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おまけ
旅から帰った翌週、響は久しぶりに成道と二人で酒を飲んでいた。
尚は、海外に住んでいる高校の時の友達が帰国したとかで、仲の良かったみんなを集めた臨時の同窓会に出かけていた。
野郎がいるのか心配だったが、尚の口ぶりでは女性だけのようだった。
「それで、あの時、何があったんだよ。いい加減、教えろよ」
あの露天風呂での顛末など、誰にも話せるわけがない。
風呂から飛び出して行く時の、尚のくぐもった叫び声を聞いてしまった成道は、気になって仕方ないだろうが。
「尚は、後から入ってきたから、隣にお前がいるのを知らなかったんだよ。それで驚いたんだ」
「ちぇっ。それだけじゃないだろう?絶対に、何かもっと、こう、どえらいことが…」
響は成道を相手にせず、枝豆を摘んで口に放り込んだ。
「そんなことより、お前、ひとのこと賭けの対象にして、ずいぶん楽しんだみたいじゃないか?」
響の言葉に成道がにやりと笑った。
「そう言うなよ。遊びだ遊び。…けど、絶対に俺が勝ったと思ったのになぁ。おかげで母に、1万も取られたんだぞ、俺は」
「何言ってんだか…」
響は呆れ顔でそう言いながら、胸のうちで大笑いしていた。
相沢家の三人は、尚と響が結ばれたと思い込んでいる。
あくる朝の尚のとった態度は、そうとしか思えないものだったのだ。
成道は悔しがり、諒子は響に良くやったと大きな笑みを見せて、肩を何度も叩いてきた。
宗司の様子だけは、思い返すのも気の毒になるほどだったが。
「ところで、成道」
「なんだ?」
「尚は怪奇現象に良く遭うとかって言ってたんだけど…お前も遭った事あるのか?」
あの夜、尚が寝てしまってから眠りが訪れるまで、尚を抱きしめたまま響は戦々恐々としていたのだ。
結局のところ、何事も起こりはしなかったのだが…
おかげで、眠っている尚に変な気を起こして苦しまないで済んだものの、これからのことを考えると不安でたまらなかった。
「ああ、怪奇現象か」
覚えありと匂わせるような成道の反応に、響はびくりとした。
「あるのか?」
「あれ、俺」
「は?」
「俺の仕業」
成道の答えに、響はやっと理解した。
「お前…」
「尚、中坊くらいまでは、俺のいろんな仕掛けに素直に驚いてくれて、楽しめたんだけど、慣れてきちゃってさ。まったく怖がらなくなっちまったんだよな。それでつまらなくなって止めた」
「成道、お前なあ…」
呆れるなんてものじゃなかった。成道ならやりそうなことだったが…
尚があまりに憐れで、響は胸が迫った。
「終わったことじゃないか。あの頃は俺も青かったよ」
何があの頃はだ。いまだって、十分過ぎるほどだ。
「ほんっとに、最悪な悪ガキだな。お前」
あははと成道が声を上げて笑った。そして、ふっと表情を変えて、「でも」と口にした。
響を含みのある瞳でたっぷりと見つめてから、成道は口を開いた。
「尚は霊感ありそうだし、俺の悪戯以外に、本物の怪奇現象に遭遇していないとは、俺も断言できないぞ」
「馬鹿馬鹿しい」
響は即座に否定したけれど、不安が忍び寄ってくるのを押さえられなかった。
End
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