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第11話 見通し立たず
「あ、ごめん。朝飯できたから呼んできてくれって言われたんで……」
こちらの動揺が伝わりでもしたのか、いつも落ち着いている柊二が言い訳するように口にする。
「しゃべってたから……もう起きてるもんだと……いや、寝てちゃいけないって思ってるわけじゃなくて……」
「はいはい。わかった、わかった。柊二、落ち着けって」
美晴は笑いながら、からかうように柊二に声をかける。
「……お、俺は……その……」
どうやら、歩佳がパジャマ姿なのがよくないようだ。
気を使って視線を反らしてくれている柊二に、ひたすら申し訳なくなる。
「ごめんなさい」
「いや、謝る必要ないし。それじゃ……」
そそくさと柊二はドア口から立ち去った。
階段を下りていく足音が聞えなくなるまで、耳を澄ましていたら、それまで笑いをこらえていたらしい美晴が、派手に噴き出した。
「ぷっはははははは……けっさくぅ。あーんな慌てた柊二、久しぶりに見たわぁ」
「美晴、笑ったりしたら、柊二さんに失礼よ。わたしが寝起きだったから、いけないんだもの」
「何言ってんの、あんたは……ってか、誰も悪くないよ。面白かっただけだよ」
「美晴ってば」
「さ、着替えよう。朝御飯を食べて、エネルギー補給したら、早めに出掛けようよ」
「うん、そうだね。遊園地の駐車場が混む前についたほうがいいものね」
「きっと満員だよ。新しいアトラクションができたばかりだし、期間限定の催し物も人気なんだって」
「へーっ、どんな催し物だろう?」
「なんだったかなぁ? まあ、行ってみればわかるよ。あ……混雑するのが嫌なら、水族館に変更してもいいよ」
「でも、あっちは都心だし、道が混むから走りづらいんじゃない?」
「あっち方面の道も、けっこう慣れたよ。社用でちょくちょく行くことあるんだ」
「へーーっ」
「何、美晴様の凄さに感心した?」
「うん」
即座に頷いたら、美晴がケラケラ笑う。
ふたりは急いで着替え、洗面所で顔を洗った。
そのあと、美晴の後に続いて食卓を兼ねた台所にお邪魔するのに、歩佳は無性にドキドキしてしまう。
柊二さんも、朝御飯を食べてるはずで……それとも、もう食べ終わったのかな?
逢坂家の台所は六畳ほどの広さで、独立している。
流し台と食器棚と四人掛けの食卓テーブルでいっぱいだ。
美晴の父はまだ寝ているそうで、食卓では柊二ひとりが先に食べていた。
朝の挨拶をし、美晴と並んで食卓に着く。
歩佳の向かい側が柊二で、これは緊張しないじゃいられそうにない。
うわーっ、ご飯、喉を通ってくれるかなぁ。
柊二さん、早く食べ終えて、席を立ってほしいかも。
そんな勝手なことを願いつつ、ご飯をよそってもらったお茶碗を受け取った歩佳は、盛られたご飯の量に目を剥いた。
て、てんこ盛りなんですけど……
「……母さん、歩佳さんにその量は、多いんじゃないか?」
柊二の言葉に歩佳は驚いて彼を見た。
「多いんだろ?」
「あ、はい」
「美晴と同じにしたんだけど……」
確かに、美晴のお茶碗のご飯も、同じほどてんこ盛りだ。
美晴の母は歩佳からお茶碗を受け取り、ご飯を減らしてくれた。
「すみません」
「いえいえ、我が娘を基準にしちゃったのが間違いだったようねぇ」
美晴の母は娘に視線を向けつつ言う。
「わたしは食べますけど……何か文句でも?」
みんなをじろりと睨んだ美晴は、かなりの量のご飯をぱくっと口に入れた。
いやはや、いつものことではあるのだが……ほれぼれするほどの食いっぷりだ。
あの大食らいの恭嗣さんに負けてないよ、美晴。
いや、恭嗣さんに勝ってるよね。
だって、恭嗣さんは大男だけど、美晴はこんなちっちゃいんだもん。
それにしても、この小さな身体のどこに入るんだろうなぁ?
不思議だなぁ。
バクバク食べている美晴を感心して眺めていたら、小さく噴き出す音が聞こえた。
ハッとして視線を向けたら、柊二が歩佳を見て笑っている。
自分が笑われていると知り、一瞬にして頬が赤らんでしまう。
けど、わたし、な、なんで笑われたの?
なんか挙動とか、おかしかった?
それとも、知らないうちに粗相をしたの?
「いや……ごめん。歩佳さんの考えてることが、手に取るようにわかって」
「えっ!」
「ちょっと柊二。あんたが噴き出すようなどんなことを、歩佳が考えてたって言うのよ?」
「ああっ、そ、それは」
「わざわざ俺が言う必要もないほど、明らかだと思うぞ。なぁ、母さん」
「あら……まあ、そうねぇ」
「えーっ、何?」
「なあ、そんなことより、美晴、頼みがあるんだけど」
「はあっ、このタイミングで頼みだぁ?」
「うん。さっき、聞こえたんだけど……今日ふたりは遊園地に行くんだろう? 途中まででいいから、便乗させてくれない?」
「便乗? どこまで?」
「偕成のアパートまでだと一番ありがたい。遊園地なら、ここからだと通り道になるからさ」
「歩佳、水族館に変更しようか?」
美晴ときたら、そんな気もないくせに、わざとそんなことを言う。
「美晴ってば……」
「それじゃ、頼むな。で、何時に出る?」
「あんたはもおっ。……まあいいや、そうだね。九時十分だな」
「了解。……母さん、ご馳走様」
すでに朝食を終えていたようで、柊二はカップを手にして立ち上がる。
「それじゃ、後で」
スマートな動きで、柊二は台所から出て行った。
うわーっ、途中までだけど、一緒に出掛けられるんだ。なんてラッキー♪
それにしても、やっぱり柊二さんカッコイイなぁ。
爽やかな好青年で、頭は切れるし男らしいし……パーフェクトだ。
なのに、まだ高校生なんだものね。
彼が大学生になったら、どんな変化を遂げるんだろう?
でも……わたしは、そんな柊二さんの変化を見られはしないんだろうな。
遠い大学に入っちゃったら、きっともう会うことも叶わなくなる。
彼と会えなくなったら、この苦しいくらいの恋心も自然消滅してくれるんだろうか?
「何、食欲ないの?」
物思いに沈み、箸を止めたままでいたら、それに気づいた美晴が心配そうに尋ねてくる。
「あっ、ううん。そんなことないよ」
歩佳は焦っておかずを口に入れた。
恋煩いはしているものの、緊張してしまう柊二がこの場からいなくなったことで、思ったよりもスムーズにご飯は喉を通ってくれて、ほっとする。
それでも……いったいいつまで、この想いを引きずってなきゃならないんだろう?
見通しは立ちそうもなく、歩佳は隠れてため息をついたのだった。
つづく
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