|
第6話 いささか不安
エンジェルカフェを前にした慎也は、店を直視できずに顔を伏せた。
ここに通っていた頃の自分が思い出されて、どうにも気恥ずかしい。
仕事をおろそかにするようなことはなかったが、ミントに会いたくて、週末を指折り数えていた自分……
サングラスとマスクで顔を隠していたことも、いまとなると思い出したくないほど恥ずかしい。
過去の記憶を抹殺する術がないかものかと、真剣に考える。
「村形さん、大丈夫ですか?」
英嗣が苦笑しつつ村形に声をかけた。
慎也は考えごとを中断し、村形に視線を向けてみる。
村形は落ち着かないようで、ずいぶんとそわそわしている。
「それじゃ入るぞ」
基樹が声をかけ、まっさきに店に入った。英嗣と村形がそれに続く。
ひとり取り残される形になり、できることなら回れ右してこのまま帰りたい。
だが、村形の背中を見つめた慎也は、それはできぬと諦め、店内に入った。
「いらっしゃいませ」
店の入り口で、某アニメのキャラが出迎えてくれる。
これに対する村形の反応を窺うと、意外なことに驚きもせず、「どうも」と頭を下げた。
初めてこの店に来たとき、この出迎えのスタイルにぎょっとしてしまい、滑稽なほど後ずさった自分を思い出してしまい、顔が歪む。
村形に負けた気分だ。
以前と同じに、英嗣は抜かりなく予約していたようで、スムーズに席に案内される。
「凄いな」
興奮気味に村形が呟いた。店内にいるコスプレ姿のスタッフたちに、驚いているようだが……
最初の出迎えでの驚きがそれほどでもなかったように、引いてはいない。
村形はネットでかなり勉強してきたらしい。考えたら、村形らしいことなのだが……
面白くはない。
もっと大袈裟なほど驚いてくれた方が、こっちとしては楽しめたのに……
「こちらです。どうぞ」
スタッフが案内してくれた席を見て、慎也は眉をひそめた。
「ああ、ありがとう」
スタッフに礼を言い、英嗣が席に座ろうとする。
慎也は英嗣の肩をガシッと掴み、自分のほうに振り返らせた。
「どうして?」
「うん? なんだ、慎也?」
「いや、どうしてここなんだ?」
案内された席を指し、戸惑って聞く。
「予約した席だけど……」
「そういうことじゃない。俺の言いたいことわかってるだろ? なんで個室じゃない?」
ずっと個室を予約していたのに……
「お前も、顔を隠すのはやめたんだし……個室の必要性を感じなかったんだ。村形さんも、こっちの席のほうが楽めるだろうと思ったし……」
そういうことか……個室のほうが、気が楽だったのにな。
「村形さん、個室の方がいいんじゃないですか?」
村形の気持ちが、最優先されるだろうと、期待を込めて尋ねる。
「個室があるんですか?」
村形が食いついてくれ、慎也は「ええ」と勇んで答えた。
「空いていればそっちに移れるだろう。英嗣、スタッフに聞いて……」
「いえ。私はここで構いませんよ」
こっちの気も知らず、村形はあっさり椅子に座ってしまい、慎也はむっとした。
そんな慎也に、英嗣が意味ありげな視線を向けてくる。
口元がにやついているのが腹立たしい。
村形がここでいいというのなら、ごねることもできない。
慎也は仕方なく、基樹の隣に座った。
コスプレしたスタッフがやってきて、メニューを何冊も手渡してくれる。
メニューには、某アニメのキャラの好物だとか、キャラをイメージしたデザートやドリンクなどがずらりと並んでいる。
メニューが多すぎて、本当にこれらのもの全て提供できるのか、疑いたくなる数だが、全て出てくることは実証済みだ。
英嗣や基樹が全制覇するぞと面白がり、ここに来るたびに違うものを注文しまくったのだ。
とんでもないメニューも多かった。コスプレ姿の女性スタッフが、ケチャップで絵を描いてくれたり、キャラの決め台詞がサービスでついていたりなんてのもあり、中には客まで巻き込むものもあるのだ。
一緒に、決めポーズをするよう強制されるものもあり、そのときには、慎也は頑として動かなかった。
英嗣は喜んでやってたよな。
女装がまったく似合わない風貌だというのに……
慎也の頭の中で、オカマな英嗣がかわいこぶり、「げっ」と吐きそうになる。
「慎也、どうした?」
英嗣がにやにやしながら問いかけてくる。
「いや、オカマなお前が頭に浮かんでな」
淡々と告げたら、英嗣がじ―っと見つめ返す。
「……ほお」
だいぶ遅れて、英嗣が反応する。
「オカナ?」
英嗣の隣に座っている村形が、問うように口にした。
「オカナじゃなくて……」
言葉を訂正しようとしたら、英嗣は両手を口元に当て「いやーん、英ちゃん、困っちゃう♪」と口にした。上半身までクネクネさせている。
受け入れがたい、オカマな英嗣を見て、村形は唖然としている。
「英嗣、お前な」
「女装には自信があるぞ。誰も、俺ほど個性的な女にはなれまい」
英嗣ときたら、自信たっぷりに豪語する。
「個性的な女ねぇ」
基樹がくすくす笑いながら言う。慎也はどっと疲れた。
さすがに、これには村形も引いたに違いないと彼を窺うと、驚いたことに、好意的な眼差しを英嗣に向けている。
「大城さんは楽しい人ですね」
楽しい人……? まあ、確かにな。
顔をしかめて納得した慎也は、コップを手に取って水を飲む。
「私もそうありたいな」
憧れるように村形が言い、慎也はむせた。
「ゴホッ! ゴホッ、ゴホッ」
「大丈夫か?」
咳き込みながら、声をかけてきた英嗣を睨む。
村形のコスプレ喫茶体験は、色々ありつつ進んで行った。
村形は、堅い自分の殻を破壊すると心に決めてやってきたからか、どんなことも吸収しようとする。
慎也はいささか不安になってきた。
村形が原型をとどめないほど壊れたら、どうしよう?
|
|