シュガーポットに恋をひと粒



第19話 三度目の正直



恭嗣との電話を終え、また歩き出したが、今度は美晴と歩佳が並び、柊二は宮平と並んで歩く形になってしまった。

正直、ちょっと残念。

柊二さんと並んで歩くチャンスなんて、もうこの先ないかもしれないのになぁ。

あっ、そういえば、さっき柊二さんに話しかけられたんだよね?


恭嗣さんから電話がかかってきたから、そのままになってしまったけど……

柊二さん、わたしに何を言おうとしてたのかな?

物凄く気になるけど、いまさら聞き返す勇気はない。

重要なことなわけないし……きっと、どうでもいいことだったんだろうけど……

それでも知りたい。


遊園地を出て駐車場に向かいながら前を歩く柊二の後姿を見
つめていたら、ひょいと宮平が振り返ってきた。

思わずどきりとしてしまう。

「あのぉ、ちょっと質問いいですか?」

宮平は歩佳に向けて聞いてきた。

すると柊二が、顔をしかめて「お、おい」と宮平に咎めるように声をかけた。

おかしな質問をするんじゃないかと、柊二さん、心配してるのかな?

宮平は歩佳の返事を待っている。

「え、えっと……はい」

歩佳が宮平に返事をすると、なぜか美晴も渋い顔をする。

「恭嗣ってひと、どんなひとなんですか? 大学生ですか?」

なんだ、恭嗣さんの話か……

「恭嗣さんは警察官なのよ」

歩佳が口を開くまでもなく、美晴が答えてくれる。

恭嗣が警察官だという情報に、柊二も宮平も驚いたようだ。

「へーっ、警察官なんですか」

「そう」

なぜか美晴が胸を張って答える。

美晴は恭嗣さんを気に入っているからなぁ……

というか、なんか讃えている感じだよね。

そんな相手から、自分が小学生並に思われてるということを知ったら……

美晴、火を噴いて怒るんだろうなぁ。

美晴と恭嗣さんの仲がギクシャクするのは嫌だから、そのことは美晴に絶対に知られないようにしないと……

「どこで知り合ったんですか?」

「生まれたときからだよね?」

美晴が歩佳に問うように話しかけてきて、歩佳は頷いた。

「生まれた時からですか?」

「実家が近所なんだって」

宮平が歩佳に向けて口にする質問を、ことごとく美晴が答えていく。

歩佳は笑いながら、ふと黙り込んでいる柊二が気になり、ちらりと彼を窺った。

えっ!

柊二は歩佳を見ていたようで、ふたりの視線が合う。

ぎょっとした歩佳は、反射的に顔をそむけていた。

し、しまったぁ!

わたしってば、またやっちゃったよ。

もう、意識しまくりですって、あからさまだし。

わたしの恋心、すでに柊二さんにバレてるんじゃ?

恭嗣さんが彼氏っていう誤解も解いちゃったし……

やっぱり、彼氏だってことにしといたほうがよかったのかも。

「……なったわけですか?」

宮平の言葉が途中から耳に入ってきた。
それに対して、美晴が「そういうこと」と返事をする。

何がそういうことなんだろう?

美晴と宮平の会話の内容が気になりつつも、先ほどあからさまに顔を逸らしてしまったせいで、柊二がいまどんな顔をしているのか気になってならない。

かといって、もう一度彼の顔を見るなんて勇気もない。

ううう……どうしよう?

「幼いころから自分を守ってくれていた騎士様が、恋人になんて……超羨ましいよ」

「騎士様?」

うん? このふたり、いったいなんの話を?

「こら、宮平笑うな」

美晴に話しかけようとしたが、美晴はむっとして宮平に向けて手を上げる。

それに対して、宮平は笑いながら軽快なステップで後ろに後退した。

「だって、騎士様って……笑えますよぉ」

「ほんとに騎士様みたいなひとなの!」

怒ったように宣言した美晴は、次に夢みるような表情になる。

「背が高くて精悍で、多くを語らず姫を守る! って感じなんだから……まあ、あんたたちも実物を見れば納得するよ」

いや、そう思っているのは美晴だけだから。

どんだけ頭の中で、恭嗣さんのイメージを盛ってんだ、この子は。

「美晴、そこまでじゃないよ」

呆れ顔でしっかり正しておく。

「えーっ、彼女のあんたがそんなこというの?」

「だから彼氏じゃないってば」

きっぱり言ったら、美晴がぐっと顔を近づけてきた。そして小声で囁いてくる。

「でも、夜の九時に家に来るって……」

えっ? そこ、そんな風に誤解する?

「そっ、それは違うから」

こそこそと美晴に耳打ちして否定する。

「車で実家に連れて帰ってくれるの」

「実家に?」

そこで美晴は歩佳から顔を離し、こそこそ話すのをやめた。

「なら、明日でいいじゃん。なんで夜中に?」

「恭嗣さんが、両親が喜ぶから一泊してやれって。仕事上がりがその時間になるから、九時に迎えに来るって」

「あー、なんだそういうこと。しかし……そういう配慮をしてくれるとは……恭嗣騎士様、かっこいい!」

はいはい。

憧れの目をしている美晴の頭を、撫でてやりたくなるな。

美晴の車のところまで戻ってきた。

運転席のドアの前で車のロックを外している美晴に近づき、歩佳は話しかけた。

「美晴がわたしのところで暮らすこと、両親と恭嗣さんに話して、ちゃんと了解とってくるからね」

「う、うん。よろしくね。けど……大丈夫かなぁ?」

「心配しなくても、大丈夫だって」

「おい、偕成」

戸惑ったような柊二の声が聞こえ、歩佳は、柊二に目を向けてみた。

なぜか宮平は助手席のドアの前にいて、柊二はそんな宮平の腕を掴んでいる。

「あなたたち、どうしたのよ?」

「美晴さん」

「なあに?」

「僕、前に乗せてもらってもいいですか?」

「お、おい。お前、何を……?」

「後部座席って、僕酔いやすくて。実は、ここに来るまでも少し酔っちゃってて……すみませんが、いいですか?」

えっ、そうだったの?

具合悪そうには見えなかったけど……宮平君、ほんとは車によって気分悪いのを我慢してたんだ。

「そりゃあ、かまわないけど……」

美晴が了解したところで、歩佳はこれがどういう事態を招くのかに遅ればせながら気づいた。

えええっ! こ、これって、つまり……

そろそろっと柊二に顔を向けてしまう。すると、また目が合った。

さ、三度目の正直だっ!

反射的に顔を逸らしそうになる自分を、ぐっと押さえ込む。だが、柊二に目を逸らされてしまった。

ショ、ショック!

な、なんか……わたし柊二さんに……嫌われたんじゃ……?

お腹の辺りがずーんと沈んで重くなる。

ああ……わたし、終わったかも……

「歩佳さん、どうしたの?」

柊二に呼びかけられ、この世の終わりを感じていた歩佳はハッとして彼に向いた。

柊二は後部座席のドアを開け、歩佳を見ている。

「乗らないの?」

乗る?

あーっ、なんてことだ!

わたしが世を儚んでいる間に、美晴も宮平君もとっくの昔に乗り込んでしまっているじゃないか。

車に乗り込みもせず、ぼけっと突っ立っているところを柊二さんに怪訝に思われたのか?

色んな意味でいっぱいいっぱいになりつつも、歩佳は後部座席に転がるように乗り込んだのであった。





つづく





   
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