シュガーポットに恋をひと粒



第14話 新たな発見



同乗者をふたり増やし、遊園地に向かって車が走り出した。

『うわーっ、うわーっ、うわーっ……』

歩佳は内心興奮状態で、心の中で叫び続けてしまう。

まっ、まさか、こ、こんなことになるなんて……

後部座席に座っている柊二の存在で、歩佳の心はいっぱいいっぱいだ。

もちろん、柊二の隣には宮平がいるのだが、柊二のことばかりが意識にあり、彼の存在は歩佳の中で薄い。

車が歩佳のアパートを通り過ぎる。

彼女は無意識に自分のアパートを目で追った。

ほんと、近すぎる。こんな偶然あるんだ。

そこではたと思い出す。

柊二さんって、家を建て替えてる間、この友達の家に間借りするっていう話じゃなかったっけ?

ということは……?

ええっ!

柊二さん、わたしのアパートの近くに住むことになるんじゃ?

うそーっ?

急に心臓がバックンバックンし始めた。

複雑だ! 物凄ーーく、複雑なんですけどっ!

どうせ、叶わぬ恋。できることなら、さっさと諦めたいのだ。

だから、彼と接触する機会がないほうが、心がラクで……

こ、困った。これからどうしたらいいの?

いっそ、引っ越す?

「駄目だって!」

柊二の鋭い言葉が耳に飛び込んできて、歩佳はぎょっとした。

思わず後部座席に振り返る。

振り返った歩佳に柊二が視線を向けてきて、ふたりの目がバッチリ合った。

再びぎょっとして、咄嗟に顔を前に戻す。

う、うわーっ、やっちゃった!

こんな風にあからさまに目を逸らしたら、印象悪すぎだし!

「どうして、いいじゃんか。一緒に遊んだ方が楽しいよ。ねぇ、お姉様?」

「宮平君、わたしのことを、わざとらしくお姉様と呼ぶのはやめて」

美晴が機嫌を悪くして返事をする。

「……あれーっ、気に入りませんでした?」

「わたしが気にいってると、本気で思っているとしたら……ぶん殴るよ!」

うわっ! 美晴、本気で怒ってる。

しばし車中が静まり返り、歩佳は沈黙が気まずくてならなかった。

だが、柊二の潜めた笑いが聞こえ始め、気まずい雰囲気が薄らいでいく。

「殴られればいいのに」

楽しげに柊二がぶっそうなことを言い、歩佳はびっくりした。

「おーい、柊二君。君ときたら、ずいぶんと心優しい友人じゃないか?」

「おとなしく殴られてるようなお前じゃないしな。殴られるところを実際に見られるのなら、見てみたい」

「悪趣味だね」

プリプリしながらの宮平の言葉に、柊二はくっくっと笑い続けている。

うわーっ、これ、なんかいいかもぉ。

新たな柊二さん、発見って感じで♪

「それじゃあ、なんて呼べばいいんですか?」

むっとしたような声で、宮平は美晴に尋ねる。

「普通に『美晴さん』でいいよ。だいたい、あなた、歩佳のことも、すでに歩佳さんって呼んでたじゃないの」

「ああ、そうでした。柊二く、ぐっ……」

宮平が、言葉の途中で苦しそうな呻きを漏らし、歩佳は思わず後ろに視線を向けた。

宮平は深く俯き、腹部に手を当てている。

只事じゃない様に見える。

「ど、どうかしたの?」

歩佳は思わず宮平に問いかけた。

「い、いえ……わ、悪かった。調子に乗りました。すみません」

宮平は小声で必死に謝っているが、その謝罪は柊二に向けられたもののようだ。

えっと……いったい、なんなの?

「いいか偕成、……したく……れば、……していろ」

ひそひそと重い声で、柊二が宮平に何か言っているが、ところどころしか聞き取れなかった。

すると今度は、運転している美晴が楽しそうに笑い出した。

「柊二、あんた最高! その調子で、その小僧をおとなしくさせといて。あっ、でも、タダ券についてはとっても感謝してるからね、宮平君。飲み物くらい奢らせてもらうよ」

「ありがとうございます。たまたまタダ券を手に入れられたけど、実際のところ、僕、今月小遣い大ピンチなんですよ。次の仕送りまで、まだ十日ほどあるんで……」

「ほんとに? あんたって、無駄遣いするタイプには見えないし、しっかり計画立てて生活費使ってそうだけど」

「いつもはそうなんですけど……今回、色々ありまして」

「ふーん。興味引かれるわねぇ。宮平君、遊園地までまだまだかかるし、その色々ってのを教えてよ」

そのやりとりで、車内は和んだ空気になる。

そのあと遊園地に着くまで、美晴と宮平のおしゃべりが延々と続くことになった。

宮平の話は面白く、歩佳はただ聞いているだけだったがとても楽しかった。

それに、自分とは関係のないところで会話が弾んでいるおかげで、柊二のことをことさら気にしなくて済んだから、とても助かった。

ただ、歩佳と同じで、柊二もふたりの会話を聞いているだけだったので、歩佳は、後ろに振り返って、彼の存在を確かめたくなって困った。

接触する機会がないほうが、心がラクとか言いながら、彼と接触したくてならないんだから……

恋する乙女の胸の内は、ほんと複雑でやっかいだ。





遊園地に着き、車は駐車場へと進む。

「多いね」

車が長蛇の列だ。

美晴は空いている駐車場を探しつつ、のろのろと車を進める。

「駐車場を見つけるのが大変そうだね」

「そこのところ、右に入るといいですよ」

突然、後ろから宮平が言ってきた。

けれど、そっち側は見たところ満車のようだ。

歩佳と同じように思ったのだろう、美晴が迷いを見せる。

すると、「姉貴、右に入って」と柊二が指示するように言う。

その言葉に思わず従ったかのように、美晴は右に曲がった。

「えーっ、空いてないじゃん。いったん入ると、抜け出すのが大変なのにぃ」

美晴がブツブツ言う。

「もう少しまっすぐ……あっ、ほら、あの端っこ、いま車を入れようとしてるけど、きっと空きますよ。あの普通車はたぶん駄目だけど、この車なら入れます」

彼の言葉通りだった。その駐車場は軽専用で、普通車は無理に入ろうとしていたが、結局入れずに諦めて出て行く。

そこに美晴はあっさり車を停めた。

この出来事に、歩佳はドキドキしてしまった。

美晴が宮平のことを神っぽいと言っていたが、つまりこういうところを言っていたのかもしれない。

先ほど車中での会話から、宮平のことをただの男の子と感じていたのに……やはり、何かしらの特殊な能力を持っていそうだ。


四人とも車を降り、遊園地の門に向かう。

歩佳は美晴と並んで歩き、柊二は宮平と並んでついてくる。

できれば、後ろを歩きたかったなぁ。

そしたら、柊二さんを視界に入れながら歩けたのに……

後ろについてこられると、無駄にドキドキさせられてしまうし、歩き方までぎこちなくなってしまいそうだ。

「それにしても、いい天気になったねぇ、歩佳」

美晴が話しかけてきて、歩佳は「うん」と答えた。

昨日は土砂降りだったけど、今日は晴天。

逢坂家を出てきたときより、さらにいい天気になっている。

「ちょっと暑くなりそうかもね」

「ちょうどいいよ。ここで売ってる蜂蜜入りのソフトクリーム、美味しいからさ」

そう言った美晴は、後ろに身体ごとくるりと振り返る。

そして後ろ向きに歩きながら、柊二と宮平に話しかけた。

「ソフトクリームも奢ったげるよ」

「それなら、わたしが……美晴は飲み物を奢るんでしょう?」

「そう? よーし、それじゃ諸君、ソフトクリームは歩佳に奢ってもらうってことにしよう」

「俺はいいよ。自分で……」

「柊二、こういうのは遠慮しちゃ駄目だって」

美晴は、弟に向けて小言のようにたしなめる。

「けど……」

困っている柊二に、宮平が飛びつくように耳元に口を近づける。

「なっ、何を……」

宮平を押し返そうとした柊二だが、宮平が何やらこそこそと耳打ちした途端、動きを止めた。

「ねっ!」

宮平は念を押すように口にすると、柊二から離れた。

宮平に何を耳打ちされたかわからないが、柊二は歩佳に奢ってもらうことを受け入れることにしたようだった。

「それじゃ、券をパスポートに交換してくるよ」

宮平は手にした券を振りながら駆けていった。

三人になり、互いに顔を見あわせてしまう。

「なんか、我らは、あの子の手の内で転がされてる気がしないでもないんだけどね」

美晴がそんなことを口にすると、柊二が渋い顔をして美晴を睨んだ。

「姉貴がそれを言うのかよ」

弟に睨まれ、美晴はタジタジになる。

「なっ、なんでよ」

「タダ券に目がくらんだやつの言うことか?」

「だって、そんな凄い手の内を持っているとは……ま、まあ、いいじゃん。今日一日仲良く遊ぼうよ」

柊二は姉の言い草に肩を落とし、それから歩佳に向いてきた。

「歩佳さん、よかったの?」

「は、はい。もちろん大丈夫です。わたしも、美晴ほどじゃないにしても、タダ券、ランチつきには、目がくらみますし……」

焦ったせいで、そんな馬鹿な発言をしてしまったら、美晴がぶっと噴いた。

柊二も堪えきれないというように笑っている。

歩佳は顔が熱くなってきて、俯いた。

「もおっ、柊二。あんたが笑うからぁ」

「えっ! 俺?」

「わたしが笑ったくらいじゃ、歩佳は顔を真っ赤にしないよ。あんたが笑ったから……」

うわーっ、美晴、そんな指摘はいらないよ。

「そ、そうか。歩佳さん、ごめん」

申し訳なさそうに謝られ、もうどうしていいかわからない。

「だ……大丈夫です」

「ところで、歩佳」

「な、なあに?」

「恭嗣さんと、遊園地デートしたりするの?」

うぐっ!

な、なんでいま、恭嗣さんのことを持ち出すんだ。

困るんだけどぉ。

「ま、まあ……一緒に来たことはあるけど」

こちらに越してきて、ふたりの休みがあえば、遊びに連れて行ってくれることもあった。その中には遊園地も入っている。

「へーっ。あの恭嗣さんと遊園地ってぜんぜん想像つかないけど……ジェットコースターとかにも乗ったりするの?」

なんで、そんなに恭嗣の話題を……

「好きかどうかはわかんないんだけど……なんか、限界挑戦とか言いながら、連続で乗ってた」

「ええっ、歩佳も?」

「わたしは見てただけ。そんなの付き合い切れないし」

そうだったんだよね。結局、遊びに連れてってもらったはずなのに、ひとりで楽しんでいたなぁ。あのお方は。

恭嗣が延々とジェットコースターに乗っている間、別のアトラクションを楽しんでくると言ったら、駄目だって禁止されて。

ほんと、勝手なんだから……

「あの……」

柊二が話しかけてきて、歩佳は恭嗣のことを頭から消した。

「は、はい」

「そのひと……」

「ほんとに彼氏なの?」

柊二の言葉に、突然、宮平が割り込んできた。

戻ってきていることにまったく気づいていなかったから、ぎょっとしてしまう。

「お、おい?」

「もおっ、宮平君、びっくりするじゃないの」

「偕成でいいですよ。はい、はい、みなさん、一枚ずつどうぞ」

宮平は、三人に一枚ずつパスポートを手渡してくれる。

「ありがとう」

「ランチ券は僕が代表で預かっておきますね。さあ、行きましょうか」

宮平は三人を促がして、入り口に向かう。

「えっ、もう開園?」

美晴が口にしながら、時間を確認する。歩佳も確認したが、驚いたことにぴったり開園時間だった。

スムーズに入園し、なんだか笑えてしまう。

いつの間にやら、美晴は宮平と並んで歩き、歩佳は柊二と並んで歩いていた。

これは、嬉しがるべき?

歩佳は自分に問いかけ、小さく微笑んだ。

うん。今日という一日を、神様からのプレゼントとして楽しもう。

歩佳は、素直な気持ちでそう決めたのだった。





つづく




   
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