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おまけ♪ 店長スペシャル福引祭
二人連れのお客を見送ったところで、ため息をついていた彼は、誰かに肩を叩かれて振り返った。
彼の主である、この店の店長兼、オーナーだった。
「なあ、また出なかったのか?」
物思わしげな店長の瞳を見つめ、彼は口ごもった。
「そうか…」
店長は、まるで自分をあざけるような目でふっと笑うと、肩を落としてその場から去って行った。
彼は、自分が両腕に抱えている派手な箱に視線を落として、またため息を付いた。
彼に魔法が使えるのならば、店長の望みを叶えてやりたい…けれど、彼にはそんな力はない。
この箱は、店長が自分で作った福引の箱だ。
そのことからも、店長がいかにこの催しに力を入れ、情熱を傾けているのかが分かろうというものだ。
あのいささか変わり者の、けれど店員思いのやさしい店長は、素晴らしいイブの夜を楽しんでもらい、『俺、サンタクロースになっちゃったよ』的な気分を味わいたいのだ。
あの、店長の娯楽で作られた、スペシャルルームで…
あのスペシャルルームのディナー。
お客にすれば言うことなしだろといえる濃い内容なのに、申し込みは案外少ない。
濃すぎるのが問題なのかもしれないと、この最近、彼は思っていた。
それでも、迎えたお客様の中には、忘れられない感動を店長のみならず、スタッフ全員に与えてくれるカップルも多い。
そんなワクワクするような経験があるから、赤字になっても、店長はこの企画を止められないのだ。
くじは、特等から5等まであり、空くじはない。
クリスマスの二ヶ月前から始まった福引は、初め200個の玉が入っていた。
もちろん金色の玉は最初から入れてあった。
だから…200人で終わるはずだったのだ。なのに…
いまだに特等が出ないのだ。
スペシャル店長賞と名付けられた特等だけが…
特等は、なぜか玉が数えるほどまで少なくなっても出なかった。
だが、最後の一個が特等なんてのは、いくらなんでも客がしらける。
というわけで、仕方がないから、程よく玉を補充しつつ、福引を続けてきたのだが…
それが延々と続いて、いまに至っているのだ。
クリスマスイブの日まで、そんなに日数が残っていない今、特等を当てたカップルは、すでにイブの予定を持っているなんてことになる確率はとんでもなく高い。
特等が出ないことも、そのことも、店長の憂いの原因になっていると言うわけだった。
彼は両手にした箱を小さく振り、中の玉の量を確めた。
あと、10個くらいだろうか…
どうしてあの金色の玉は、こうも強情に出て来ないのだろう?
気を沈めていた彼は、店の奥から二人連れの女性がレジにやってくるのに気づいて、慌てて箱をレジの下に押し込み姿勢を正した。
澄ました顔で会計を済ますと、さっそく箱を取り出してお客の前に突き出したが、店長が色紙で貼り付けた『店長スペシャル福引祭』の文字が、自分に向いているのに気づき、彼は急いで向きを変えた。
なんのことかと戸惑っている女性客は、彼のいまの失態に気づかなかったようで、ほっとした。
ずいぶんと綺麗な女性の二人連れだった。
彼は、ふたりの美女に気取られないように目を見張った。
初めにくじを引いたスレンダーな雰囲気の美女は思い切りのいい性格らしく、彼が気を揉む暇も与えず、さっと手を突っ込んで玉を取り出していた。
白…
彼はがっかりした。
白は5等だ。
スペシャル店長賞の玉以外は、いまはすべて白なのだ。
10個ほど残っている玉のうち、特等1個…
店長には、あまりに確率が低いから、いっそのこと半分くらいを金色を混ぜてはどうですかと勧めたのだが、複数の客が続けて引いて、ふたりとも当たったらどうするのだと、当たり前のことを諭された。
それは確かにその通りで…
だが、このままでは、イブになっても、当たりなど出そうもない。
彼は望みを託して、次の女性の前に箱を突き出した。
こちらはまた、ずいぶんと男をそそる雰囲気の、色気のある女性だった。
彼女が箱に手を突っ込み、中でコロコロと玉を転がしているのが分かる。
彼は心の中で手を合わせた。
金色、金色…金、金、金…
神様、女神様、天使に天女、それからサンタ…この際、誰でもいいから願いを叶えてくれっ!!!
コロコロという音が止み、彼女が玉を掴んだかのが分かり、彼は思わずごくりと喉を鳴らした。
取り出された玉は…?
き、き、き、金!!!!!!金色だあっ!!!!!
「で、出ましたぁぁぁ。スペシャル店長賞、出ましたぁぁぁぁ」
あまりの嬉しさに、彼は叫びながら自分がぴょんぴょん飛んでいることに気づかなかった。
いつの間にやら、店長が颯爽と現れて、彼の横に並んでいだ。
憂い顔はかなぐり捨て、いまや晴れ晴れとした光り輝く笑顔になっている。
「素晴らしい幸運の持ち主でいらっしゃいますね、お客様。おめでとうございます」と店長が言った。
「は、はあ」
色気たっぷりの美女は、どうも事を理解している様子ではない。
とんでもない幸運を引き当てたというのに、なんのことやら分からないらしく、ぽかんとしている。
彼はもどかしさに駆られた。
「ねぇ、いったいなんなの?」
先ほど5等を引いた、幸運の持ち主の女性の連れが、横合いから口を出してきた。
店長が合図を送ってきて、彼はすかさず頷き、幸運な美女に向けて説明を始めた。
「スペシャル店長賞。つまり、イブの夜を、スペシャルディナー、ペアでご招待させていただきます」
「イブの夜のディナー?ペアで?」
なぜか、連れの美女の方が興味深々で尋ねてきた。
もしかすると、ディナーは、このふたりの女性でということになるのだろうか?
彼は少し心配になった。
それだと、少しばかり店長はがっかりするだろう。
「はい。さようでございます」
幸運な美女が目を丸くした。
説明を終えて取り澄ましていた彼は、店長に肘をどつかれた。軽くだが…
「あ、は、はいはい」
そうだった。すっかり失念していたが、なにより大切な質問があったのだった。
「まさかと思いますが、すでにイブの夜のご予定がおありなどということは?」
「…まさかは余計だ」
店長の小声と同時に背中を小突かれ、彼は自分の失態に少し慌てた。
「す、すいません」
「それで?お客様?いかがでしょうか?」と店長が尋ねた。
「あ…は、はい」
美女は迷いを見せている。
彼は店長とともに、息を詰めて答えを待った。
「ディナーもいいかも」
美女がぽつりと言った。
彼はその嬉しい返事に、思わず飛び上がりそうになった。
「そうでございますか。では、お客様、これにサインを…」
店長は、約束を確かなものにしようとしてか、すかさず客の前に紙とペンを差し出した。
形だけの書面なのだが、それを読もうとした女性の手から、連れの女性が紙をひったくるように取り上げた。
そして仔細に検分しはじめた。
その疑わしげな様子に、店長はいささか傷ついたようだった。
「うん。いいじゃないの、これ」
スレンダー美女の言葉に、彼はほっとした。
「そうだ。ちょっと、ご相談があるのだけど、奥で話せません?」
「ご相談でございますか?でも、これを当ててくださいましたのは、こちらのお嬢様で…ああ、わかりました。このディナー、お嬢様方、おふたりでいらっしゃるのですね」
店長は、残念そうにそう尋ねた。
なのに、微笑をたたえた連れの女性は、首を左右に振ったのだった。
「いいえ。彼女と彼女の恋人がペアで来ますわ」
彼は思わず店長と顔を見合わせた。
恋人と…ペア…
「そっ、それはっ!! な、な、なんと」
店長の喜びはマックスまで跳ね上がったようだった。
「幸せな恋人たちの特別な夜を、演出させていただくことが、私の趣味…い、いえ、私の望みであり願いであります。いや、これは嬉しい」
「店長、良かったですねぇ」
さんざん騒いでしまったあとだが、彼はテーブルに座っている客がこちらに首を伸ばして何事かと視線を向けているのに、遅ればせながら気づいた。
店長は、ふたりの女性をともない店の奥へと入って行った。
まるで大役をやり遂げたようで、彼は素晴らしく爽快な気分を味わった。
店長スペシャル福引祭の箱を、ねぎらいの意味で、彼はぽんぽんと軽く叩いてやった。
なんだかやたらに嬉しさが湧き、涙すら零れそうになった。
End
あとがき
響と尚、ふたりのイブの夜を素敵に演出してくれる形になった、裏方の店長と店員さん。
ご苦労様でした。笑
プログにも書きましたが、このお店はすでにやさしい風のお話の中に登場しています。
深沢さんが、澪にプロポーズする場所として選んだお店ですね。
深沢さんは、この店を選んだ自分の首を絞めたいくらい後悔しましたが、それでも澪は、彼の期待以上に喜んでくれましたから、後悔に揉まれながらも、彼は本望だったと思います。笑
店長さんは、指輪の箱を計画通りに置かなかった深沢さんに、さんざん手こずらされたけれど、澪と深沢さんは、彼に深い感動を与えてくれた思い出深いカップルになりました。
そして、今回の響と尚。
イブという特別な夜。
彼の勧めに、それなりに素直に従って、甘いダンスを披露してくれたふたり。
「響、君は良くやった!」と、ねぎらいたい…笑
極めつけは、予定になかった最高のことを、やってくれた響。
彼は、デザートの真ん中の台に、自ら指輪の箱を置いてくれたのですから。笑
もちろん、指輪が用意されていることなど、店長は知りません。
デザートの真ん中の台は、真実アイスクリームが載るためのものだったし、最後にはちゃんとアイスクリームが載りました。
店長さんの驚きやいかに? 見てみたかった…笑
金色の玉は、きっと尚の来店を待ってたんですよね。そう思います。
店長と店員さん、また何気に登場して欲しいものです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
おまけのお話。
少しでも楽しんでいただけていたら、嬉しいです。
あなたにも、尚の幸運を…♪
fuu
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