にゃんこシッター

《刊行記念 番外編》

第5話 変化に必要な手順



「ここか?」

「ここだな」

助手席の窓越しに、外の建物を眺めながら口にした基樹に、運転席の英嗣が答える。

慎也は、ひとりで後部座席に坐っている。

村形の住むマンションに到着したところだ。

マンションの入り口の辺りで村形が待っているはずなのだが……見たところ、彼の姿はないようだ。

「姿がないな」

少し嬉しく思いながら、慎也は前のふたりに言った。

たぶん、村形はコスプレ喫茶に行く気持ちがなくなったんじゃないか。

よし。彼が行かないのであれば、俺も気の進まないコスプレ喫茶に行く必要はなくなる。

基樹と英嗣は、『久しぶりだな』と騒いでいて、どちらも行きたくてならないようだ。

行きたかったら、このふたりでいけばいい。

村形さんが行かないのなら、俺が行く必要もない。

「いないはずは……? おかしいな? 約束の時間は厳守する人なんだが……」

基樹が眉を寄せて言う。すると、

「うん? いるじゃないか」

英嗣の言葉に、すでに行く気が底をついていた慎也は顔をしかめた。

「えっ、どこに?」

基樹が戸惑いを露わに尋ねる。

「ほら、あの柱のところに立っているのが、そうじゃないのか?」

英嗣の指さす方向に、慎也と基樹は目を向けた。

確かに、英嗣の言うところに男性がいる。

格子柄のシャツにジーンズという服装で、真っ赤なリュックを担ぎ、頭には野球帽を被っている。

村形から、あまりにかけ離れた人物だ。

慎也は英嗣に呆れたが、考えてみたら、英嗣は村形を知らないのだ。

それでも、慎也や基樹から、村形の情報を聞いているのに……

「いや、あれは違うだろう」

慎也と同じことを思ったらしい基樹が、ばっさり切り捨てる。

「そうなのか? だが、他に、それらしき人物はいないぞ」

「村形さんは、やはり行く気を失くしたんだろ。基樹、お前のほうに連絡はきていないのか?」

「いや……」

「おっ、こっち見た。おい、こっちにくるぞ」

英嗣の報告に、慎也は怪訝な面持ちで、先ほどの男に視線を戻した。

確かにこちらに向かってやってくる。

「お、おい……やっぱり、あれ、村形さんだぞ」

基樹が慌てたように言う。

そのころには、慎也も、それが村形である事実を確認できていた。

「みなさん、どうも」

格子柄のシャツにジーンズという、若々しすぎる服装をした村形が、畏まって頭を下げる。

違和感が半端ない。

「どうし……」

「ああ。お待たせしてしまいましたか?」

服装について、疑問を口にしようとしたら、それを邪魔するように英嗣が村形に言う。

「いえ。あの……貴方は?」

初対面の英嗣に、村形が聞く。

「こいつは大城英嗣ですよ。私たちのチームの一員なんです」

基樹がすかさず英嗣を紹介する。

「初めまして、村形さん。さあ、乗ってください。後ろに、慎也もいますよ」

その言葉に頷いた村形は、後部座席のドアを開けた。

村形と目を合わせ、慎也は頷いた。村形も頷き返す。

村形が乗り込んできて、慎也は村形に問いかけた。

「村形さん。どうしたんです。そんな、らしくない服装をして」

「慎也!」

「おいっ!」

前にいるふたりが、叱るように声をかけてきた。

慎也は眉を上げて、「なんだ?」と、ふたりに尋ねた。

すると英嗣が、なぜか「はーっ」と疲れを帯びたため息を落とす。

「もうちょっと、ひとの心の機微というものを理解できないのか、お前はっ!」

「いったい何を怒ってるんだ、基樹」

目くじらを立てられる意味がわからない。

「こういうスタイルが、これから向かうところでは、常識なのではないんですか?」

真面目に聞かれ、慎也は村形に向く。

「そのスタイルが常識? いったい、誰にそんなことを吹き込まれたんです?」

「いえ……吹き込まれたわけでは……」

村形は戸惑ったように言い、さらに自分がいまこのスタイルをしている理由を生真面目に説明する。

「ネットで調べたんですよ。それによると、私がいつも着ている服では、コスプレ喫茶という場には、馴染まないのではないかと思ったので……」

「まあ、馴染まなかったのは確かでしょうけど……それも、どうかなと思……」

「慎也、お前は黙ってろ!」

基樹がかんしゃくを起こしたように怒鳴りつけてきた。

思わず口を閉じると、基樹は村形に愛想よく話しかける。

「村形さん、その服装はとてもいいですよ」

「俺も、悪くないと思いますよ」

「そうか?」

反論を込めて言ったら、それが気に食わなかったらしく、基樹がじろりと睨んできた。

「二対一ですね。ならば、これでよしということですね?」

村形がほっとしたように言う。

村形の結論に、意義を唱えたい気もしたが、これこそが村形という人物らしさなのだろうと、口を噤む。

村形は、肩にしょっていたリュックを降ろし、いまは膝の上に置き、背筋を伸ばして座っている。

すると英嗣が車を発進させた。

コスプレ喫茶に向かって車が走り出したことに、慎也は気を落とした。

結局、行くことになってしまったか。

仕事をしていたほうが、楽しいんだが……

もちろん、真優と過ごす時間は、いまの慎也にとって、仕事より一番だが。

真優は、今頃どうしているんだろう?

明日と言わず、今夜会えないだろうか?

真優のことを考えると、胸がおかしな感じで疼く……

「藤枝君」

「なんです?」

「今日は、眼鏡とマスクはつけないんですか?」

村形から聞かれ、慎也は思わずきゅっと眉を上げた。

村形がこんな冗談を言って、ひとをからかうとは……意外だ。

助手席の基樹が、小さく噴き出したのが聞こえた。

過去の自分の姿を思い返し、慎也はにやっと笑った。

「あの頃からすると、俺もそれなりに成長できたので、必要なくなったんですよ」

冗談で返すと、村形がくすくす笑う。

村形との距離が近くなった気がして、嬉しくなった。

「ところで、村形さん。本当にコスプレ喫茶に行きたいんですか? 行きたくなければ行かなくてもいいんですよ」

確認を取るように聞くと、前のふたりから睨まれた。

村形はそんなふたりになど気づかず、真顔で首を横に振る。

「あれから……藤枝君。君の言葉を胸に入れて、色々考えたよ」

村形の言葉に、慎也は話の先を促がすように相槌を打った。

「つまらないことばかり気にして……私の人生は本当につまらないものだなとね……」

村形は肩を落としてため息をついたが、ふっと笑って慎也に向いてきた。

「コスプレ喫茶に行けば、君は人生が変わると言った。私は……人生を変えたい」

村形の思いが、そして強い覚悟が、慎也の胸に押し寄せてくるようだった。

慎也は村形の目を見つめ、笑みを浮かべた。

その服装のチョイスは、村形の覚悟そのものなのだ。そう思えた。

「それじゃ、変えに行きますか?」

基樹が後ろに振り返り、声をかけてきた。村形が笑顔になる。

「ああ。行こう」

答える村形の表情を目にし、慎也は笑いが込み上げてならなかった。

コスプレ喫茶に行くまでもなく、すでに村形は変化している。彼の人生はすでにこれまでとは変わっているのだ。

それでも、コスプレ喫茶に行く必要があるのだ。村形はまだ自分の変化に気づけていない。だからこそ、変化の段取りは、きちんと順を追う必要があるのだろう。






プチあとがき

刊行記念番外編。

まだ終わりませんが……

けど、いずれは終わるので、それまでお付き合いくだされば嬉しいです。

今回も、慎也視点でお届けしました。

村形さんのために企画されたコスプレ喫茶体験。
慎也の意図していた変化は、すでに村形さんに訪れているようです。

そ、そして、
次回こそは、ついに『エンジェルカフェ』。だと思います。(^_^;)

楽しみにしていただけたら嬉しいです。

読んでくださってありがとうございました(^O^)/

fuu(2013/12/7)


   
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