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第3話 腑に落ちた言動
メモに書いてあった場所に向けて歩きながら、真優は首を傾げた。
大城さんが、わたしに話って……なんだろ?
まったく思いつかないんだけど……
話があると大城が指定した喫茶店は、慎也のマンションのすぐ近くだった。洒落た外観で、一度入ってみたいと思っていた店なのだが……
ドアを開けて店内を見回すと、すぐに大城を見つけられた。大城は店に入ってきた時点で真優に気づいていたようで、こちらに向けて軽く手を振ってくる。
真優は大城のテーブルに歩み寄った。
「やあ、真優ちゃん。座って」
「はい」
真優は、大城の向かい側に座った。
「俺との待ち合わせ、慎也には気づかれてないかい?」
確認を取るように問われ、真優は首を横に振った。
「仕事に集中してましたから」
「そうか。……真優ちゃん、俺は食べたことないけど、ここパフェとか美味しいらしいよ。食べるかい? 奢るよ」
そう言いながら、大城はメニューを開いてくれる。
「いえ、自分で払いますよ。それに、いまは飲み物だけでいいです」
真優はメニューに目を向けた。
「……そうだなぁ、カフェオレにしようかしら」
「わかった」
大城はカウンターの方に手を上げて、「カフェオレ頼むね」と注文する。
「あの、それで?」
真優は、さっそく切り出した。どうしてわざわざこんなところに呼び出されたのか、気になる。
「ああ……今度の週末のこと、慎也から話を聞いただろ?」
「あっ、はい」
『エンジェルカフェ』に行くことに違いない。
「君は行かないんだって?」
「はい」
大城は、なぜか真優をじっと見つめてくる。
真優が何を考えているのか、頭の中を見透かそうとしてでもいるようだ。
こんなときの大城さんの視線……ちょっと苦手かも。何を考えているのかわからなくて……
わたしのこと、わたしより知っているみたいな感じがして……
「香織さんが、君に逢いたいそうだ」
真優は面食らった。
は、はい? 香織さんって……?
「あの、大城さんは、香織さんのことをご存じなんですか?」
「もちろん知ってるさ」
大城は苦笑しながら言う。そして、楽しそうに話を続ける。
「香織さんには、コスプレ服を仕立ててもらっているんだ」
コスプレという言葉に自然と頬が赤らむが、真優はその情報に目を丸くした。
「あっ、そ、そうだったんですか」
そうか。慎也のマンションにあるコスプレ服。仕立てが丁寧だと思っていたけど、香織さんが……
「なんか、納得です」
あっ、ということは……
「それじゃ……それで、みなさんは『エンジェルカフェ』に来ていたんですか?」
「そうなんだ。キャラのイメージ作りに有効だとかって、あいつを説き伏せるの大変だったんだぞ」
内緒話のように顔を寄せて大城は教えてくれる。
真優は噴き出した。
「大変そうな大城さんと坂之下さんが、容易に想像できます」
笑いながら言うと、大城も笑う。
「狭い世界に引きこもっている慎也の世界を広げ、刺激を与えてやるべきだと、基樹と考えてね」
そういうことだったのか。
「まあ、それでね。香織さんに、君に逢いたいから、ぜひ連れて来てほしいと頼まれたんだ」
「そ、そうですか……」
でも、敷居が高いんですけど……
「君が慎也と付き合うことになったと聞いて、喜んでいたよ」
真優は慌てた。顔がみるみる赤らむ。
「そ、そんなこと言っちゃったんですか?」
「言っちゃいけなかったのか?」
「い、いえ……そういうわけでは」
「慎也のために、よかったと言っていたよ。慎也から、君のことを何度も聞かれて、そのたびに教えられないと、断るしかなかったからと……」
真優は目を見開いた。
慎也さんから同じことを聞いたけど……ほんとに自分の事を探してくれていたのかと胸がいっぱいになる。
「……君は、香織さんに会いに行くべきじゃないかと思うんだが」
真優は、大城を見つめた。じっと見つめ返されて、困った彼女は俯いた。
そんなことを言われては、行くしかなくなるじゃないか……
真優はため息をついた。
大城がテーブルをトンと叩き、真優は大城に視線を戻す。
「よし。行く決意がついたと見た」
確かに、決意したけど……
一応、肯定の意味でこくりと頷いておく。
「それじゃあ、週末、俺たちとは別行動でいいから、行くといいよ。香織さんは、午前中が都合がいいそうだから」
真優は驚きつつ頷いた。
慎也たちと一緒に行くのだと思ったのに……
そうでなかったことに安堵し、真優は笑みを浮かべて息をついた。
「大城さん、ご配慮ありがとうございます」
「いやいや。この場合、礼には及ばないよ」
「そんなことありません。みなさんと一緒には行きづらかったので……ほんと、よかったです」
「そうか……まあ、俺のおごりのカフェオレを飲んでくれたまえ」
「奢っていただいて、いいんですか?」
「いいんだ。君には、飲む権利があるんだから」
おかしな言動をする大城に、真優は笑い、「では、ご馳走になります」とお辞儀して、カフェオレをいただいたのだった。
懐かしい……この辺り、ほとんど変わっていないようだ。
数年前、よく歩いた道……
最後の角を曲がるとき、妙にドキドキしてしまった。
心持ち歩調をゆるめてゆっくりと近づき、そっと角から顔を出して路地を覗く。
視界に『エンジェルカフェ』が入り、胸がジーンとする。
ごくりと唾を呑み込んでから、お店の側まで歩いて行き、彼女は足を止めた。
土曜日の十一時、店内は結構客が入っているようだ。
賑わっているのが嬉しいし、ほっとしてしまう。
店長夫妻に会いに来たのだから、裏からお邪魔したほうがいいだろう。
香織は、裏方仕事をしているため、店にはほとんど顔を出さない。営業している時間でも、店にくっついている自宅かコスプレ服を作製している仕事場にいるはず。
門のところで、インターフォンを押す勇気がなくうろうろしていると、携帯に電話がかかってきた。
慌てて取り出して確認すると、香織からだ。
「は、はい」
「真優ちゃん、いまどこの辺り? もう待ち遠しくって、電話しちゃった」
明るく無邪気な声に、真優は微笑んだ。
「実は、いま門の前に」
「あら、もう来てるの。ちょっと待ってて」
その言葉から間をおかず、玄関が開き、香織が顔を出す。
「香織さん。お久しぶりです」
「もおっ、懐かしーい」
叫びながらすっ飛んできた香織は、真優に抱き着いた。
「香織さん……ご無沙汰してしまって」
「ううん。いいのいいの。理由があるんだろうってわかってたし、いまはその理由もわかったから」
「香織さん……」
「さあ、入って入って」
大歓迎とともに、真優はお邪魔させてもらった。
居間へと通され、香織の夫の陽介も顔を出してくれる。
そのあとすぐに昼食を振る舞われ、食後には、懐かしい話で盛り上がった。
『エンジェルカフェ』のいまを支えている子たちの話も聞かせてもらう。
「ムーン・ティーラですか? ムンムがすごく可愛いですよね」
「ムンムも人気者よ。それに、なんたって、お姫様と王子様がそれはもう素敵なのよぉ。真優ちゃんにも見てもらいたかったわぁ」
水色の長い髪のお姫様を思い浮かべ、頷く。それは見てみたいかも……
「そうなんですか? 今日は見られないんですか?」
「それがね、キャストの都合で日曜日だけなのよぉ。しかも、隔週だったりでね」
キャストの都合?
「……そうなんですか。残念です」
そのとき、ドアがノックされた。
「ああ、入ってくれ」
陽介が返事をし、ドアが開けられる。
やってきた顔ぶれを見て、真優は目を見張った。
入ってきた女の子ふたりとも、真優を見て「きゃーっ」と叫んで駆け寄って来る。
「真優。やっと戻って来たのね」
以前のバイト仲間だ。いまも時折会っているが……ここで会うのは、二年ぶりってことになる。
ふたりがいまやっているコスプレについては、教えてもらっていたのだが……
「話には聞かせてもらっていたけど、こうして実物を見られて嬉しいわ」
「このキャラの剣を持つと、さらにかっこよさが増すのよ」
「そうなの。陽介さんがすごいの作ってくれてね」
「そうなんだ。その剣も、見せてもらいたかったな」
「見せてあげるよ。ほら行こう」
ふたりは真優の手をそれぞれ握り、部屋の外に連れ出そうとする。
「えっ、で、でもスタッフルームにまで入るのは」
「構わないよ」
陽介に笑顔で言われ、真優はそれならと、ふたりについて行った。香織もついてくる。
うわーっ、スタッフルーム……懐かしいなぁ。
それにしても、そろそろ一時になる。慎也たちがやってくる頃合いだ。
慎也さんには、黙って来ちゃったし……
ここにわたしがいるなんて知らないから、顔を出したら驚くだろうな。
そう考えたら、悪戯心が湧いてくる。
顔の隠れるキグルミ仕様のコスプレを借りて、お店に出させてもらっちゃおうか?
な〜んてね。
真優は、驚く慎也の顔を想像して笑みを浮かべた。
「真優。ほら、こいつが剣だよ」
大きくて重そうな剣だ。その切っ先を向けられ、思わず後ずさる。
「ちょ、ちょっと危ないよ」
そう言ったら、ふたりが声を上げて笑う。
「もおっ、真優ったら、相変わらず素直に反応するんだからぁ」
「偽物に決まってるじゃない」
「ほーら、持ってごらんよ」
剣を手渡され、真優は拍子抜けした。
とんでもなく軽い。
「見た目は、本物みたいなのに……陽介さん、さらに腕を上げたのね」
「店長夫婦は、どんどん腕を上げてるよ」
「ムーン・ティーラ姫とレイド王子の衣装なんて、何度見てもため息ついちゃうくらいの完成度なんだから」
「そうなの」
そう聞くと、自分も見たくなる。
明日、また来ようかな?
「というわけで……さあ、真優。そろそろ出番だよ」
「は、はいっ?」
出番……って何?
眉を寄せていると、香織が見覚えのあるものを差し出してきた。
こ、これって……?
「あ、あの。これは……ど、どういうことなんですか?」
「猫耳ミント、一日限定の復活ってわけ」
香織の言葉に、真優はあんぐりと口を開けた。
「大城さんに提案されてね、乗っちゃった!」
お、大城さん?
その瞬間、喫茶店での大城のおかしな言動が腑に落ちた。
配慮に礼はいらないって……こういうことだったんだ!
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