シンデレラになれなくて

祖父 徳三編



第三話 己への苛立ち



面接が開始され、かなりの数の受験生が目の前に座ったが、徳三は黙したまま座っていた。

面接には、まるで気を向けられなかった。

目の前に椅子に座っているのがどんな生徒で、どんな作品が回されて来たのか、少しも意識に入ってこない。

彼は手元にある名簿に目を向けた。

もうすぐ順番が来てしまう。

どうして参加することにしてしまったのか……?

今頃そんなことを考えても仕方がないのに、そのことばかり考えてしまう。

もしや、ここに来るべきだという神の考えで、自分はこの場に連れ出されたのか?

それは何故なのか?

その答えは、たぶん、もうすぐ出るのだろう。

「……早瀬川さん」

その名が耳に響き、徳三は、開かれたドアに目を釘付けにした。

ひとりふたり、そして三人目が入ってきた。

その顔を目に収めた徳三は、血が凍ったような衝撃を受けた。

し、静音!

心臓が、破裂しそうなほどの勢いで動き始めた。

頭がふらりとして、一瞬目の前が真っ暗になる。

こんな場で倒れるわけにはゆかない。その思いだけで、徳三は両手で机の端をぐっと掴んで耐えた。

彼が己と戦っている間にも面接は進み、愛美の質疑応答が始まった。

緊張した面持ちで、質問に答える孫……

いや、彼女は孫ではない……彼女は……彼女は……

目の前に、焼き物の皿が回ってきた。

受け取った皿の重みのおかげで、徳三は現実に戻れた気がした。

おとなしい絵柄だったが、息づくような力を秘めているように思えた。

周明や徳治とは違う……似ているのは……

静音。

私を……罰しに来たのか?

徳三は息を詰め、目の前の愛美を見つめた。

彼を不安そうに見つめている孫娘の表情に、徳三は恐れの混じった怒りが突き上げてきた。

この娘は静音などではない!

そんなことが、あるわけがないのだ!

いくら、その姿が瓜二つであろうと……その声が似すぎていようと……

「では、以上で……」

「ひとつ質問したい」

徳三は、愛美を射抜くような目で見つめながら言葉を口にしていた。

突然、徳三から言葉をかけられた愛美の表情は、それまで以上に緊張で張り詰めたものになった。

静音なんかじゃない!

徳三は胸の中で呟き、胸にある怒りのまま言葉を押し出した。

「君は、陶芸などで身を立てられるほど、自分に才能があるとでも思っているのかね?」

厳しい口調で言葉がほとばしる。

徳三のことを恐ろしいと感じているのが明らかなのに、愛美は視線を逸らすこともできず、ごくりと唾を呑み込み、おずおずと口を開いた。

「わかりません。でも、土をこねるのが好きなんです」

「甘いな。好きだけで生きてゆける世の中ではないぞ」

「……そうかもしれません」

肩を落として呟くように答える孫娘。

徳三の中では、彼自身が彼を激しくなじる。

性懲りもなく、お前はまた、孫娘の心に傷つけるのか?

こんな場にのこのこ出てきたのは、徳三、お前なのだぞ!

「もう、質問の方は、よろしいでしょうか?」

遠慮がちな声に、徳三は吐き気を覚えながら「ああ」と答えた。

もう愛美に視線を向けることもできず、徳三は手にした孫娘の作品を、隣にいる理事に押し付けるように渡していた。





大学の中に設けられた理事長室の椅子に座って書類を捲っていた徳三は、机の上に置いていた携帯が鳴り出し、手に取って相手を確認した。

三次か。

「なんだ?」

「父さん、今日は大学なんだよね」

「ああ」

「僕もいま来てるんだ。麻生教授の部屋なんだけど……麻生教授が、たまにはコーヒーでも一緒にいかがですかってさ」

「何か企んでるのか?」

徳治がその場にいるのかもしれないと思えてならず、徳三は試すように聞いた。

三次は、徳治がこの大学にやってきて以来、どうにかして二人を合わせようとしてくる。

「いないよ。徳治兄さんのことならね」

徳三は眉を上げた。

三次がいないというなのなら、いないのだろう。

「僕等がそっちに行ってもいいんだけど、麻生教授、そっちの部屋は落ち着かないってさ」

徳三は笑みを浮かべ、「わかった」と答えて電話を切った。


麻生だけでなく三次も、徳三が本当のところ何を望んでいるのかわかっている。

徳治の近況を聞きたくてならない徳三の気持ちを……

こうして息子の誘いに乗って、いそいそと麻生の部屋に向かっている自分が、徳三は滑稽でならなかった。


ドアをノックして、彼は「私だ」と声をかけた。

中に入ると麻生と三次がいて、すでにコーヒーのいい香りが漂っていた。

徳三は傍目には麻生の一方通行としか思えない話に、一心に耳を傾けながら、無表情でコーヒーを啜った。

だが残念なことに、十分ほど経ったところで、麻生に電話がかかってた。

用事を済ませてきますと断りを言い、部屋から出て行ってしまう麻生を、徳三は気落ちして見送った。

「楽しそうだったね」

徳三は顔をしかめた。

この息子ときたら、されたくない指摘をわざわざ口にする。

「なにがだ?」

「わかってるくせに。素直じゃないんだから」

「お前は考え違いをしとる」

「そうかな? ともかく、僕は近々兄さんを父さんに会わせようと思ってる。実は、兄さん、会ってもいいような事を言ってるんだ」

徳三は返事ができなかった。

徳治が、顔を見たくもないはずの父親と、わざわざ会おうとする目的はわかっている。

面と向かって罵りたいなら、それを甘んじて受けるつもりだ。

いや、罵ってくれたほうがありがたい。

「愛美さんもいい子だよ。父さんも会いたいだろう?」

徳三は黙り込んだ。

孫娘にはすでに会った。そして、最悪の印象を植えつけた。

あの出来事は、当然徳治にも伝わったに違いない。

そして徳治は、さらに父への侮蔑を深くしたというわけだ。

孫娘には、もう二度と会うことはないだろう。

心が沈んだ。

徳治は父親と顔を合わせたら、言いたいことが山ほどあるに違いない。

考えてみれば、これまで彼の元に怒鳴り込んで来なかったのがおかしいくらいなのだ。

むっつりとして考え込んでいると、ドアがノックされた。

どうやら麻生の客のようだ。

麻生が戻って来たのなら、几帳面なノックなどしない。

「はい。どうぞ」

相手を確かめることなく三次が返事をしたことに、徳三はどきりとした。

まるで、この来客を待っていたかのようだ。

それはつまり、三次はこの客が来るのを知っていたということ……

まさか、徳治?

徳三は緊張を感じつつ、開き始めたドアを凝視した。

「こんにちは」

明るい声で入ってきたのは、小柄で愛らしい顔をした少女だった。

な、なんだ……

ほっとしたが、少女はひとりではなかった。

その後ろ入ってきた人物を見た瞬間、徳三の身が強張る。

「いらっしゃい」

立ち上がった三次は、ふたりをもてなすように声をかけたが、その声は徳三の耳に届いてはいなかった。

ハッと我に返った徳三は、孫娘に張り付けていた視線をぎこちなく外した。

「お客様がいらしたんですね。すみません。わたしたち外で待ってます」

「いえ。桂崎さん、いいんですよ。紹介します。私の父です」

「父さん」

彼の心情など知らず、三次は父親に向けて、楽しげにふたりの少女の紹介を始めた。

「彼女は桂崎百代さん。それと、あちらの方は、早瀬川愛美さんですよ」

「こんにちは」

「こ、こんにちは」

その緊張した硬い声は、徳三の咎めを感じている部分に鋭く切り込んできた。

孫娘の声には、恐れが混じっている。

それも当然……

徳三はとてもこの場にいられず、立ち上がると、ふたりに向けてほんの少し頭を下げ、三次に顔を向けた。

「話はわかった。お前の好きにすればいい。私のあずかり知らぬことだ」

徳三はことさら強い口調で言い、逃げるように部屋を出た。





   
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