その11 目撃
「尚、向かいの車、響だぜ。葛城響。あいつとこんなとこで会うなんてなぁ」
成道に言われるまでもなく、尚は彼に気づいていた。
「助手席の子、あいつ、やっと本気の恋したみたいなんだ。これで俺もほっとできるってもんだわ」
まるで響の親のように愛情を込めて成道が言った。
響の目から隠れるように、後部座席に身を沈めていた尚は、惨めだった。ひどく惨めだった。
車が走り出して、しばらくは放心状態だったが、手に負えない嗚咽がこみ上げてきた。
もう、とても堪えられなかった。
「成道、私、家、かえ…る」
と、しゃくりあげながら言葉を搾り出した。
「えええええぇぇ。ど、どうしたんだよ?」
成道のぶっ飛んだ慌てぶりすら、いまは悲しみの種にしかならなかった。
「なあ、尚、どうしたんだよ」
風呂から上がってきたところらしい成道が、また声を掛けてきたが、彼女は無視した。
成道にあたるのは筋違いだけれど、今はあたれるものなら何にだってあたりたい。
携帯電話は電源を切られ、まっさきに攻撃を受け、屑箱の中で撃沈していた。
尚が部屋に立てこもったまま、すでに深夜になっていた。
人生の経験を思う様積んでいる両親は、取立てて騒ぐこともなく、すでに寝室に引き取っていた。
今日、響が尚を誘わなかったのは、あの彼女と会うためだったのだ。
喧嘩をしたのか、女の子は頬を膨らませてむっとしていた。
若さに嫉妬する自分がいて、それも惨めさを増長する。
本気の彼女がいるというのに、どうして…
わけが分からなかった。
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