《シンデレラになれなくて》 「PURE5」の番外編(書籍P50〜P53の優誠サイドになります)
 優誠視点


『笑顔に安堵』



「少々飲みすぎたか……」

薄暗い廊下を歩き、部屋へと向かいながら優誠はひとりごちた。

おぼつかないというほどではないが、自分でも少々歩みがふらついているように思える。

今夜は、酒を酌み交わしながら、徳治とこれからのことについて語り合うことができた。……いや、一方的に自分の希望を伝えただけか?

優誠は小さく笑い、通りかかったドアの前に無意識に立ち止まっていた。

ここは愛美の部屋だ。彼女の気配を微かにでも感じられないかと耳を澄ませてみたが、ドア越しでは寝息も聞こえない。

ドアを開けて、彼女の寝顔を見たい。

そう思った優誠は、知らずドアに手を伸ばしかけていた。それと気づき、どきりとして手を引く。

優誠は、目を閉じて嘆息した。

私ときたら、何をやっているんだ。

黙って覗くなんて、もちろん礼儀に反する。

ふーっと大きく息をついた優誠は、さっと身をひるがえし、自分に与えられた部屋に足早に向かった。

部屋の中は、廊下と同じで冷え切っていた。

電灯をつけた優誠は、布団が敷いてあるのを見て眉を上げた。

上島ではないはずだ。
彼は、優誠の許可を取らずして、私室に入るようなことはしない。

それに、まだ、この家に世話になって、二日目……
馴染むまでには至れていないだろうし、早瀬川に世話をかけてしまっていることで、ひどく肩身が狭いようだ。

気にするなと言ったところで、同じように、この屋敷に世話になっている優誠の言葉では、なんの助けにもならないだろう。

優誠は苦笑しつつ、手早く着替えた。

さっさと布団に入らないと、凍えてしまいそうだ。

電灯を消し、布団に入った優誠は、足先に温かなものが触れて驚いた。

これはいったい?

足で触れながら眉をひそめたものの、このぬくもりはありがたい。

きっと、愛美が入れてくれたのだろう。

父親から先に休むようにと言われて、不服そうだった愛美の顔を思い出し、優誠は微笑んだ。

あのあと、この部屋に来て布団を敷き、この布団を温めるものを入れておいてくれたのだろう。

足元の温かさとともに愛美の愛を味わいながら、優誠は彼女に感謝した。

なんにしても、今夜は心にあることを徳治に語れた。
そして徳治は、優誠の話を真摯に聞いてくれた。

三月に結婚することも、承諾してくれたと思っていいはずだ。

だが、優誠の両親の参加を、絶対条件にされてしまった。

両親は、いまだ、息子は橙子を好きなのだと思い込んだままなのだろうか?

アリシアは、両親に真実を告げてくれたと思うのだが……

祖母から話を聞いた両親は、自分たちが勘違いしていたことに、今度こそ気づいてくれたのではないだろうか?

ともかく、明日は父と会い、なによりもまず、そこのところを確かめてみなければ……

そう結論を出した優誠は、ひどく歯痒さを感じて苛立った。

まったく、初歩的なところでつまずいている。そしてその状況を、ずるずると引き摺っているのだから、やっていられない。

三月には結婚したいと望んでいるというのに……

両親には愛美を受け入れてもらいたいが、そうなったがゆえの気がかりもある。

愛美の望まないような、大袈裟な結婚式になる可能性が高くなるに違いない。

なんといっても、自分は不破家のひとり息子だし、自分が嫌だと強固に言っても、その意見が通るかどうか、正直危うい。

勝手に推し進められてしまったら……自分にもどうしようもなくなるかも知れない。

もしそんな事態になってしまったら、愛美の信頼を失いそうだ。

もちろん、そんなことは絶対に困る。

そうだ。結婚のことは、ぎりぎりまで両親の耳に入れないようにしよう。そうすれば、愛美の思うような結婚式を挙げられるのではないか?

ふたりですべてを計画し、教会を決め、招待客を厳選し、披露宴会場を手配する。

考え込んでいた優誠は、おもむろに薄暗い部屋を見回した。

部屋には、優誠の着替えが入っているスーツケースと、暖房器具がある。

この暖房器具も、布団と同じで新しいもののようだ。きっと徳治が優誠のために揃えてくれたのだろう。

上島が借りている部屋には、こことは違い、古めかしい家具が置いてあった。

徳治に聞いて確かめたら、やはりこの屋敷の元主である周明の私室だった。

徳治の腹違いの弟である蔵元三次が三十日に泊まっていったのだが、あの部屋を使っていた。

それにしても、今日の愛美は美しかった。

林田が見立ててくれた桃色の着物が、ことのほか似合っていた。

あの着物……父から頼まれたと林田は思い込んでいたが……やはり、アリシアが気を利かせてくれたものなのだろう。

しかし、父がわからない。

昼間、愛美に語ったように、上島を解雇したことには、なんらかの理由があるのではないかと思うのだが……

苛立ちを感じ、優誠は寝返りを打って横向きになった。

携帯が使えれば、すぐさまアリシアか父に電話するのに……繋がらなければ、携帯なんてなんの役にも立たない。

アリシアに聞けば、着物の贈り主もはっきりさせられるし、父が日本に帰ることにした理由もわかったかもしれないのに……

早瀬川の電話を使わせてもらえばいいのだが……

徳治は気にせず好きにかけろと言ってくれたが、やはりためらわれる。

ともかく明日だ。父に会い、直接話をするしかない。

そうだ、知樹はどうしただろう?

大晦日に父からアメリカに戻るように言われて、そのつもりだったはずだが……

父が今日戻っているとすれば、アメリカには飛んでいないんだろう。

参ったな。知樹に確認したいのに……それもできないとは……

優誠はイライラしている自分に苦笑した。

携帯に頼り切っていては駄目だということか?

明日、優誠が父に会いに帰っている間、愛美のほうは、徳治とともに蔵元を訪問することになっている。

いまの愛美は、とても複雑な心境を抱えている。

徳治と徳三の和解を望んでいるのは確かだが、祖母にそっくりな自分が、祖父に顔を見せることで、ひどく苦痛を与えてしまうのではないかと懸念しているのだ。

彼女を支えてやりたいし、蔵元家についてゆきたいのは山々だが……優誠がついていっては、和解の邪魔になってしまうかもしれない。

それに、いまの優誠には、やらねばならないことがある。

愛美には父親の徳治が、そして彼女の大叔母もついていてくれる。それに叔父である三次もいるのだ。彼らに任せておけば大丈夫だ。

優誠は、そう考えて、納得しない自分をなだめた。

あれこれ考えていても、仕方がない。もう寝なければ……

自分の部屋で寝ているだろう愛美を思う。

今頃は、ぐっすり眠り込んでいることだろう。

いったいどんな夢を見ているのだろうか?

できれば、私を登場させて、私が嬉しがるような甘い夢を見ていて欲しいものだが。

自分の望む夢を思い浮かべた優誠は……苦笑しながら眠りについた。





翌朝早く、愛美と顔を合せた優誠は顔を曇らせた。

顔色が優れないな。

蔵元の家に行くことは、彼が思った以上に、愛美の心の負担となっているようだ。

「まな。昨夜はとても温かかったですよ」

気掛かりを置いておき、優誠は感謝を込めて愛美に言った。すると彼女は楽しそうに微笑む。

「優誠さん、あれがなんだか知っているんですか?」

からかうように言われ、彼は戸惑った。

「布団を温めるためのものでしょう?」

「ですから、あれの名前です。呼び名」

「呼び名ですか……ああ、行火(あんか)ですよね」

そう答えると、愛美はなぜか微妙な顔をする。

「どうしました?」

愛美の微妙な反応の意味がわからずに問うと、「湯たんぽですよ」と言う。

「ユタンポ?」

「湯たんぽって言うんです。あの中には、お湯を入れてあるの」

「お湯を? ああ、そういうことですか……。それで、『たんぽ』とは、なんなのですか?」

問い返すと、愛美は面食らった顔をし、くすくす笑い出した。そして、なぜ『たんぽ』なのかは、自分にもわからないと、苦笑しながら告白する。

しばし、場は笑いで弾んだが、しばらくすると会話している愛美の表情に陰りが戻る。

不安を完全に消し去ってはやれないけれど、蔵元に出掛ける前に、気晴らしをさせてやれないものか……

「まな、朝食の前に、少し散歩してきませんか?」

提案してみると、愛美は迷いを見せた。

断るかと思えたが、なんとか応じてくれる。

コートを着込み、徳治と上島に散歩をしてくると伝え、ふたりして玄関を出た。

予想どおりの寒さだった。

ここが山の中でもあるからか、早朝の空気は肌を刺すような鋭さがある。

「ふぅっ」

愛美が重い息を吐き出した。寒そうに身を縮めている。

「寒いですか? 散歩はやめておきますか?」

そう言うと、愛美は驚いたように優誠を見上げてきた。

「散歩したいです。寒いのは寒いけど……でも」

愛美は、思い切り大きく息を吸い込んだ。

「なんか、気持ちが落ち着きます。山の空気は好きですから」

優誠は何も言わずに頷いた。

よかった。散歩に誘ったのは正解だったようだ。

「わたしは大丈夫ですから」

肩を並べて歩いていると、笑みを浮かべた愛美が、ぽつりと言う。

顔を向けると、愛美も優誠を見上げてきた。その笑みには、残念ながら無理がある。

優誠は愛美を見つめ返し、首を横に振った。

「まな。私を心配させまいとしての言葉など必要ありません。貴方の心が重荷を抱えていることはわかっているんですから」

目を合わせて優誠の言葉を聞いていた愛美は、唇を噛んで俯いてしまった。

優誠は俯いたままの愛美の長い髪に手を振れ、そっと指に絡めた。

「わたし……」

顔を上げてきた愛美は言う言葉を探しているようで、優誠は促すように頷いてみせた。

「自分でも何故だかわからないんですけど……蔵元の家に、行かなければならないって、すごく強く思うんです。けど、その思いが強すぎて、胸を圧迫されているような感じで……」

愛美は自分の胸の辺りを押さえながら、訴えるように言葉にする。

優誠は愛美の手に、自分の手を重ねた。彼女の手はひんやりと冷たい。

「あったかい」

嬉しそうに愛美が口にし、優誠はほんの少しほっとした。

「やらなければならないことだから……。いまのわたしはこんな風ですけど……蔵元から帰ってきたときには、きっと普通に戻っています」

きっと愛美の言うとおりだろう。

乗り越えなければならない壁を前にして、愛美は一時的に精神が不安定になっているのだ。

「私もついてゆければ、少しは貴方の支えになれるのに……」

「優誠さんも、やらなければならないことがあります」

「そうですね。それでも……」

「わたしには、これがあるから……だから大丈夫です」

そう言って愛美が見せたのは、優誠が贈ったネックレスだった。小さな白薔薇がついたもの……

「優誠さんをいつも感じていられる。それに、ほら、これも」

コートのポケットから、愛美が何かを取り出した。

優誠は微笑んだ。蘭子からもらったクリスタルの石だ。彼も同じものをもらった。

愛美が空に向けて石をかざし、綺麗にカットされた透明の石は、朝日を受けて美しい光を放つ。

優誠もポケットから同じ石を取り出し、愛美の石の横に並べた。

もっと愛美の支えになりたいのに……できるならば力を与えてやりたいのに……思いは空回りするばかりで、何もできない自分がもどかしくてならない。

「この輝きが、いまの貴方に必要なだけのパワーをくれるといいのですが……」

ふたつの輝く石をそっと触れ合わせると、カチンと澄んだ音が胸に心地よく響いた。

その瞬間、愛美の表情から陰りが消え、満ち足りた笑顔になった。

不安は拭えないけれど、その笑顔に優誠は安堵し、愛しさを込めて微笑み返した。






プチあとがき
書籍「PURE5」の、P50〜P53の優誠サイドのお話になります。
掲載するつもりが、そのまま忘れていました。
今回修正を入れ、掲載させていただきました。
暇つぶしくらいの感じで読んでいただければ嬉しいです♪

fuu(^。^)



 
inserted by FC2 system