思いは果てしなく 
その7 望みの時



「何?」

「ううん。どこに行くのかなぁって思って」

「心配?」

「心配?」

響の言葉の意味が分からないらしく、尚がオウム返しに聞き返してきた。

彼女が戸惑っているのを見て響は愉快だった。
だが、彼女が隣にいるというだけで有頂天に拍車が掛かっている自分に気づいて、理性のたがを締めなおす。

「このままラブホテルでも連れてかれるのかな?…とか?」

右手をハンドルから放してちょこっと指で指す。
その方向に彼女が目を向けて驚きの表情をしたのをみて、響の有頂天はグレードアップしてゆく。
そこには鼻のつくほどけばけばしい装飾の施されたモーテルがあった。

と、彼女の笑い声があがった。
彼の言葉を冗談だと取ったのだろう。

もちろん、入るつもりなどなかったが…

「入らないって思い込んでるの?」意地悪そうに聞いてみる。

尚は響と視線を合わせてきた。

「行くわけないもの」
その強めの声とは裏腹に、ずいぶんと不安げに聞こえた。

響は勢いよくモーテルの入り口を抜けて中に入った。
車をモーテルの駐車場に止めて、初めて自分の無茶な行為に驚く。

彼女を見ると、信じられないといわんばかりに口をパクパクしていた。
また愉快な気分が戻ってきた。

「これからどうすればいい?」

こういうところに入ったことのない響は、つい尚に聞いてしまう。
そして自分に苦笑する。
やっぱり無謀だったな、と。

「知らないわよっ。こんなとこ、入ったことないもの」

こういう場所にきっと慣れているだろう彼女が一緒なら、さりげなく行動すればよいと思ったのだが、困ったなと腕組みする。

「こういうとこも、そこここで違うのか? 俺、こういうとこぜんぜん馴染みじゃないんだよな」

「私だって馴染みじゃないわよっ。てか、なんで入るのよっ」

「だって、君が…ま、いっか。せっかく来たんだ行こう」

彼女の腕に手を掛けた響は、次の瞬間、額に強烈なパンチを食らった。





「あー、まだ、痛てー」

本当は映画でも観に行くつもりでいたのに、なんでか公園の芝生に寝転んでいる自分が哀しくも嬉しくもあった。

あのままラブホテルに入って、野望を遂げられていたら本望ではあったが、こうして心配そうに彼の様子を伺ってくれている彼女の瞳が、自分だけに注がれている方がよほど嬉しい。
それに、彼女がそう簡単にベッドインするような女じゃないと分かったことも嬉しい事実だった。

「なにを、にやにやしてるのよ」

「本当は映画館に行こうと思ってたんだ。それがちょっとした冗談で、芝生の上で痛みに耐えてるなんて笑える」

「ごめんなさい。冗談だって分かってたのに。響君があんまりマジに言うから」

あの場面では、本気で言ったのだが。
冗談で片付いて良かった。と、胸のうちでにやりとする。

額に乗せられていた濡れたハンカチを裏返そうとした彼女の手を握り締め、響は自分の額に当てた。

「この方がずっと気持ちいい」

ふたりは大きな木の根元にいた。
大きくせり出した枝と葉が日差しをまばらにさえぎり、淡い影になっている。
広い芝生のあちらこらちに、家族連れやアベックの姿があったけれど、広い敷地なのでほとんど邪魔にはならない。

吹く風も心地よく、ひざの柔らかさと彼女の手のひらにはさまれて、響は至福の睡魔に囚われていった。




   
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