思いは果てしなく 
その10 プチ修羅場


頬を紅潮させて、むっつりと黙り込んでいる女を前に、響はじっと耐えていた。
彼女は仕事先の受付をしていた。
告白されて、顔に文句もないし、明るい性格の子だったから、付き合いを始めた。
休日どちらも予定のない暇な時、映画に行ったりドライブに行ったりしていた。

ほんの初めのうちは週に一度くらい会っていたけれど、だんだん会う回数が減り、この最近は月に一度程度しか会っていなかった。

それでも、きちんと別れの手順を踏んでおかなければならないくらいの付き合いはしていた。
送って行った時には、たとえ気持ちのこもらないものだとしても、せがまれてキスしていたのだから。

俺ってやな奴だな。
響は心のうちで自嘲した。

「私…、絶対別れないから」

鬼のように怒った形相で、突然彼女が宣言した。
響はいささかあっけにとられた。

「弄ぶだけ弄んで捨てるなんて、酷すぎるわ」
そう叫んで彼女は突っ伏した。

誰が弄んだよ。そんな覚えないぞ。と、反論したかったが、彼はじっと目を閉じて耐えた。
それを言えば、事態がどんどん悪化するだけだろう。

喫茶店中の目が、自分に注がれているのを感じたが、彼は無表情で目の前の冷えたコーヒーだけを見つめていた。

自分だけわめいているのが恥ずかしくなったのか、最後にきっと響を睨むと、彼女が立ち上がった。
響は、ほっとした表情を出さないように苦心した。

支払いを済ませて駐車場に行くと、車に凭れて待っていた彼女がいて、すこし憂鬱になった。

「送ってもらうわよ」と、憎憎しく言われても素直に頷く。

別れる時の女の子の大半はこんな感じだったから、さして驚くこともなかった。

「ほんとは、別れることになってせいせいしてるのよ」
走り出してすぐ彼女がつんとして言った。
それが本心なのだろう。
彼女は一度も泣いてなどいなかった。
涙のひと粒も見なかったのだから。

喫茶店での出来事は、腹いせ、なのかもしれない。
彼に振られたという事実に、彼女はただ腹を立てたのだ。

「私、もう付き合ってるひとがいるの。ふかーい付き合いしてるわ。あなたと付き合ってたのはね、たんに連れて歩くのに気分が良かったからよ。そうでなきゃ…」

彼女が黙り込んだ。

「何か言いなさいよっ」

響は肩を竦めた。

「最低」

「すまなかった。でも、いままでありがとう」

「最悪」

彼女のアパート近くの交差点、赤信号で止まった。
ふと見ると、目の前に見慣れた車があり、運転手が手を振っていた。
彼は笑って振り返した。

「その笑顔、最悪」

その声の震えに、響は振り返った。
顔を背けている彼女の目じりに、ひとすじ涙が伝っていた。

見なければ良かったと思った。
これまで彼女のことを、本気で見ようとしたことなど一度もなかったのだと気づかされた。
胸に痛みを感じ、響は心の中でごめんと詫びた。




   
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