シンデレラになれなくて

祖父 徳三編



第二話 悔恨



大学の校内を歩いていた徳三は、前から歩いてくる教授の麻生に気づいて小さく頷いた。

「蔵元理事長」

ひとのいい笑顔を向け、何か用があるらしく、麻生は歩みを止めた。

それに応じて、徳三も足を止める。

「何かあったかね?」

徳三は、期待が顔に出ないように気をつけながら、さりげなく尋ねた。

この麻生は、三次と結託して徳治をこの大学に来させた張本人だ。

徳治がこの大学の教授となって半年、麻生は顔を合せるたびに、徳治のことをさりげなく語ってくれる。

徳治の話を聞くことは、徳三のなによりの楽しみになっていた。

口には出さないが、麻生には心から感謝している。

また徳治のことについて、何か?

「もうすぐ大学のほうは、受験生の面接ですが……」

面接?

期待に心躍らせていた徳三は落胆した。

なんだ、そんな話か……

「ああ。そうだったな」

「面接には、参加されませんか?」

「ああ、そのつもりだ。私など必要なかろうからな。理事はいつもの顔ぶれが出席するだろう」

理事長の徳三が同席しては、必要以上に受験生を緊張させてしまう。

受験生だけでなく、教授陣もだろうが……

「そう……ですか……うーん」

麻生は、なにやら含みのある表情になり、首を捻っている。

「うん? なにかあるのか?」

「実は、徳治君の娘さんが、造形学部を受験することになったのですよ」

そのひと言は、もちろん徳三の胸に少なくない衝撃を与えた。

孫娘の愛美は、いまこの大学の付属高校に通っているのだが、徳治と同じように、徳三は会っていない。

「そうか……」

この大学を……

「参加なさるなら、私の方で伝えておきますが……」

麻生はそう言って、徳三の答えを待つ。

会ってみようか……なにかが……変わるかもしれない。

「参加……するとしよう」

徳三は迷った末に、そう返事をしていた。

麻生は柔和な顔に喜びを滲ませ、賛成の意を表すように強く頷く。

「では、そう伝えておきます」

「ああ」


後方へと歩いてゆく、麻生のどこか軽い足取りをしばし眺め、徳三は自分の部屋に向けて歩き出した。

理事長室に入った彼は、椅子に深くもたれるように座り込んだ。

彼の孫娘……

取り去れない罪の意識に苛まれて、幾年が過ぎただろう。

あれは、いつのことだったのか……?

孫娘は、まだ小学校の低学年だった。

徳治の妻が、孫娘を連れて蔵元の家にやって来たのだ。

仲違いしている親子の仲を元に戻したいという、思いやりの気持ちから……
だが……

どうしてか、孫娘の顔をみた途端、徳三は強烈な恐れを抱いた。

得体の知れぬ激しい恐れに囚われた彼の口から飛び出したのは、思い出したくもないほどの、罵りとそしりの言葉だった。

親子は……泣きながら帰っていった。

息子の愛した女性と、愛する娘へのひどい仕打ち。

三次が仲違いを解消してやろうとどんなに頑張ろうとも、徳治はけして徳三を許しはしないだろう。

だがそれでいいのだ。彼は罰されるべき人間なのだ。

最後に徳治に会ったのは、いつのことだったろう?

徳治が大学を卒業する前だったか?

徳治もまたこの大学の造形学部に通っていた。
息子の顔を見る最後のチャンスかもしれないと、焦りに駆られ、造形学部にまで出向いていき、徳治を遠目に見た。あれが最後……

卒業後間もなく、徳治は結婚したとのことだったが、その知らせが、当時の彼の耳に届くことはなかった。

そのことで、徳治は蔵元家と完全に縁を切ると決めたのだと、徳三は受け止めるしかなかった。

周明が、それから数年後に亡くなったことすら、彼は知らなかったのだ。

周明は徳三を許すことなく他界してしまった。

そして徳三は……謝罪を受け入れてもらい、ほんの僅かでもこの罪の意識を軽くする機会を……永遠に失った。

三次は、親子の仲直りなどと軽く考えているようだが……

孫娘は……自分を恨んでいるだろう。

恐ろしい祖父のことは、鮮明に記憶に残っているはずだ。

徳三は顔を歪めた。

どんな娘に育っているのだろうか?





   
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