思いは果てしなく 
その12 怒号



響は、首を傾げた。
何度電話しても通じない。
どうも電源を切ったまま忘れているらしい。

とにかく声が聞きたかった。
ひどくやるせなくて胸が痛い。

もう認めるしかなかった。ずっと彼女を愛してきた。
あの出会いの頃から。
初めは憧れだったと思う。
あのはじめてのキスの時もまだ憧れだったのだと思う。

恋に変わったのは会えなくなってからだ。
会えない八年の歳月、彼の肉体と意識はずっと尚を求めてきた。
彼女と対等になりたかった。三年の歳月など消してしまいたかった。

だがこれまで、いまとなれば不思議なほどだが、尚を手に入れたいと本気で思ったことはなかった。
自虐的な諦めが心に巣食っていたのかもしれない。

響本人が目をそむけていた尚への思いを、成道は感づいていたのかもしれないと響は思った。だから会うたびに、姉の話を嫌になるほどたっぷりと聞かせてくれていたのではないのか。

響は仕方なく、彼女のおやすみの声を聞くことを諦めることにした。
すでに十二時を回ってしまっている。

彼女、俺の声を聞きたいだなんて少しも思わないんだろうかと、うらめしく思った。
尚の中では、たいした存在じゃないのだと気づかされてため息をつく。

いまはまだいい。だが…。
響は胸がつぶれそうになり、ぐっと肩に力をいれて堪えた。

彼女の交際は続いた時でもせいぜい二ヶ月だと成道が言っていた。
二ヶ月以内に彼女と抱き合えたとして、それで捨てられたら。その後…

生きていけるだろうか?

その自分の考えに、響はぎりっと歯を噛み締めた。
自分の命があと二ヶ月しかないような気分に陥った。

携帯が鳴った。
尚からだと確信した響は大急ぎで出た。

「電源切ってちゃ駄目じゃないか。連絡取れないだろっ」

「……」

黙り込んでいる相手に、響は攻める口調で重ねて言った。

「それにもっと早く電話してくれると嬉しかったのに」

「お前、誰と話してるつもりでいるんだ?」
苦々しい成道の声だった。

「なんだ。お前か」
拍子抜けしすぎて腰が砕け、響はそのまま床に座り込んだ。

「お前、うちの姉貴に何した?」
絶対零度、地を這うような成道の声だった。
殺気だった気を、みぞおちからぐりっとねじ込まれた様な錯覚に陥った。

「何したんだって聞いてんだよ」

なんのことを言っているのかさっぱりわけが分からないながらも、いま、こいつの目の前にいたら、俺、殺されてるかもしれないなと、響は本気で思った。

「お前と彼女の姿見た直後に泣き出したんだぞ。絶対お前がなんかやったんだろ」

響は愕然とした。
あの車に尚が乗っていたなんて、そんな馬鹿な。

「バ、バカヤロウ。お前、なんで姉貴なんか乗せて、あんなとこ車で走ってるんだよ」

「この野郎、理屈に合わねえこと言ってんじゃねぇ」

成道の怒号はだんだんエスカレートしてゆく。
鼓膜の危機を感じて、響は思わず携帯を耳から離した。

心臓がバクバクと暴走を始めた。
成道に会った時、不安に思うべきだったのだ。
女を乗せて走っていたと、尚に告げられたらと。

すでに自分の中でけりがつけていたものだから…そんな不安などまったく湧いてこなかった。
でもいまはそんな心配どころじゃない。

「あれは彼女じゃない。いや、彼女だったけど、いまは彼女じゃないんだ。尚さんに代わってくれ」

「出てこねぇって言ってんだろ」

「それじゃ、いまから行く。三十分で行くから」

「お前な時計見ろよ。今何時だと思ってるんだ」

「知るかっ」

怒鳴り返しながら響は電話を切り、急いで着替えて部屋を飛び出した。



   
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