シュガーポットに恋をひと粒



第16話 泣き虫迷子



「これからどうしよう?」

途方に暮れて呟いた歩佳は、ぎゅっと唇を噛み締めた。

もおっ、途方に暮れてないで、もっと冷静になって、ちゃんと考えなきゃ。

当てもなく探してたんじゃ駄目だ。

だいたい完全な迷子になったわけじゃない。

美晴の車の場所だってわかってるんだし……

あっ、そうだ。

美晴は、絶叫系をまず制覇するって言ってた。それであとふたつだって。

ひとつはいま乗ったし、三人は残る一つのところに向かったに違いない。

わたしがいないのに気づいてるだろうけど、最後の絶叫系に乗る話になっていたんだから、わたしもそこにやってくると思っているんじゃないかな?

うん、そうだよね。

なら、さっさと行かないと、みんなを待たせちゃう。

場所って、どっちの方向だったっけ?

パンフレットを探そうとして、パンフレットを入れていたバックがないんだったと思い出す。

もおっ、駄目駄目なんだからぁ。

回りにひとがいなかったら、思い切り自分の頭をぽかぽか叩いているところだ。

まずは、さっきの乗り物の所に戻って、バッグを取り戻さなきゃ。

バッグさえ戻ってくれば、携帯で連絡も取れる。

歩佳は、回れ右して駆け出した。

えっと、どうすればいいかな?

遊園地のスタッフのひとにわけを話して、助けてもらえばいいか。

歩佳は、話しかけやすそうな女性のスタッフを見つけて、「す、すみません」と緊張して話しかけた。

「はい」

にこやかな笑みを返してもらえ、ちょっと緊張が取れた。

「あの、さっきこの乗り物に乗ったんですけど、降りるときにバッグを忘れてしまったみたいなんです」

「そうですか。バッグの特徴などお聞かせ下さいますか?」

「は、はい」

歩佳は思い出しながら、バッグの特徴を伝えた。

「わかりました。では、お探ししますので、こちらでお待ちくださいませ」

指示された場所に行き、歩佳は座り込んだ。

スタッフは、すぐに探しに行ってくれた。

五分ほど待った頃、さきほどのスタッフが戻ってきたが、忘れ物の中にも、乗り物の中にも歩佳のバッグはなかったとのことだった。

一瞬、目の前が真っ暗になる。

財布には、キャッシュカードやクレジットカードだって入ってる。

ど、どうしよう。

青くなった歩佳を見て、スタッフは遺失物センターのほうに案内しましょうかと言ってくれたが、これ以上迷惑をかけたくなくて、ひとりで行けると断った。

遺失物センターに行ったところで、バッグは見つからないだろう。

バッグを置き去りにしたのは、ほんの少し前のことだし、乗り物の中か、忘れ物の中になかったというのであれば、誰かが持って行ってしまったと考えるのが妥当だろう。

もう、わたしの馬鹿っ!

このまま三人と合流できても、とんだ迷惑をかけちゃうことになる。

楽しむために遊びにきたのに……

せめて、携帯だけでも手元に残っていたら、恭嗣さんに電話して助けを求められたのに……

いや、そんなことをいまさら言っても始まらない。

とにかく、クレジットカードの紛失届をしないと……

そう考えたら、急に涙が込み上げてきてしまった。

不安が膨らみ、ポロポロと涙が零れ出てしまう。

わたしってば、ほんと情けないなぁ。

「歩佳ーっ!」

音楽や人の声でざわめいている中、その声は聞こえた。

えっ?

い、いまのわたしの名前?

空耳とか?

それとも別人を呼んでる?

歩佳は顔を上げ、声のしたほうに顔を向けた。

かなり遠くから呼びかけていたようで、叫んだひとなど確認できない。

がっかりしたところに、また「歩佳ーっ!」と聞こえた。

いまの声って、柊二さん?

間違いないよね?

声のするほうに、歩佳は夢中で走った。

「歩佳ーっ!」

また聞こえた。

近づいていることに、安堵が込み上げ、ドキドキしてくる。

柊二さんだ。

もう間違いない。

わたしのこと探しに来てくれたんだ。

「柊二さーん」

呼びかけに応えて歩佳も叫び返す。

恥かしいとか、もう考える余裕もなかった。

柊二だって大声を出すのは恥ずかしいはずだ。なのに、歩佳を探そうと大声で叫んでくれているのだ。

「歩佳!」

ようやく柊二の姿を確認できた。

安堵しすぎて、へたり込みそうだ。

「しゅ、柊二さ~ん」

情ないことに、涙声になってしまった。

駆け寄ってくる柊二に、歩佳も駆け寄る。

「心配したぞ」

「ご、ごめんなさい。わたし、ほんと間抜けで……バ、バッグ、失くしちゃったの。携帯も入ってし、クレジットカードも財布に入ってて……」

「大丈夫だから。ほら歩佳さん落ち着いて。バッグはここにちゃんとあるから」

背中を叩いて慰められ、歩佳は目を瞬いた。

バッグを目の前に差し出される。

「ええっ」

「ごめん。俺が持ってたんだ。歩佳さん、気分が悪そうだったし、忘れてたみたいだったから……気分が回復したら、返そうと思ったのに、気づいたら歩佳さんがいなくて」

そうだったのか。

「はあっ、よかったーっ」

安心したら、足がふらつき、柊二が慌てて支えてくれる。

歩佳は柊二にしがみついてしまう。

「ご、ごめんなさい」

「いいよ。歩佳さんが見つかってほんとよかった。……ベンチに座って、少し休もうか?」

「でも、美晴と宮平君は?」

「ふたりも君を探してる。ふたりに電話して見つかったって報告するよ。だから座ろう」

手を繋ぎ、柊二は空いているベンチのところに歩佳を引っ張って行く。

柊二に会えてほっとしたものの、急激に恥ずかしくなる。

あー、もう穴があったら入りたい。

ベンチに柊二と並んで座り、歩佳は膝に置いたバッグを見つめた。

見つかってよかったけど……わたし、あまりに情けなさすぎるよね。

柊二は、ふたりに電話をかけて、歩佳が見つかったと知らせている。

わたし、自分の携帯で美晴に電話すればよかったかも……

「いや、俺たちはやめとくよ。……うん、ふたりで乗ってきてくれ。……わかった。それじゃ、そこで落ち合おう」

電話を終えた柊二が、歩佳に振り返ってきた。

恥ずかしくて、恥かしくて、彼と目を合わせられず顔を伏せてしまう。

そんな歩佳に、柊二は顔を近づけ、顔を覗き込んでくる。

こ、困るんですけど。

「泣いた?」

うっ!

そ、そんな指摘はもらいたくないんですが……

「泣く前に見つけられなくて、ごめん」

やさしい言葉に意表を突かれ、歩佳は目を見開いて顔を上げた。





つづく





   
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