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その1 つまりそういうこと、なのか?
夕食の下準備を終え、愛美は時間を確認した。
夕方に優誠が電話をくれたのだが、今日はいつもより早目に戻って来られるらしい。
六時半くらいって言ってたから、あと三十分だわ。
早く戻って来ないかなぁ。
彼の帰りが待ち遠しくてならない。
愛美は窓に歩み寄り、ベランダに出た。
梅雨時期だから、このところあまり天気がよくない。
雨は降っていないが、空はずっしりと重そうな雲で埋まっている。そのため、すでに辺りは薄暗い。
車が行きかう道を眺め、まだ戻ってこないのはわかっているのに、優誠の車を探してしまう。
「まだよね」
自分に言い聞かせた愛美は、くすっと笑い、百代の家の方に目を向けた。
百ちゃん、何やってるのかな?
学校帰りに、今日は石井君に漫画を借りに行くとか言ってたから、借りてきた漫画を読んでるのかも?
そのとき、パラパラと雨が降り始めた。顔に雨が当たり、愛美は急いで部屋に戻った。
ソファに座り込んだ愛美は、カレンダーに目を止めた。
六月もそろそろ終わる。もうすぐ七月だ。
優誠さんの誕生日が来るのよね。
不破の家でもバースディパーティは予定されてるけど……誕生日の当日は、平日なので、ふたりきりでお祝いする予定だ。
誕生日の贈り物には、ネクタイを作った。
すでに何本か作ってあげたんだけど……
仕事中に身に着けられる手作りのネクタイを、彼はとても喜んでくれた。ただ、いまの優誠は、愛美の作ったネクタイしかしないので、同じものばかりになるのが、愛美としては気になるのだ。
色んな柄で作るのは、ほんと楽しかったな。
ネクタイ制作の腕も、作るほどに上がってる気がする。
今度、お父さんにも作ってあげようかな。
上島さんはどうだろう? 喜ぶかな?
優誠さんのお父様には、さすがに手作りのネクタイだなんて、あげられないな。
蔵元のお祖父様も……あげたら喜んでくれるかも。
誕生日か、クリスマスに……
そんな風に考えていた愛美は、笑いが込み上げて噴き出した。
わたしってば、いったい何本ネクタイを作るつもりなわけ?
いくらなんでもネクタイばかりじゃ芸がないわ。
それより、優誠さんの誕生日のことだ。
もちろん、腕によりをかけて優誠さんの好物を作るつもりでいる。
それだけでも優誠さんは喜んでくれるだろうけど……
何か、ほんの少しでも、特別なことができないかな?
ここ数日、ずっと考えているのだが、ちっともアイデアが浮かばない。
優誠さんをびっくりさせられたら楽しいのに……優誠さんがすっごく喜ぶようなこと、何かないかしら?
クッションを掴み、それを胸に抱えてアイデアを必死に絞り出す。
ううーーーん。
長いこと唸ってみたものの、いくら考えてもなんのアイデアも浮かばない。
もおっ、ダメだぁ。
愛美は肩を落とし、クッションを抱えたままソファにころんと横に転がった。
やっぱり、百ちゃんに相談してみようかな?
百ちゃんなら、いいアイデアを思いついてくれそうなんだけど……
相談した結果、とんでもないことになりそうな気がするんだよね。
でもなぁ。
何も特別なことができずに終わるより、思い切って相談した方がいいのかな?
腕を組んで考え込んだ愛美は、結論を下せぬまま、携帯を取り出した。
相談したほうがいいのか、やめたほうがいいのか?
百ちゃんがどんなことを思いつくか、興味がある。
ただ、何をやらされるか……正直怖い。
相談次第かな?
あまりぶっ飛んだことはしない方向で、お願いしますとか、前もって伝えて……
愛美の指は、知らぬ間に百代の携帯に電話を掛けていた。
「はーい、愛美ぃ。どした?」
その問いかけに、悪戯心が湧く。
「百ちゃんなら、わたしがなぜ電話をかけたかわかるんじゃないの?」
冗談めかして聞いたら、百代が黙り込んだ。
「百ちゃん?」
「うん。ちょっと待って。いま考えてる」
「は、はい? 百ちゃん、冗談だよ」
「そうなんだろうけど……うーん、そうだなぁ。あっ、ひとつ思いついた」
「えっ? 何を?」
「今週末のことでしょう?」
今週末?
「ハズレ」
「えーっ? 違うのぉ? 買い物に付きあってって話かと思ったよ」
「買い物?」
「だってほら、もうすぐ旦那様のお誕生日じゃない。プレゼントの相談じゃないかと思ったの」
おおっ。ピッタリ当てられたわけではないけど……さすが百ちゃん。
いいところをついてくる。
「プレゼントはもう用意できてるの」
「……おやっ?」
百代はなにやら意味深な声を出した。
「百ちゃん?」
「そうかい、そうかい」
「な、なに? なにが『そうかい』なの?」
「もちろん、あんたの相談の中身がわったってことだよ」
「え、ええーっ! ど、どうして?」
「チッチッチ」と百代は舌を鳴らす。
「あんたはいま、『プレゼントはもう用意できてるの』と言ったんだよ」
「あ、うん。言ったけど……」
「プレゼントの相談じゃないけど、愛美は不破さんの誕生日のことで相談してきたんでしょう?」
「そ、そう」
「つまり、普通にお祝いするだけじゃなくて、何か特別なことがしたいと思ったんじゃないの?」
「そ、そう。な、なんでわかるの?」
「このわたしに相談してきたんだもん。そうでしかないよ。わたしを頼るってのは、つまりそういうことじゃん?」
「そ、そうなのかな?」
「なにそれ、自分から相談を持ちかけてきといてぇ」
百代はケラケラ笑う。
「百ちゃん、笑ってないで……それでどうかな? 何か優誠さんの喜びそうなことってあるかしら?」
「まあそうねぇ。……不破さんの誕生日……おっ!」
百代は何か思いついたらしき声を上げた。
「えっ、まさか、もう思い付けたの?」
「誕生日まであと何日だっけね?」
「えっ? 十日くらいだけど」
「ふんふん。オッケー」
オッケーって? ずいぶん軽いけど。
「あの、百ちゃん、何を思いついたのか、教えて……」
そのとき、優誠の到着を知らせるドアベルが鳴った。
「あっ、優誠さん、帰って来ちゃった」
「よいよい。さあ、早く愛しの旦那様を出迎えておあげなさい」
「う、うん」
「君の望みはこのわたしめが承った。君は安心して、このわたしにドーンとすべてを任せたまえ」
その口調。なんだか強烈に不安が湧いてきたんですけど……
わたし、失敗した?
「あの、百ちゃん、何をするつも……あ」
電話は切られた。
百代のことは気になったが、優誠を出迎えなければならない。
気にしつつも、愛美は玄関に飛んで行った。
「優誠さん、おかえりなさい」
玄関ドアを開けたら、優誠がにっこり微笑んでくれ、頬がしまりなく緩む。
あー、わたし、メロメロだぁ〜。恥ずかしぃ。
「まな、ただいま」
「お、お疲れ様でした。すぐにご飯にします?」
「いや、まずは……」
そう意味ありげに言った優誠は、少し強引に愛美を抱き寄せた。
「ゆ、優……んっ」
唇を塞がれ、甘いキスをたっぷりと貰う。
「うーん、仕事の疲れも吹き飛びましたよ」
「ゆ、優誠さんってば」
赤らんだ頬が恥ずかしく、誤魔化すために不服そうに言ってしまう。
もちろん、優誠に抱き寄せられている現実は、夢のようにしあわせだけど。
「食事もいいのですが、私は、貴女をもっと味わいたいな」
「は、はい?」
「今日は早く帰ってこられましたから、時間もたっぷりある」
「そ、それは……あの、まずお風呂に」
「ならば、一緒に入りましょう」
「ええっ? む、無理です。恥ずかしいです」
「もう一緒に入ったことがあるのに?」
ううーっ。
顔が真っ赤に染まってしまう。
確かに、身体を寄せあったあと……そのままお風呂に連れていかれて……ということはあったけど……
「それがダメなら、やはりベッドだな」
「わわっ!」
突然持ち上げられ、驚いた愛美は手足をばたつかせた。
「ゆ、優誠さん!」
「もう反論は受け付けませんよ。まなだって、わたしが欲しいでしょう?」
優誠は抱き上げた愛美の耳元に甘く囁いてくる。
甘い声に耳が痺れ、頭がボンと爆発した気がした。
夫の強引な行動にどうにも抗えず、愛美はベッドに運ばれていくことになったのだった。
つづく
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