緒にご帰還とはね。最悪!」

超不機嫌な声で怒鳴る。見た目はどこからどう見ても女性なのだが、声は男性のものとしか思えず、真優は困惑した。

「いい? ふたりとも。猫はそこの部屋にさっさと入れて。奥に来るまでに、シャワー浴びて着替えてきて。絶対そのままで来ないでよ。じゃないと、僕、このまま帰るからねっ!」

「僕……ね」

慎也が冷ややかに口にした。すると青井は、しまったというように顔をしかめた。

「は、流行なんだよね。女の子が僕って言うのが、かわいいってさ。てへっ」

頭を拳でコツンと小突き、小さく舌を出す。
その仕草はかわいらしいのだが……

真優の視線を受け止めた青井は、「そ、そんじゃ、シャワー頼むよぉ」と早口で言うと、あっという間に姿を消した。

玄関先に突っ立っていた真優は、慎也と目を合わせた。

彼は気まずそうにしている。

「君が……その……安心かなと思ってね。ここに泊まるのに、女の子がいたほうが……」

「えっ、でも……」

「――白状する。青井は女じゃない」

「ですよね」

「すまない」

頭を下げる慎也を見て、真優は噴き出した。

「笑ってくれるのか? 怒っていない?」

「だって……でも、アオイって、名前なんですか、それとも苗字?」

「苗字だ。青色に井戸の井。名前は康弘」

青井康弘さんか……
なんか女性の格好をしているから、まるでしっくりこない。

「でも、綺麗なひとですね。女のわたしより何倍も」

「そんなことはない。いくら女に化けても、男は男だ」

「あの……こんなこと言っていいのかわかりませんが……青井さん、女装が初めてのようには見えなかったんですけど」

まさか慎也さん、青井さんにいつも女装させてるの?

そういう趣味があるとしたら、ショックかも。

「青井のために言っておくが、やつは女装趣味とかじゃないぞ。ただ、仕事でちょっとな」

「は、はい? 仕事? 女装が?」

「ああ。仕事についてはあとで詳しく話す。まずはリンを部屋に運びたいんだが、いいか?」

「は、はい」

真優は少々ためらいつつも、靴を脱いで上がった。

慎也は側にあるドアを開けて、真優がやってくるのを待つ。

部屋は片付いてはいたが、いくつか荷物が残っていた。

「さすがにあの荷物全部は、運び出せなかったか」

床にゲージを下ろした慎也はベッドに近づき、掛布団をめくる。

「うん、シーツも変えてくれたみたいだな」

「あ、あの、ここって青井さんの部屋だったんですか?」

「まあ、あいつが泊まることもある」

「?」

慎也は入口とは別のドアに歩み寄り、振り返る。

「こっちは俺の部屋だ。こことは続き部屋になってる。ちなみに鍵はついていない。でも、寝るときは、このドアの下にリンのゲージを置いとくから、安心だろ?」

冗談っぽく言われ、真優は笑った。

「そうします」

「こっちがクローゼット。……うん、全部移動したな。真優、空になってるから好きに使ってくれ」

「青井さん、色々と大変だったでしょうね」

「まあ……そうだな。あいつには、時間外手当を出しとく」

真優は、首を傾げた。

「まるで、慎也さんが青井さんを雇っているみたいに聞こえますけど……」

そういえば、青井さん、慎也さんのことをボスと呼んでいたっけ。

「まあ、そんなとこだ。それより、君、先にシャワーを浴びるといい。飯を食いながら、青井のくしゃみ攻撃を食らったら、たまらないからな。君も腹が減ってるだろう?」

「あっ、そうだ。わたし、冷蔵庫の中の食料品を持ってきたんです。玄関先に置いたままなので、早く冷蔵庫に入れないと……」

二週間も留守にすることになるから、冷蔵庫の中のものを全部持ってきたのだ。

もちろん、『もやし』のやつも。

「シャワーを浴びない限り、キッチンのほうにはいけないぞ。……そういえば足の怪我、大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。いったん包帯を外して、シャワーを浴びたら、また巻いておきます」

慎也は気がかりそうな顔をしつつも頷く。

心配してもらえることが嬉しい。

「君がシャワーを浴びている間に、俺は残りの荷物を運んでくるとしよう」

「わかりました。急いで浴びてきますね」

真優は自分の荷物を詰めてあるキャリーバックに手をかけた。

「急がなくていい。あっ、それと……風呂場、鍵をかけておくように。青井が入ってくることはないだろうけど……一応」

「はい、そうします」

「それじゃ、俺は下に戻る。さっきも言ったけど、仕事とのことはあとで説明するから」

そう言うと、慎也は急いで部屋を出ていった。

あとでか……青井さんの女装が仕事ってのが気になるな。それに暗号のことも。

後回しにされた謎に首を傾げながら、着替えを取り出した真優は、部屋を出てハタと気づく。

お風呂場ってどこ?






書籍から、7話までお届けしました。
慎也のマンションに住み込み、2週間リンの世話をすることになった真優。
まだまだリンとも、慎也とも距離がありますね。
これから、少しずつ、距離が近く……

この後は、書籍にてお楽しみいただけましたら、嬉しいです♪

読んでくださってありがとうございました。

また番外編も、掲載の予定です。
そちらも楽しみにしてもらえたら嬉しいです♪

fuu
  
inserted by FC2 system