続 思いは果てしなく 

旅はドタバタ
その5 内情



「ちょっと、お邪魔するよ」

宗司の遠慮がちな言葉に、響と尚は、ふたり「はい」と声を合わせ、顔を見合わせて微笑みを共有しあった。

「尚、諒子さんが、呼んでるよ」

「なにかしら?響君ちょっと行ってくるわね」

尚は、何でもなさそうにそう言ったが、いましがたの抱擁でほてった頬は隠しようがない。
宗司が気まずげに唇をすぼませ、響は内心笑いを堪えた。

尚の姿が見えなくなって、少しの間をおいてから、宗司が俯いたまま口を開いた。

「響君、ちょっと話があるんだが、いいかな?」

「なんですか?」

「まあ、その、なんだ」

「はい?」

「つまりその、男女が、その結ばれるのは、やはり結婚式の後であるべきだと、そう思わんかね。響君。君もそう思うだろう?」

「あ…はあ」

響は眉を潜めた。
相沢父は、すでにふたりが結ばれたと思い込んでいた筈だが…

「バージンロードを歩く以上、やはりその、心身ともに清くあるべきだと、君も思わんかね。いや、思うだろう?響君」

「は、はあ」

響はやっと、事に気づいた。
成道だ。そうに違いない。

成道は、頑張れとか言いながら、父親にバラしたのだ。
こうなることを予想して、だろう。

まったくあいつは…

成道を罵りかけた響は、この旅行のきっかけとなった経緯を思い出した。

そうだった…

「まあ、わたしとしても同じ男だからね、君の気持ちも分かるんだよ。でもまあ、結婚までそう遠くないだろうし…まず、今日のところは…ということで、ね、響君」

「分かりました」

…と言っておきます。と声に出さず響は続けた。

響の言葉に嬉しげに頷いた宗司に、少しの罪悪感を感じながら響は頷き返した。





山奥の宿にしては、驚くほど豊富な料理が出された。

談笑しつつ、酒を酌み交わしながら相沢の家族と料理をつついていたら、自分の両親のことが頭に浮かんだ。

響の両親は、父の仕事の都合で、いまは他県に住んでいる。
実家にはすでに結婚している兄が妻子とともに住んでいて、この最近はあまり顔を出していなかった。

婚約のこともあるし、両親にも兄にも、そろそろ尚を紹介しておくべきだろう。

だが、ひと波乱あるかもしれない。
響の父親は、冗談を言う愉快な人柄である一方、ひどく頭が堅いところがある。

尚が年上だと知って、あの親父は、快く祝ってくれるだろうか?

いっそのこと、婚約してから報告…

「響君。はいどうぞ」

尚の声と共に、彼女の手が響の腕に触れ、響は隣に座っている尚に顔を向けた。
ビールの瓶を差し出している。

浴衣の襟が少し着崩れして、胸元が開き、いつにもまして色っぽく、その表情にも艶がある。

響は尚の姿を味わいながら、空に近かったコップに、ビールを注いでもらった。
尚自身は、ほとんど飲まず、ちょこちょこと料理をつついているだけだ。

「尚、あんまり食欲ないみたいだけど…」

「ううん。そんなことない。いっぱい食べてるし、もともと食が細いだけ」

「ほらごらんなさい、尚。コーヒー牛乳飲まなくたって、たいして食べられないんだから、無くてよかったのよ」と、諒子が言った。

「え?あ、コーヒー牛乳…」

響は、諒子と尚を交互に見ながら呟き、なんとなく意味がわかって眉を曇らせた。

「違うってば。響君、いつもと同じくらいたくさん食べてるの。関係ないから」

関係ない筈がなかった。響のありがた迷惑な行為のせいで、尚はせっかくのご馳走を…
響は、気が落ち込んだ。

「尚、ごめん」

「どうしたんだよ」

父親と話し込んでいた成道が、こちらに向いて問いかけてきた。

「あ・ら、…もしかして、尚…飲んだの?」

何が起こったのか気づいたらしい諒子が言った。
尚は座ったままで、地団太を踏むような仕草をして頬を膨らませた。

「だから、とっても嬉しかったし、美味しかったの。食事だって美味しく食べてます」

その言葉の勢いか、尚はビールのコップを掴んでぐいっと飲んだ。
心のうちを分かってもらえない、もどかしさからの行動のようだった。

「尚の気持ち、分かったから」

響はそう言って、尚の頭にやさしくふれた。

ほのぼのとやさしい空気が部屋に満ちた気がした。
場もすぐに元の雰囲気に戻り、賑やかな宴のまま幕を閉じた。

宴の終わりの方は、酒に弱い宗司は半分眠っているような状態だった。
食事の片づけが終わる頃には、座布団を枕に宗司は熟睡していた。

布団を敷いて宗司を寝かせた四人は、尚の提案で、ボードゲームをすることになった。

なんで旅に来てまで、と文句を言っていた成道と諒子のふたりが、目から炎を燃えたたせるほど、熱中したことは言うまでもない。




   
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