シュガーポットに恋をひと粒



第15話 恋心に翻弄



「ほら、次はあれに乗ろうよ」

美晴が指をさして、三人を誘う。

えっ、も、もう次に行くの?

いま、歩佳にとってはデンジャラス過ぎる絶叫系から降りてきたばかりだというのに。

絶叫系ばかり立て続けに乗ったせいで、こちらはいい加減ふらついているのに、美晴は元気そのものだ。

ほんと、美晴はどんな乗り物でもドーンとこいなんだもの。

疲労感を滲ませて息をつき、美晴が指をさしている乗り物を確認した歩佳は、目を剥いた。

あ、あれ?

いや、あれは絶対に無理だから!

絶叫系の一番人気らしいのだが、そのぶんデンジャラス度合いも半端ない。

「ね、ねぇ、あれはやめて……あっちのとか……」

歩佳は、水の上を足で漕いで進む、ほのぼのとした乗り物をみんなに推してみる。

「あれもいいけど、絶叫系をまず制覇しちゃわないと、どんどん混んできて乗ろうったって乗れなくなっちゃいますよ」

宮平のその意見に、美晴は「そうだよぉ」と同意する。

「残りふたつだからさ、歩佳ガンバ!」

美晴が肩を叩いて元気づけてきて、歩佳は思わず笑ってしまった。

それを了承とみたのか、ふたりは歩佳と柊二に走るように促し、駆け出す。

歩佳は慌てて追いかけた。

もちろん乗りたくはないのだが、もたもたしていたら置いていかれそうだ。

いったんはぐれてしまったら、携帯で連絡が取れるとしても、見つけ出すのに手間取るだろう。

「歩佳さん」

走りながら柊二が話しかけてきた。

「は、はい」

「無理して、あのふたりに付き合うことないよ」

「あっ、はい。でも、せっかく一緒にきたんだし……」

もちろん、あの絶叫系に乗らずに済めば一番なんだけど……ひとりだけ乗らないのでは、みんなと同じ体験ができなくて寂しくもある。

「できれば、一緒に乗りたいんですよね」

複雑な思いを、笑いながら柊二に伝える。

「そう? 疲れたなら、いつでも俺にそう言って」

「は、はい。柊二さん、ありがとう」

柊二の気遣いに胸を一杯にしながら、歩佳は答えた。

目的のアトラクションの前には、そこそこ人が並んでいる。

「二十分待ちか……まだそう待たずに乗れるようだけど……」

美晴が周りを見回しながら口にする。すると、美晴の隣に並んでいる宮平が頷いて答える。

「どんどんお客は増えてきてるし、次の乗り物のときは一時間待ちくらいになってるかもしれないですね」

歩佳も周りを見回して頷いた。宮平の言う通り、どんどん人が増えている。

到着したそのまま並んだので、歩佳の隣は柊二だ。

彼の隣にいることに、心臓がドキドキしてならない。

絶叫系に乗るのは嫌だけど、柊二さんと並んでいられるのなら……嬉しいかも。

「まあね。でも、まだ開園して四十分。一時間以内に人気のアトラクションを四つも制覇できたら、順調よね?」

「ええ。できれば全制覇したいですよね」

「望むところよ」

前を進む美晴と宮平は意気投合し、おしゃべりを弾ませている。

歩佳と柊二は、そんなふたりの会話を聞いているだけだ。

もちろん歩佳は、それで充分しあわせだった。

ああ、ずっとこうして並んでいられたらいいのに……

まさか、今日、こんな風に彼と一緒にいられることになるなんて……

神様に感謝しつつ、しあわせ気分を噛み締めていたら、あっという間に乗り物の搭乗口に着いてしまった。

うわわっ! もう、来ちゃった。

乗り物を目にしてしまい、いまさら血の気が引いてくる。

ど、どうしよう。

いましがた噛み締めていたしあわせ気分も、吹き飛んでしまった。

「歩佳さん? 乗るのやめる?」

なかなか乗り込めずに固まっていたら、背中にそっと手が当てられ、耳元近くで柊二が囁いてきた。

ハッとした歩佳は、ポーンとテンションがマックスまで上昇した。

「だっ、大丈夫ですよ」

萎縮しているくせに、大きな口を叩き、足を進める。

乗り込んだ瞬間、巨大な後悔に襲われた。が、身体がくっつくようにして柊二が隣に乗り込み、後悔は、一瞬でトキメキに変化する。

しゅ、柊二さんの隣?

あーっ、天国かも♪

恋の熱に浮かれ、ぽやんとしていたら、いつの間にやら乗り物が動き出していた。ゴトゴトと上昇して行く。

あわわっ、や、やっぱり地獄に向かってるかも。

内面で、てんやわんやしている間に、地面はどんどん遠ざかる。

前方に見えるのは空と頂点のみだ。そこに行き着いたら、あとはもう……落下するのみ?

その瞬間を思った歩佳は、息を止めて固まってしまった。そうこうしていたら、ついに最悪の場所に到達してしまう。

あとは落下するかの如く前のめりに突撃するばかりだ。

そしてついに、その瞬間がきた!

「き、きゃあーーーーーっ!」

思わず縋るものを探して、ぎゅっと握りしめる。

「俺がついてるから」

柊二の声がして、歩佳は余裕なく「う、うん」と頷いた。

悲鳴をあげつつ、握りしめているものに必死になって縋る。

右に左に身体が揺さぶられていた時間が長かったのか短かったのかさっぱりわからない。ようやくスピードが緩み、歩佳は我に返った。

「はーーーっ」

極度の疲労感を覚えて勝手に声が出る。

「大丈夫か?」

心配そうに声を掛けられて、歩佳はハッとして振り返った。

至近距離に柊二の顔があり、ぎょっとして身を引く。

「あ……ああ……」

狼狽しすぎてまともに反応できない。

そんな歩佳をどう思ったのか、柊二は眉をひそめて自分も身を引く。

あっ! も、もしかして、わたしのいまの反応、印象が悪かったんじゃ?

「だ、大丈夫です。驚いちゃって。あの、みっともないところをお見せして……」

ぺらぺらと口にするものの、テンパっているため、自分が何を言っているのかわからない。

そんな自分が恥ずかしく、歩佳は泣きそうになりながら、すでに握り締めているものをぎゅっと掴む。

「こーら、いつまで乗ってるのよ。ふたりとも早く降りないと」

美晴の声がし、歩佳は顔を上げて彼女を見る。

「あっ、ごめん」

急いで立ち上がると、柊二も立ち上がった。

彼が先に下り、歩佳は彼に手を引かれて乗物から降りた。

そこで気づいた。

手? 手を握ってる! 柊二さんの手⁉

あわわわわっ!

歩佳は泡を食い、慌てて柊二の手を離した。

どっ、どうしよう? けど、なんで? いったいいつから握ってたの?

「柊二。あんた、女の子に対して、けっこう気遣いあるじゃん」

美晴は前を歩きながら、首だけ後ろに回して柊二に言う。

乗り物から降りるのに、手を貸してくれたことに対しての言葉のようだが……

傍目にはそういう感じに見えたみたいだけど、実際はそういうんじゃなかったんですけど……

これは訂正すべき?

けど、わたしのほうから柊二さんの手を握ったなんて、恥ずかしくて口にしづらいよぉ。

いくら無意識の行動でも……

「いえいえ、美晴さん。それは、歩佳さん、げん……わっ」

宮平が何か言いかけたが、なぜか柊二が殴りかかって邪魔をした。

「怖いなぁ、柊二君」

「余計なこと言うな!」

「余計な事って、何?」

宮平を睨む柊二に、美晴が聞く。すると柊二は苦い顔をする。

これって? あっ、もしや、わたしが知らない間に柊二さんの手を掴んじゃってたから……彼に嫌な思いをさせちゃったんじゃ?

謝りたいけど……

もんもんと考えつつ、俯いてとぼとぼと歩いていた歩佳は、ふと顔を上げた。

あれっ?

回りにいっぱいひとがいるものの、美晴や柊二たちの姿がない。

驚いて立ち止まる。

そういえば……さっき美晴が何か言っていたような?

焦った歩佳は、三人の姿を探して駆け出した。

まだそんなに遠くに行っているはずはない。

そう思って探したが、人混みの中ではなかなか見つけらない。

そこで気づいた。

あっ、そうだ。携帯で連絡を取ればいいんだ。

ほっとした歩佳は、慌てた自分に苦笑いし、手に持っているはずのバッグを探す。

えっ? て、手ぶら? なんで?

あるはずのバッグがない。

まさか、乗り物のところに忘れてきちゃったの?

歩佳はがっくりと肩を落とした。

もう、何やってるんだ、わたし?

柊二さんにばかり気を取られてるから、こんなことになるんだわ。

それでも、彼が側にいると、意識は彼ばかり追ってしまう。

恋心に完璧に翻弄されてるなぁ。あげくには、ひとりぼっちになってるし……

歩佳は泣きそうになりながら、自分の足元を見つめた。



つづく





   
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