にゃんこシッター

《刊行記念 番外編》

第1話 過剰に反応



「慎也さん、コーヒーですけど」

真優は、仕事に集中している慎也に、遠慮しつつ声をかけた。

慎也はすぐに顔を上げ、真優に向けて笑みを見せる。トクンと心臓が跳ねる。

「ありがとう。君の淹れるコーヒーはうまいからな」

嬉しそうに言われて、頬が染まる。

コーヒーカップを手渡す時に、慎也の指とちょっぴり触れてしまい、その接触に真優はドキドキしてしまう。

意識しすぎだと思うのだが……自分ではどうにもならない。

「それって、僕の淹れるコーヒーがまずいって言いたいの? ボス」

同じ部屋にいる青井がわざとらしく、いちゃもんをつけてきた。

慎也は、青井に向けてにやりと笑う。

「まずいとは言わない。こっちが別格なだけだ」

慎也は手にしたカップをひょいと上げて見せながら、きっぱりと言う。

し、慎也さんってば……そういう発言、ものすごーく恥ずかしいんですけどぉ。

「そりゃあ、別格なんだろうね。可愛い恋人が淹れてくれたコーヒーなんだしぃ」

青井が面白くなさそうな顔で言う。

青井は呆れながら口にしているとわかるのに、可愛い恋人という言葉に反応して、頬が熱を持つ。

すると別の方向から、笑い声が上がった。大城だ。

土曜日の今日、仕事場にいるのはこの三人だけだ。

「真優ちゃんの入れたコーヒーは、確かに青井の淹れたのより美味いな。それでなくとも、野郎の淹れたコーヒーより、可愛い女の子の淹れてくれたコーヒーのほうが美味いに決まってる」

「ちぇっ」

唇を突き出していた青井だが、すぐに笑顔になる。

「結局、僕もおんなじだし、文句言えないなぁ」

青井は、くっくっと可愛く笑う。彼がそんなふうに笑うと、ずいぶんと幼い感じになる。

お化粧して登場したときには、すごい美女だったけど……

あの青井が、いまとなると懐かしい。
また見せてくれないだろうか?

仕事のために女装するという話だったから、きっと女装が必要になる時が来るんだろうと思うんだけど。

今度、慎也さんに聞いてみよう。

真優は机を回り込み、大城にもコーヒーを差し出した。

「大城さん、コーヒーどうぞ」

「どうも。週末の仕事が、君のおかげで楽しみになってきたよ」

大城はそういうが、仕事はかなり大変そうだ。計画は大幅に遅れているらしい。

真優にもできることは手伝わせてもらっているけれど、どれだけ役に立てているのかはわからない。

「仕事、思うように進んでいないんですか?」

真優は慎也のほうに振り返りながら言った。慎也と大城が、神妙そうに頷く。

その様子を気にかけながら真優は青井に歩み寄った。

真優は、コーヒーを受け取ろうと両手を差し出してきた青井にカップを手渡した。

受け取る時、青井はわざと真優と指を触れ合わせる。そして、慎也を窺いながらニッと笑う。

まったくもおっ、康弘君ってば困ったものだ。

真優は青井を軽く睨んだが、彼はそれすら愉快がる。

やれやれ……お手上げだわ。

「問題は解決したってのに、基樹はまだ囚われの身だ。いっこうに戻してくれそうにない。あのタヌキ親父め」

真優は、慎也の大胆発言に、少々顔が引きつった。

タヌキ親父と慎也が言うのは、真優の勤める会社の社長様のことだったりする。

「基樹が、前より忙しくなったって、ぼやいてたな」

大城が思案顔で言う。

慎也はコーヒーを飲み、頷く。

「村形さんの考え方が変わったのはいいことなんだが……それによって基樹の仕事の負担が相当量増えたらしい」

そのことは真優も知っている。

坂之下から直接、ボヤキを聞いた。

彼ときたら、真優に慰めを強要してくるので、困っているところだったりする。

坂之下さん、私を困らせて、多忙の憂さを晴らしている気がするんだけど……

「新しい人材を探してるって話だけど……本気で探してるのか?」

「そのあたりは真吾が把握しているし、あいつに任せておくしかないだろ」

慎也の言葉に、大城はまだまだ不満そうだが、仕方ないかという表情になり、コーヒーを一口啜る。

「ああ、そうだ……青井」

慎也は、何か思い出したようで青井に声をかけた。

「なあに」

いつの間にやら携帯ゲーム機を手にし、ゲームに集中していた青井は、上の空で返事をする。

「来週の土曜日は、休みだからな」

その言葉に、青井はゲーム機から勢いよく顔を上げた。青井は目を真ん丸にしている。

「ええっ、休みなの?」

青井は驚いて叫んだが、真優も青井同様に驚いてしまった。

週末に休んだりすること、あるんだぁ?

一応、土日は休みなのだが、慎也は用事のない限り仕事をする。

大学生の青井は平日の学校が終わってからと、土曜日がバイトの日だ。慎也や大城に求められれば、日曜日もバイトに入ったりする。

「青井、お前、たまには友達とも遊んどけよ。バイトばっかりしてたら、友達がいなくなるぞ」

「それもそうだね。そうする」

青井は大城の意見にあっさり頷き、コーヒーを飲み干す。

休憩は終わり、真優は三人から空になったカップを回収した。

大城からカップを受け取る時、何やら小さな紙を手渡された。

戸惑っていると、慎也に気づかれないように、大城は目配せしてきた。

何が何やらわからなかったが、真優は小さく頷いた。

キッチンに戻った真優は、大城から受け取った紙を、眉を寄せて開いてみた。

メモには、(話がしたいので、明日の朝九時に喫茶店で待っている。)と書いてあった。指定された喫茶店は、このマンションの近所のようだ。

いったい、わたしに、なんの話が?

「真優」

首を捻っていたら、慎也から呼びかけられ、真優は慌ててメモを畳んで握り締めた。

「は、はい」

「話があるんだ」

えっ? 慎也さんまで、わたしに話?

「あの、話ってどんな?」

話を促がすと、「俺の部屋に行こう」と慎也が言う。

「えっ?」

私室に誘われたことにどきりとして、思わず頬が染まる。

や、やだ、わたし、何を大袈裟に反応してるんだか……

慎也さんは、ただ話がしたいから、部屋にと言っただけなのに……

「あ、あの。それじゃ、この洗い物を終えたら、すぐに行きます」

「ああ、待ってる」

慎也は真優の反応など気づきもせず、自室に向かう。

慎也がいなくなり、真優は頬を両手で挟み、顔をしかめた。

なんか、自分だけ過剰に反応しちゃって、は、恥ずかしいよぉ。





   
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