《シンデレラになれなくて》

 新婚編 七夕番外編
その4 いざ出陣


攫われたという織姫の愛美はどこにいるのかと思ったら、なんと桂崎家だった。

太刀まで持たされたわけだし、これは大立ち回りできるような場所に移動するのかと思っていたので、いささか拍子抜けした。

もちろん、嬉しい拍子抜けだ。

公園などに連れて行かれ、織姫救出の寸劇を演じさせられるようなことにならずに、本当に良かったと胸を撫で下ろす。

このおおごとすぎるサプライズを考えたのは桂崎だろうが、愛美は優誠を喜ばせたいと思っているはずだ。

誕生日に彦星に変身させられてしまい、あまり嬉しくはないのだが……織姫となっているであろう愛美は、とんでもなく楽しみだ。

さて、さっさと攫った悪党らをやっつけて、織姫を奪還し、我が家に帰るとしよう。

「ほら、先頭は櫻井、君だぞ。ああ、それは違うだろ、君の草履は左端のだ」

「な、なんだよ。そう急かすなよ。石井」

「嫌がって、ぐずぐずしてるんじゃない。ちょっと時間も押してる。向うにいる敵が、いい加減痺れを切らしてるぞ」

「待たしときゃいいだろ、そんなの」

「いや、だが、櫻井、君にとって敵に回さないほうがいい相手だぞ」

「は? いったい……」

櫻井がそう言ったところで、石井が櫻井に近づき、何やら耳打ちする。

「君ら、ふたりだけで内緒話などせず、私にも教えてもらえないか?」

優誠の文句を聞いているのかいないのか、櫻井は「げげっ」と叫び顔を歪める。

櫻井が敵に回さないほうがよく、敵として登場しそうな相手か……?

ふたりほど浮かぶが、そのふたりとも織姫の侍女役なのだろうと、予想していたのだが……

ほかに、櫻井が恐れる相手……?

そんなことを考えつつ、優誠は自分用の草履を履く。

「石井君」

「なんでしょうか?」

「これから敵とやり合おうと言うのに、草履を履くのかい?」

「桂崎の家にあがってからのことですから、大丈夫ですよ」

「お、おい、石井、そんなことを言ったら、なんかみもふたもないぞ」

櫻井が渋面で指摘する。

「ごめんごめん」

石井は笑って謝り、気持ちを切り替えるように真剣な表情を作る。

そして、「いざ、出陣!」と叫んだ。

三人は、ついに石井の家を出る。

門まで歩く間に、目の前にある桂崎家を見上げる。

あの家のどこかに、織姫となった愛美がいるんだろうが……

できれば、彼女を見つけ次第、我が家に連れ帰りたい。

この状況では、そんなに簡単に自由にしてくれそうになく、どうにも肩が落ちる。

門を出て、道の向こうに渡る術を確認し、優誠は疲れを感じた。

織姫を攫った敵が籠城している設定の桂崎家は、道路を隔てた向こう側。

道をまっすぐつっきることができれば、あっという間なのだが、バスも通る道なので、道幅も広いしそれなりに交通量もある。

そんなわけで、道路を渡るには、十メートルほど歩道を歩いた先にある横断歩道を渡る必要があった。

「な、なんか俺たち、すっげぇ人目にさらされてるぞ」

櫻井が絶望したように呟く。

実のところ、優誠も同じ気持ちだったが、そんな情けない態度は取りたくないので平気な振りをする。

だいたい、もうひとりの従者は、この状況をまったく気にしていないようだしな。

彼に負けてはいられない。

いつの間にやら、先頭を歩くはずの櫻井は優誠の後ろに回り、結果的に優誠が最前列となった。

彦星という役回りなものだから、三人の中では衣裳も派手。

歩道を歩いている者はいなかったが、バスの停留所に数人のひとがいたし、通りかかる車も物珍しそうにちらちらと見て行く。

彦星らしくなど、どう振る舞えばいいかわからないので、彦星の扮装であることを頭から消し、いつもの自分らしく横断歩道に向かって足を進めた。

横断歩道までやってきたら、さっと石井が進み出て、歩行者専用ボタンを押す。

「彦星様、青になるまで少々お待ちください」

あまりに真面目に石井が言うので、優誠は噴き出した。

だが噴き出したのは、優誠だけではなかった。いつの間にやら、周りに数人の中学生がいる。

「写メ撮ってもいいですかぁ」

中学生の女子生徒たちは、そう断わりを言いながら、すでに手にした携帯を優誠に向けている。

驚いたが、石井が優誠の前に出てきて、「撮影は禁止です!」と鋭く怒鳴った。

女子生徒たちは、石井の叱責に驚いて撮影をやめた。

「即座に従っていただき、感謝します」

今度は一転、恭しく頭を下げる。

女子生徒たちは機嫌を悪くしたようではなく、もじもじしながら、少し距離を置いてくれた。

すると石井は優誠に向く。

「さあ、彦星様。信号が青になりました。参りましょう」

優誠は石井の対処に感心しつつ、頷いて石井の後に続いた。
もちろん櫻井もついてくる。

横断歩道を渡った後は、バス停にいる人々の注目をもらいながら、足早に桂崎家に入った。

石井は呼び鈴も鳴らさず勝手に玄関を開け、三人は家の中に入る。

これでもう、人目にさらされる心配はない。

ひとまずほっとした優誠だが……

さて、これから何が待っているんだろうな?

桂崎家の玄関先で、彦星優誠は辺りを見回しつつ眉をひそめたのであった。




つづく


   
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