思いは果てしなく 
その13 成道の暴露



相沢家を訪れるのはひさしぶりだった。
車の音を耳にしていたのだろう、成道がすぐに玄関を開けてくれた。
だが、睨み殺しそうな視線を向けられた。

すぐに彼女のもとに行きたかったのに、明かりのつけてあった居間に引きずり込まれた。

「まず事情を聞こうか?」

「尚さんと逢わせてくれ」

「駄目だ。事情を聞くまでは。話によってはこのまま帰ってもらうぞ」

「この…っ」

怒鳴りつけようとして響は自分を抑えた。
いまは真夜中だ。すぐ近くの寝室で、ふたりの両親も休んでいる筈だ。起こしてしまいたくはない。

響は口早に事情を説明した。
成道から、尚が彼氏と別れたと聞いた時、なんとかして尚と付き合おうと決心したこと。
偶然を装って彼女に逢ったこと。
強引に付き合うことを了承させたこと。

そして昨日初めてのデートをし、今日、付き合っていた彼女と話をつけてすっぱり別れたこと。

「お前、順序が逆だろ。まず別れてから姉貴と付き合うべきだろ、この馬鹿」

怒りにまかせて大声を上げる成道に、響は両手を挙げて静かにと言った。

「すまない。でも付き合ってた彼女とは休日にしか会えなかったし、その…昨日は尚さんと…初めて…の。デ、デート…だったから」

羞恥に顔中を覆われている気がした。
それに口が説明を拒否したがって、言葉をやっと搾り出す始末だった。

成道相手に、なんでこんな説明を。と、響はこの状況に陥る原因を作った自分を呪った。

「だから、その順序を逆にすればよかったんだよ」

「簡単に言うなよ。と、とにかく俺は…」

響は顔を伏せた。
残念なことに、それほど神経が図太くない。

「尚と…いや、尚さんと、少しでも早…その二人きりに…いや、だから…」

初めから聞き取るのも難しいくらい小さかったその声は、耳に出来ないくらいの呟きになっていった。
響は恥ずかしさで顔が上げられなかった。
自分が、一桁の計算すら出来ない馬鹿になった気がした。 
尚逢いたさに、当たり前のことすら出来なくなっていたのだから。

「この童貞野郎っ」

 その大声に、響はぎょっとして顔を上げた。
 
「なんで知ってんだ」
素っ頓狂な声を上げて肯定してしまい、響は思わず口を押さえた。

「ふふん。俺様はなんでも知ってるぞ。まだ聞きたいか?」

「成道、黙れ、何も聞きたくない!」

なんだか嫌な予感がした。
響はその予感を押しのけて背後に振り返った。

いますぐ即死したかった。

そこには相沢家の両親と、驚きで目を見開いている尚が立っていた。
この三人は、いったいいつからここにいたのだろう。
響は放心したまま、三人を見つめた。

「響君は、ずっとずっとうちの姉貴に恋してましたとさ」

へんな節をつけてからかうように成道が言い、響は成道に振り返った。
怒りが舞い戻ってきた。
幾分冷静になった頭で、こいつとは今日かぎり縁を切ろうと決意した。

「でもさ、こいつ自分の恋心にまるで気づかないんだぜ。俺が姉貴のことを話す時だけ、普段鼻につくくらいクールな顔が劇的に変化してるってのに。まあ、その面白い見物を酒の肴にするのが楽しくて、姉貴の情報餌にしてたんだけど」

響は歯を食いしばった。極大の怒りで全身が震えた。
隙あらば、成道の横っ面に一撃食らわせてやろうと響は拳を固めた。

「ここまで長い片思いしてるやつも珍しいよな。でも姉貴も響を好きだったなんて、まるで気づかなかったな。なんか、してやられたって感じだよ」
そういうと、成道は尚に視線を向けた。

尚が俺を好き?
ふいを食らった響も、思わず尚に振り向いた。
だが尚を捉える前に、尚の隣にいるひどく愉快そうな両親と目が合った。
成道の童貞野郎発言は、たぶんここにいる全員の耳に入っている。
響は肩を落とした。

「響、ひとついいことを教えてやろうか?」

その潜められた言葉に、響は後退った。危険信号がちかちかした。
こういう表情の成道は、いつだって何かとんでもないことを口にする。

ぐいっと大またで踏み込んできて、成道が顔を寄せてきた。そして、小声でささやく。

「…嘘だろ」
響は半信半疑で眉を寄せた。

「俺はけっして嘘をつかない」と、にやりと笑う。

「本人に確かめてみろよ」

響は尚に振り返った。
じっと彼女を見つめて、もう一度成道に視線を戻した。

言われなくてもそうする。と胸のうちで呟き、響は踵を返した。
突然歩み寄ってきた響に驚いている尚の腕を掴み。この事態のすべてを、前もって知っていたかのような笑みを浮かべている両親に頭を下げ部屋を出た。

「もう遅いわ。葛城君、今夜は尚の部屋に泊まってゆきなさいな」
相沢家母の朗らかな声が飛んできた。

「お、おい、いくらなんでもそれはちょっ…ヴグッ」
相沢家父の声が聞こえ、最後にぼすっという鈍い音がした。
玄関で一瞬迷ったが、響は尚をつれて階段を駆け上がった。

「ついに童貞喪失か!」
その声の直後、深夜に不釣合いな高らかな笑い声が響き渡った。

あの野郎、絶対に明日、一撃見舞ってやる。
踊り場まで上がった響は、階下を振り返って胸に誓った。




   
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