思いは果てしなく

クリスマス特別編
その5 福引スペシャル店長賞



光の洪水…

尚は、大量な光に飲み込まれてしまいそうだった。

眺めている時間のぶんだけ、頭の中に、チカチカ点滅する膨大な光が蓄積されてゆく…

「尚、ここなのか?」

少し不安そうな、それでいてちょっと嫌そうな声で、一緒に店の外観を見上げている響が言った。

「え、ええ」

ふたりがやって来たのは、この間、尚が都奈子とともに来た店だった。

店はこの間来た時より、さらに信じられないほど豪華なイルミネーションで輝いていた。


あの日、都奈子との食事を終え、レジで支払いを済ませた尚の目の前に、クリスマス色にデコレーションされた派手な箱が突き出された。

福引の箱だった。それも、手作りとわかるもので…
箱には、『店長スペシャル福引祭』と、色紙で作られた、リアルに手作り風味の文字がくっ付いていた。

くじは、空くじ無しということで、都奈子は参加賞ともいえる5等の『当店オリジナルドレッシング』をもらい、続いて尚が引いた。

箱に手を突っ込むと、小さな玉が手に触れた。尚は玉をコロコロと転がし、そのひとつを手に握り締めた。

なぜか、店員がごくりと喉を鳴らした。
どういう訳か分からないのだが、どうも物凄い期待を背負わされているような気がしてならなかった。

尚が取り出した玉は、なんと金色だった。
それを見た店員は、尚が腰を抜かすほどテンションを上げた声で叫んだ。

「で、出ましたぁぁぁ。スペシャル店長賞、出ましたぁぁぁぁ」

黒スーツに蝶ネクタイの店員は、叫びながらぴょんぴょんと飛び上がり、事態にぎょっとしたまま固まっている尚の前には、どこから飛んで来たのか、恰幅の良い中年の男性が、すかさずといわんばかりにさっと現れた。

「素晴らしい幸運の持ち主でいらっしゃいますね、お客様。おめでとうございます」

「は、はあ」

「ねぇ、いったいなんなの?」

都奈子が横合いから口を出してきた。

恰幅のいい男性が、後ろで興奮に赤を赤らめている若い店員に合図を送ると、若い店員は心得ていますと言わんばかりにお辞儀をし、笑顔を向けて説明し始めた。

「スペシャル店長賞。つまり、イブの夜のスペシャルディナーを、ペアでご招待させていただきます」

「イブの夜のディナー?ペアで?」

都奈子が、なぜか感心したような口調で言った。

「はい。さようでございます」

尚は目を丸くした。
ご招待というからには、やっぱりタダなのだろうか?

説明を終えてにこにこしている店員の腕を、店長が催促するように肘で突いているのに、尚は気づいた。

「あ、は、はいはい」

店員は、店長の催促で何か思い出したらしく、また口を開いた。

「まさかと思いますが、すでにイブの夜のご予定がおありなどということは?」

…まさかは余計だ

尚に笑顔を向けたまま、店長らしき恰幅のいい紳士は、ひどく小さな声で、店員の背中を小突きながら叱責した。

叱責された店員は、笑顔のまま狼狽し「す、すいません」と返した。

「それで?お客様?いかがでしょうか?」

「あ…は、はい」

イブの夜は、響とはっきり約束したわけではないが、一緒に過ごせるものと思っている。
響さえ一緒なら、場所などどこでも良かったのだが…

「ディナーもいいかも」

「そうでございますか。では、お客様、これにサインを…」

店長は、尚の前に紙とペンを差し出した。
その紙を読もうとした尚だったが、都奈子がひったくるようにして手に取り、仔細に検分しはじめた。

「うん。いいじゃないの。これ」

「お嬢様方、このディナーにおふたりでいらっしゃるのですね?」

お嬢様という呼び方に、都奈子はほどよく気分を良くしたようだった。
にっこり微笑んだ顔で都奈子は首を左右に振った。

「いいえ。彼女と彼女の恋人がペアで来ますの」

「そっ、それはっ!! な、な、なんと」

店長は、ありえないくらい舞い上がった様子で、飛び上がった。

「幸せな恋人たちの特別な夜を、演出させていただくことが、私の趣味…い、いえ、私の望みであり願いであります。いや、これは誠に嬉しい」

「店長、良かったですねぇ」

ノリが良すぎる奴なのか、店員もまた、こくこくと頷きながら店長の喜びに感激している。

店内のテーブルについているお客たちは、レジのあたりでいったい何が起こったのかと。先ほどから首を伸ばし気味にしてこちらを窺っている。

遅ればせながらそれに気づいたらしい店員、店長にそっと耳打ちし、尚と都奈子は、ディナー当日の打ち合わせのために、店の奥へと通されたのだった。

そして、にこやかに微笑み続ける店長は、都奈子の提案に、なんでも服従という感じで、ロボットのごとく、首を縦に振り続けたのだった。


そして現在に至る…


「尚」

名を呼ばれて、響の方に顔を向けた尚は、彼の暗い影のある表情に驚いた。

「どうしたの?響君」

「いや…ふたりにとって、初めてのイブの夜なのに、タダのディナーなんかで良かったのかと思って」

「で、でも、すっごい豪華みたいなの。それに店長さんノリノリで、断れる雰囲気じゃなかったし…」

「ノリノリ?」

「なんかね、恋人たちを幸せにするのが生きがいなんだって…」

「生きがい?」

「う、うん、そう」

その時、いつまで経っても中に入って来ないお客に痺れを切らしたのか、店のドアが開き、黒服の男性が現れた。

この間の、派手なくじの箱を突き出してきた店員さんのようだった。

「いらっしゃいませ。聖夜の夜…あ…ちが…こ、こほん。聖夜の…店長スペシャルディナーへようこそ。おふたりのお出でを、心よりお待ちしておりました」

なんとか台詞を正確に言い終えたらしい店員は、ほっとした様子で後ろ手に隠していたボードを前にさっと出した。

きらきらの光に囲まれた中に、『葛城響様、相沢尚様に 今宵、夢の夜を』と書いてあった。

手書きらしい文字は、気合は入っているものの、あまりうまくない。

あの店長さんの文字かもしれないと思ったのは、店を後にして、この時のことを振り返った、明日を迎えた尚だった。

で、いま現在の尚は、目が点になっていた。

「あ」

響はそれだけ言ったが、この濃厚な歓迎ムードに、完全に気が引けているようだった。

「それではこちらに」

ボードを胸の前に抱えた店員がそう促してくる。
響ががしっと、尚の手をにぎりしめた。

なんだか命が危うくなったカップルのように、響の手から危機感が伝わってくる。

響が尚を振り向いてきた。

ほんとうにここでいいのか?と心の声がはっきりと聞こえた。

尚は不安な瞳で頷いた。響も不安な瞳で頷き返してきた。

店員は店の中に入らず、イルミネーションで飾られた小道を上へと上ってゆく。

「君、店に入るんじゃないのか?」

「はい。こちらに特別ルームがあるんです。少し上っていただきますが…ううおっ…あ、足元お気をつけください」

ううおっと叫んだとき、店員は後ろを向いたまま歩いていたため、自分がつまずいて転びそうになったのだ。

転びそうになりながらも、客にお気をつけくださいと言う辺り、プロなのねぇと尚は感心した。

だんだん近付いてくる目的の場所は、小さなお城のようだった。

尚は、店長と都奈子がノリノリで創り上げたプランを、ひとつずつ思い出していた。

響が一緒ならどこでも楽しめる尚はいいが…響はどうだろう?

「あの響君」

繋いだままの響が手が、尚の手をぎゅっと握り締めてきた。

「何?」

「わたしは響君と一緒で嬉しいんだけど…響君、ここでは楽しめそうもない?」

尚は響の耳元に唇を近付け、前にいる店員に聞こえないように小さな声で尋ねた。

「尚が楽しめるなら俺はどこでもいいんだ。ただ…」

「ただ?ただ、何?」

「おふたりのためのディナールームへようこそ♪」

聞いたことのある声に、響の言葉の先はひどく気になっていたが、尚は顔を向けた。

ノリノリの店長だった。

「あ、どうも」響が律儀に答えた。

「今宵、イブの夜、おふたりのために、忘れられない最高の夜を…」

劇的な仕草つきでそう言うと大袈裟にお辞儀をし、店長はディナールームと呼ばれる小さな館のドアを大きく開き、大きな身振りでふたりを中へと手招いた。

この場の熱い雰囲気、店長の熱弁…

何もかもに圧倒された尚は、響の腕に縋りながら、中へと入って行ったのだった。




   
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