《シンデレラになれなくて》 番外編
 PURE7 優誠サイド 2013バレンタイン特別編



第3話 チョコとキス



自分の部屋に入った優誠は、未読の本を積み上げている場所に歩み寄った。

部屋は寒かったが、いま風呂から上がったばかりで、さほど寒さを感じなかった。

愛美は優誠と入れ替わりに風呂に入りにいった。

疲れがたまっているせいか、寝不足のためか、温かな居間でひとりでいると、眠ってしまいそうだった。

それで、彼女が上がってくるまで、眠気防止に本でも読んでいようと考えて、自分の部屋に取りに来たのだ。

優誠は本を一冊取り上げて、座り込んだ。

家に仕事を持ち帰り、遅くまで起きている日が続いているから、寝不足がたたっているのだろう。

だが、結婚式の前に片付けられるだけ仕事を片付けたい。そして、愛美とふたりきりの生活を、余裕を持って楽しみたい。

眠気が襲ってきそうになり、優誠は本を開いて文字を凝視した。

内容を頭に入れることで眠気を追い払おうとするが、うまくゆかなかった。

優誠はすうーっと眠りに引き込まれた。


どこか遠くで、誰かが何か言っている。

頭が揺れているような気もする。

「うん……?」


これは愛美の声……? けれど、まるで意味を持って聞こえない。

意識に、分厚い靄がかかっているかのようだ。

私の身体に触れているのは、まななのか?

それにしても……

「寒い……まな……」

ぼおっとした意識の中でも、ひどく寒さを感じた。

優誠は温もりを求めて布団にもぐりこんだ。

う……ん。あたたかい……な。

頬が緩むほど、やさしいぬくもり。

そんな彼の耳に、「チョコ」という単語が飛び込んできた。

チョコなんてもの必要ない。

届いたものは、すべていつものように送り返せ……

そう口にしたものの、頭の中で考えているだけなのか、実際に口にしているのか、自分でも判別できない。

すると、ぼそぼそとした呟きを聞きとった。

優誠は眉をひそめた。

「もっと早く渡せばよかったわ」

はっきりとその声を聞きとった瞬間、優誠はハッとして目を見開いた。

まるで目覚めのスイッチが押されたかのように、一瞬で頭が冴えた。

「優誠さん」

名を呼ばれ、反射的に「はい」と答える。

布団の中で抱きしめているのは、夢などではなく、現実の愛美のようだ。

愛美がぎょっとしたように身を震わせた。

「えっ、起きたんですか?」

びっくりしたように聞かれ、優誠は苦笑した。

「これは、どういう状況かな? いや、もしかして、まな、貴方そのものが、私へのバレンタインデーの贈り物と受け取っていいのかな?」

この状況が嬉し過ぎて心が弾み、優誠は愛美をからかった。

だが、その一方で、熱を持ってはならない部位が意思を持ち始め、彼の理性を脅かす。

「ち、違うんです。これは、優誠さんが寝てて……冷え切ってて……だ……」

その言葉を耳に入れる心の余裕はなかった。

優誠は顔を上げ、愛美の唇を奪った。

おかげで、いよいよ理性が危うくなる。

優誠は嫌がる自分を振り切り、なんとか唇を離した。

「冷静に考えて、この状況は……まずい」

いいじゃないかという悪魔のささやきに飲み込まれそうになる自分を、彼は必死に抑え込んだ。

「このまま貴方と一緒に朝を迎えたいが、いろんな意味で不味いでしょうね」

余裕のない自分自身を誤魔化し、優誠は茶化すように口にした。

彼の言いたいことを理解した愛美が、優誠から焦って離れる。

この場合の正しい行動なわけだが、彼女が布団から出てしまい、どうにもがっかりしてしまう。

「あの、優誠さん、これ」

その言葉とともに、ラッピングされた包みが目の前に差し出された。

こ、これは……?

優誠は急いで起き上がり、それを受け取った。

「くださるんですか?」

「優誠さん、ほかの方たちから、いっぱいもらったんでしょう? こんなので、ごめんなさい」

哀しげにそんなことを言う愛美に、優誠は心を和ませ、首を横に振った。

「まな、もらっていませんよ」

「えっ? ほんとに?」

「ええ。屋敷に送りつけてくる女性もいますが、すべてお返ししていますからね」

「そ、そうなんですか?」

「いただけないものと思っていました。徳治さんが……」

「父が?」

「バレンタインデーにチョコをくれたことなどないから、もらえると期待しない方がいいと、忠告を……」

「お、お父さんってば……」

不服そうに叫んだ愛美だったが、急にくすくす笑い出した。

そして驚くことに、次の瞬間、優誠は彼女の手で布団の上に押し倒されていた。

「ま、まな?」

思いもよらないことで、ぽかんとしていると、愛美は優誠にキスをし、さっと身を離してしまう。

「おやすみなさい」

呼び止める間も与えられず、愛美は部屋から出て行ってしまった。

ひとりきりになり、優誠は頭に手を当てた。

「寒いな……」

無意識に口にし、それからくすくす笑い出す。

「まったく……まなときたら……」

あっという間にいなくなった愛美に、いまさら不満を抱く。

だが、口元は締まりなく緩んでしまう。

もらえないと思っていたチョコを手にしている自分……

おまけのようにもらったキス……

「くくっ……」

まったく……最高のバレンタインデーだ。





プチあとがき
バレンタインデー企画、これにて終わりです。

保志宮さんも、久しぶりに登場させられて……内容は、まあ……あれですが、楽しかったです。笑

保志宮は、自分の気持ちが優誠ほどではないとわかっているんですよね。それでも、愛美を思う気持ちは彼なりに本物なので、やはりいまの状況は辛いと思います。

結婚式に出席することで、彼なりに心の整理をつけられることでしょうね。

優誠サイドのバレンタインデー、
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです♪

読んでくださって、ありがとう(*^。^*)

fuu(2013/2/14)
  
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