《シンデレラになれなくて》

 新婚編 七夕番外編
その5 楽しい寸劇



「あー、俺、自分にがっかりだ」

急に櫻井が言い出し、彼を振り返ってみると、頭を抱えてしゃがみ込んでいた。

「まあまあ、落ち込むなよ」

石井になだめられ、櫻井は「ちぇっ」と言い、優誠に向く。

「あの……すみません彦星様。俺、全然役に立てなくて」

申し訳なさそうに言われ、優誠はくすくす笑った。

「私も君と同じようなものだ。お互い、石井君がいてくれてよかったと思おうじゃないか」

「不破さん……」

櫻井が感激した様子を見せたその時……

「彦星め、ついにやってきやがったかっ!」

と上の方から、口汚い口調の、桂崎の声がした。

見れば、階段の上におかしな格好をした桂崎がいる。

「桂崎さん」

思わず呆然と見上げてしまう。

「す、すごいな、桂崎。……それに、後ろにいるのは、やっぱり藤堂なんだよな?」

櫻井の言う通り、髭面に金銀の和服の衣装をまとった桂崎の背後にもうひとりいて、それは藤堂のようだった。

そちらはなぜか、豪華絢爛な着物をまとい、姫のような姿をしている。

「織姫様をどこにやった? 攫った目的はいったいなんだ?」

彦星従者の石井が、敵役の桂崎に問う。

「しれたことよ。彦星と織姫を亡き者にし、この俺様が彦星となり、わが妻が織姫となるのだあーーーっ」

ずいぶん適当な設定だな。
苦笑していたら、彦星になりたがっているらしい敵役の桂崎に睨まれた。

「さあ、彦星あがってこい。勝負だぁ!」

桂崎が叫んだ時、一階の奥のほうから人が現れた。桂崎の両親かと思いドキリとしたが、現れたのはなんと……優誠の祖母ではないか。

「アリシア? 貴女まで加担していたんですか?」

「カタン?」

加担の意味がわからないようで、アリシアは首を傾げつつ歩み寄ってくる。
だが、その手には、なぜか風船を持っている。

「その風船はなんですか?」

「これを頭につけるんですって。それで割れた方が負けなのよ」

「は?」

困惑した優誠は、側にいる石井に「石井君」と呼びかけた。

「ただチャンバラをするだけだと勝ち負けが決めづらいってことで、風船を割ることになったんです。ほら、僕らも」

石井はアリシアから受け取った風船を頭に装着する。

従者の服装で、頭の上で風船が揺れている姿は……まことに滑稽だった。

「これは……抵抗を感じるな」

「でも、ほら、上のふたりもちゃんと装着したようですよ。女子に負けられませんよ、彦星様」

「何言ってんだ石井。見ろよ、藤堂はめちゃくちゃ嫌がってるじゃないか」

確かに、階段の上では風船の装着を拒んで、藤堂が桂崎ともみあっている。

「藤堂! そんなところで揉み合ったら、危ないぞ!」

櫻井が心配そうに声をかけた。すると藤堂がぴたりと動きを止める。

こちらに向いた藤堂は顔を真っ赤にしている。

やれやれ、私の誕生日のサプライズのために、被害をこうむる者がこうも続出することになるとは。

優誠は必死に笑いを堪えた。

「俺もつけるし、だからお前も早く風船を着けろ。早く終わらすぞ」

櫻井は言葉通り、さっさと風船を装着する。
藤堂も嫌々のようだが、風船を装着した。

「では、勝負をはじめまあーす。先に全部風船を割ったほうの勝ちよ。もちろん、現彦星様、わたしはあなたを応援してるわよ。頑張ってちょうだいね」

アリシアの激励を貰い、疲れた笑いが込み上げてくる。

まさか、こんななりをして、風船を割るゲームに参加させられるとはな。

だいたい相手が悪い。
男ならまだしも、相手は女性だ。

どうしたものかと思案しつつ、優誠は周りの状況に合わせるしかなく、階段を上って行った。

敵である桂崎は、不遜な態度で階段を上がってくる優誠を待ち構えている。

これは、上がってきたところを狙って風船を割るつもりだろうか?

いくら滑稽な寸劇ゲームとはいえ、負けるわけにはいかないしな。

しかし、何が哀しくて、自分の誕生日にこんなことをやらなければならないんだろう?

少々テンションが落ちていたところで、二階の奥の部屋のドアが開く。

ドアからひょっこり顔を覗かせたのは、愛美だ。

「まな」

思わず呼びかけてしまったら、優誠を見た愛美の目が丸くなる。

いや、こちらの方こそ驚いてしまったぞ。

身惚れるほど美しい。

「愛美、出てくるのが早いよ」

「ご、ごめん。だって、部屋の中でじっとしてたら、気になっちゃって」

愛美がそう言ったとき、階段を駆けあがってくる者がいた。

「石井」

櫻井が叫び、駆けあがってくる音が倍になる。そして、優誠を追い抜いて階段を上がった石井が太刀を振り、桂崎の頭の上の風船を割った。

「ああっ。け、慶介! やったわねぇ」

「勝負だからな。隙をつくさ」

「我々の勝ちのようですね」

優誠が笑って言うと、「風船はまだふたつありますよ」と桂崎が言う。

「優誠さん、百ちゃんの背中にもうひとつついてますよ。それから蘭ちゃんの背中にももうひとつ」

敵の背中を見て、愛美が情報を提供してくれる。

「ああっ、愛美ってば」

「なんで言うのよ」

桂崎と藤堂が口々に愛美に文句を言う。

「だって百ちゃんは敵でしょう?」

そのとき、櫻井が動いた。愛美に向いたため、こちらに背中を向けている藤堂の頭の上と背中にある風船を続けざまに太刀で叩いた。

「ああっ、櫻井! なんてことするのよっ!」

「いや、いまのお前、敵だから」

藤堂に噛みつかれ、櫻井は涼しい顔で言う。

「ナイスだ、櫻井」

櫻井を褒めた石井の風船が、桂崎の手によって割られた。

「ああっ、しまったぁ。気を抜いたぁ」

風船を割られた石井は、もだえ苦しむ格好をしながら階段を下りて行く。

「石井ぃーーーっ」

櫻井が叫んで階段下を覗き込んだ瞬間、桂崎は櫻井の風船を割った。

「うわーーっ、や・ら・れ・たぁ〜」

俳優にはなれそうもない棒台詞を吐き、櫻井も石井に続いて階段を下りて行く。

どうも、この展開、最初から打ち合わせをしていたのではないのかという疑いが頭をもたげる。

なんにしても、これで桂崎と一対一の勝負となったわけだ。

しかし分が悪いな。
私の風船は頭の上、桂崎の風船は背中にある。

背中を向いてくれないことには、責めるのは難しい。

だが、さっさと敵をやっつけ、決着をつけたい。

「さあ、来い。勝負だぁ」

桂崎は声を張り上げ、優誠に太刀を向けてくる。

風船を割られた藤堂は床に座り込んでいる。

ちらりと階段下を窺ったら、石井は体育座りをし、櫻井は胡坐をかいてこちらを見上げていた。

そしてアリシアは、瞳をキラキラさせてこの状況を楽しんでいる。

そういえば、織姫には侍女がいるという話だったが?

そう考えていたところに、愛美の後ろからもう一人現れた。

立川だ。彼女が織姫の侍女のようだ。

立川は足音を忍ばせて、桂崎に歩み寄ってくる。

どうやら、彼女が最後の風船を叩いてくれるつもりらしい。

よし、それならば、桂崎の注意を私に向けるべきだな。

「この私にとってかわろうなどとおこがましい。成敗してやるぞ!」

そう叫んで太刀を構え直す。

「来るなら、来い、彦星。返り討ちだぁ」

桂崎がじりっと一歩前に出る。

その瞬間、立川が床を蹴った。
一気に距離を詰める。

よし、やった!

と思ったが、桂崎はパッと後ろに振り返り、立川はぎょっとして立ち止まった。

「先刻承知のすけだぁ」

桂崎は空笑いするが、その背中は完全に無防備だ。

優誠は太刀を振り下ろし、桂崎の背中の風船を割った。

「うぎょっ! やっ、やられたぁーーーーっ!」

桂崎がパタリと床に倒れる。

その瞬間、バーン、パン、パンと、破裂音が鳴り始めた。

クラッカーの紙テープが空を舞い、優誠の頭上にも落ちてくる。

見れば全員が、クラッカーを手にしている。

そこで、誕生日を祝う合唱が始まった。

この場にいる全員が歌ってくれている。

そして愛美も、顔を赤らめて恥ずかしそうに歌いながら、優誠の前に進み出てくる。

歌が終わり、愛美が手にしていた花束を差し出してきた。

「優誠さん、お誕生日おめでとう」

花束を受け取った優誠は派手に噴き出し、そして最愛の妻を思い切り抱き締めたのだった。

拍手が沸き起こり、織姫となっている愛しい妻を見つめ、優誠は最高にハッピーな気分に浸った。





おわり



ぷちあとがき

とりあえず、これにて終わりです。(〃▽〃)

アリシアまで参加することになって、どうやら裏では色々あったようですね。
滑稽な寸劇やら配役やらは、いったい誰が考えたのやら?笑

このあと桂崎家にて、寸劇に参加した全員で、優誠のバースディパーティーが行なわれたようです。

楽しいパーティーは三時間ほどで解散となり、織姫の愛美を車に乗せて、優誠はようやく、ふたりの城に帰ったのでありました。

もちろんそこでは、愛美が用意したふたりだけのささやかなバースディーパーティーが執り行われましたとさ。

お誕生日の彦星優誠は、愛する織姫を、色んな意味で堪能したに違いない。笑

読んでくださってありがとうございました。

fuu(2015/7/28)

  
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